第6話 老人の正体


「あっ」


 神社の前を通り過ぎると、すぐに目的の道場らしき建物が見つかった。

 ちょうど神社の小高い丘の陰になっていて、見えなかっただけだ。


「あれでしょうか? 確かに小さいですが」


「まあ、道場の大小なんて、強さには関係ないでしょう」


「ですね。行きましょうか」


 ぽくぽくと道場の前に行く。

 『アブソルート流 シュウサン道場』


「アブソルート流・・・シュウサン!?」


 看板を見て、マサヒデが声を上げた。

 カオルも驚いて目を見張る。

 アルマダも呆然とした顔で、看板を見つめる。


「まさか!? あ、あの老人は・・・シュウサン、コヒョウエ=シュウサン!?」


「引退したと聞いていましたが・・・こんな近くにいたなんて・・・」


「シュウサンって誰?」


 驚く3人を見て、シズクはのほほんとした顔だ。

 アルマダが看板を見つめたまま、


「シズクさん、あなた、随分と旅してきたんでしょう。

 聞いたことないんですか? コヒョウエ=シュウサンって」


「コヒョウエ=シュウサン・・・ううん・・・あるような、ないような?」


「首都には行かなかったんですか?」


「首都? 行ったけど・・・首都・・・ああっ! 思い出した! シュウサン!?

 ツムジ道場のシュウサン!? 嘘でしょ!? ここにいたの!?

 あのコヒョウエ=シュウサン!? マジかよ・・・」


 シズクも驚いて看板を見つめる。

 マサヒデ達も、険しい顔で看板を見つめる。


「・・・レイシクランの忍が看破されるのも当然ですね・・・

 あの、コヒョウエ=シュウサンだったとは・・・」


「ううむ・・・」


「・・・」


「マサヒデさん。ここにはコヒョウエ様のご子息がおられるのですね」


「ええ・・・」


 4人の喉がごくりと鳴る。


 コヒョウエ=シュウサン。

 アブソルート流宗家、ヘイモン=ツムジに師事。

 ツムジ道場の竜と呼ばれた、国内でも屈指の剣術家。

 ヘイモンが引退した後、首都で道場を開く。

 あまりの修行の厳しさ故、門下生は少ないが、皆が凄腕、と高名な道場であった。

 武芸者であれば、誰もが知る有名道場であった。

 カゲミツも、若かりし頃は彼の道場で修行をしていた時期があったのだ。


 道場を閉鎖した後の消息は不明であったが、まさかこんな近くに・・・

 あのコヒョウエの息子が、ここにいる。


「マサヒデさん、入りましょう。コヒョウエ様もここにおられるのでしょうか」


「分かりませんが・・・行ってみましょうか」


 馬を降り、稽古着を降ろす。

 4人は緊張しながら門を潜った。



----------



 ちょうど稽古の最中か、道場の中から「まだまだ!」という声が聞こえる。

 緊張した手で、マサヒデは道場の戸を開いた。

 すうーっと息を吸って、腹から声を出す。


「失礼します!」


 しばらくして、中から人が出てくる。

 背の高い、筋骨たくましい20代半ばくらいの男。

 静かに正座して、マサヒデ達に軽い笑みを向ける。


(この人は出来る)


 4人が同時に感じた。

 この男は只者ではない。

 男は軽く頭を下げ、


「お待たせしました。シュウサン道場の、ジロウ=シュウサンです」


「稽古中に失礼します。お初にお目にかかります。

 お父上から、こちらの道場をご紹介されまして、参りました。

 マサヒデ=トミヤスです」


「アルマダ=ハワードです」


「カオル=サダマキです」


「シズクです」


 4人が頭を軽く下げる。

 マサヒデの名を聞き、ジロウの目が輝いた。


「おお、あなたがトミヤス流の・・・お噂はかねがね。

 前々から、一度、お会いしたいと思っておりました。

 わざわざのご足労、ありがとうございます。

 して、本日はどういったご用件でしょうか」


「もしよろしければ、我々も稽古に参加出来まいかと。

 本日だけ、1人1戦だけで構いませんので、お許し願えましょうか」


「それはありがたい。見ての通りの田舎道場、門弟も1人しかおりません。

 是非お上がり下さい。まずは茶をお出ししますので、どうぞこちらへ」


「失礼します」


 ぱたぱたと足の汚れを払い、4人は道場に入った。



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 通された道場の狭い部屋。

 4人が座って待っていると、ジロウが茶を持って入ってきた。


「お待たせしました」


 ジロウが手ずから茶を淹れて、4人の前に湯呑を並べる。


「ありがとうございます」


 茶を啜ると、ふう、と息が出て、人心地ついた。


「皆様、トミヤス道場の方でしょうか」


 柔らかな声で、ジロウが尋ねる。


「私と、こちらのアルマダさんはトミヤス道場です。

 カオルさんは・・・ええと・・・」


「あ・・・これは申し訳ありません。

 トミヤス流は剣以外も多く教えている、と聞いておりましたので、忍もかと。

 別の忍の方でしたか。門弟は道場から出しておきます」


「ん!」


 ぴく、と湯呑を口に運んでいたカオルの手が止まる。

 看破されていたとは・・・


「シズクさんは、世界を回った鬼族の方です」


「世界を・・・武者修行で?」


「いえ、婿探しに」


「え? 婿探しですか?」


「はい」


「婿探しで・・・? それで、今はトミヤス殿の奥方に?」


「いえ、違います。仲間とでも言いますか。

 探していたのはシズクさんの婿ではなく、鬼族の婿です。

 婿探しの必要がなくなったので、今は私と同じ家で暮らしています」


「ははは。そうでしたか。皆様、稽古着と