第7話 ジロウとの立ち会い・1


 着替えが終わり、道場に向かう。

 ジロウは道場の真ん中で正座し、木刀を前に置いて待っていた。

 4人もジロウの前に正座して座る。


「シュウサン殿、本日はお時間頂き、ありがとうございます。

 よろしくお願いします」


 マサヒデが頭を下げ、続いて3人も頭を下げる。

 ジロウも頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 皆が頭を上げる。


「では」


 ジロウが立ち上がる。


「最初は・・・」


 ば! ば! とシズクとカオルが手を挙げる。


「カオル!」「シズクさん!」


 ぐ、と2人が顔を合わせる。

 2人を見て、にこ、とジロウが笑った。


「私も4年ほど諸国を周りましたが、鬼族の方との手合わせはまだありません。

 カオルさん、申し訳ありませんが、最初はシズクさんでお願い出来ますか?」


「やった!」


「む・・・」


 シズクが立ち上がり、3人は壁に沿って座る。


「では、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


 ジロウがぴたりと正眼に構える。

 シズクもぴたりと中段に構える。


「むーん・・・」


 構えたまま、シズクは小さく唸る。

 これは、おそらくマサヒデ並だ。

 どのように攻めてくるかは分からない。

 だが、マサヒデと立ち会う時と同じでは、敵わないに決まっている。


「・・・」


 どうしたものか。

 ジロウはぴたりと構えたまま、全く動かない。


 そうだ、マサヒデはいつも下段。

 ジロウは正眼。

 目の前に木刀の先がある。木刀を狙ってみよう。

 軽くで良い。弾き飛ばせなくても、ほんの少し崩せれば。

 深く踏み込まず、深く突き入れず、木刀の先だけ。


「よ」


 しゅ、と棒が突き出される。

 ジロウはちょっと剣先を横に避けて、突きを避け、さ、とシズクの棒も戻る。


(お?)


 マサヒデはシズクの突きを見て、あれ? と思った。

 いつも全力のシズクが、小さく、軽く出している。

 速い。引く時も隙がない。


 気付いたのか、偶然か。

 シズクが強くなるコツ。


 しゅ、しゅ、しゅ、とシズクの棒が出され、ジロウの剣が左右に躱す。

 ジロウは受けない。全部躱している。

 当たったら大きく弾かれると分かっている。


(ううむ。シズクさん、分かってきたのか?)


 まだジロウの間合いの外。

 シズクが半歩下がり、棒を長く持つ。

 これで間合いが伸びる。


(そうだ)


 隣のアルマダも頷いている。

 シズクの力なら、このような使い方で良い。

 片手で長く突き伸ばしても良いくらいだ。

 鉄棒を片手で振り回せるのだ。木の棒など小枝を振るようなものだ。


「おお!」


 ジロウが声を上げる。

 間合いの長さの伸びた棒が、先程と全く変わらず、正確に速く突き出されてくる。

 鬼族は並外れた剛力という。当たれば終わりだ。


 シズクの突きが素早く突き出され、ついに壁まで追い詰められた。


「よし!」


 ぐ! とシズクの腕に力が入る。


(それはいけない)


 ぱん! と思い切り突かれた棒が壁に穴を開ける。

 シズクが棒を引くのに合わせてジロウが踏み込む。

 ごん! と低い音がして、シズクの左小手が打ち込まれた。


「いてっ!」


「え!?」


 ジロウもシズクの小手を叩いた感触に驚いて、口を開ける。

 この感触は一体!?


「いったたー・・・参りました・・・」


 すごすごとマサヒデ達の方へ下がるシズクの背を、ジロウは呆然と眺めた。

 人族より遥かに頑健と聞いてはいたので、かなり強く打ち込んだのだ。

 人であれば、手首が砕けているはず。それが「いて」だけとは!?

 大した痛みもないようだ。普通に打たれた方の手で棒を持っている。


 ジロウの手には、小さな痺れが残っている。

 確かに肉を叩いた感触もあるのに、硬い物を叩いた時のような・・・


「シズクさん!」


 マサヒデの大きな声が響く。


「え!?」


 驚いてシズクが足を止め、マサヒデの方を向く。

 ジロウもはっとして、マサヒデの方を向いた。


「壁を見なさい! 人の道場に穴を空けてはいけません!」


「あ、あーっ! しまった・・・つい夢中で・・・

 ジロウさん、申し訳ありませんでした!」


 シズクはがらんと棒を投げ出し、ばっと手を付いて、頭を下げた。


「そんな、お気になさらず。稽古の最中なんですから、このくらい。

 さ、シズクさん、構いませんから、頭を上げて下さい」


「すみませんでした・・・」


 しょんぼりした顔を上げたシズクには、もう何の痛みもないようだ。

 ジロウがそっと首を回して壁を見ると、丸い穴が空いている。

 崩れた穴でなく、丸い穴。


「・・・」


 木の棒であんな穴を空けるとは、何という技の磨かれ方だろうか。

 先程の突きはすごかったが、まさかここまでとは。

 力も頑健さもすごいが、技も恐ろしい。これが鬼族なのか・・・


「シュウサン殿、申し訳ありません。

 帰り次第、修理費をお届け致しますので、お許し下さい」


 マサヒデが頭を下げる。


「いえ。鬼族の方と初めて手合わせ出来ただけで、私は十分満足ですので」


「では、次はカオルさんですね。シュウサン殿に稽古をつけてもらって下さい」


「は」


 す、とカオルが立ち上がり、音もなく中央に立つ。

 ジロウも中央に戻る。


「シュウサン様、道場内の稽古ですので、此度の得物はこの3つだけで参ります」


 カオルは小太刀、ナイフ、棒手裏剣を出す。

 どれも稽古用のものだ。棒手裏剣も、先が丸めてある。


「お心遣い、ありがとうございます。

 では、よろしくお願いします」


 す、とジロウは正眼に構える。

 カオルもナイフと棒手裏剣を収め、小太刀を構える。


「よろしくお願いします」


 ナイフを見て、二刀かな、と思ったが、そうでもないようだ。

 棒手裏剣だけではなく、小太刀かナイフ、どちらかも投げて使うのか?

 と考えていると、半身になって後ろ側にある左手から、棒手裏剣が飛んできた。


 ちょい、と木刀を上げて、かん、と弾く。


「む!」


 ちょっと上がっただけの木刀の下に、カオルが跳び込んで来た。

 下から小手を狙って、恐ろしい速さで伸び上がりながら斬り上げてくる。

 ぱ! と手を上げ、上段に構えて斬り上げを避ける。


 カオルは右に回すように小太刀を引き、身体を回しながら、左手でナイフを抜く。

 相手の剣の内側! このまま回れば!

 ごん!


「あっ・・・」


 上段に上げられた剣の柄頭が、カオルの頭を思い切り打ち付けた。

 身体を崩し、ナイフは空を切り、くるりと半回転した所で膝を突いてしまった。

 首にぴたりと付けられた、木刀の冷たい感触。


「・・・参りました・・・」


 ふらふらと立ち上がるカオル。

 マサヒデは立ち上がり、カオルに肩を貸して壁際まで運び、横に寝かせた。


「カオルさん、横になっていなさい。脳天を打たれた」


「は・・・」


 そのままカオルは目を瞑った。

 失神はしていないようだが、まだ目が回るのだろう。

 これは大きなこぶが出来てしまうかな・・・


「シュウサン殿、水を頂けますか。カオルさんの頭を冷やしたいのですが」


「あ、これは気付かずに・・・こちらへ」


 ジロウが木刀を置き、道場から出る。

 マサヒデも付いて行く。

 外の井戸で、桶にざばっと水を入れた。

 手拭いを突っ込み、軽く絞る。


「お二人共、さすがの腕ですね。ほんの少しの差で、私は倒されていました」


 ジロウが驚いた声を上げる。


「いえ、まだまだですよ。もちろん、私もです」


「シズクさんはいくつか分かりませんが、皆、私よりも若い。

 同じ歳になっている頃は、きっと、私を遥かに超えているでしょう」


「ありがとうございます。そう願いたいものです」


 道場に戻り、マサヒデはカオルの頭にそっと濡らした手拭いを当てる。

 アルマダが小さな笑顔でマサヒデの方を向く。

 笑顔だが、目は緊張している。だが、火が灯っている。


「ふふ。マサヒデさん。譲ってくれますよね」


「どうぞ」


 すっとアルマダが立ち上がる。


「では、私が参ります」

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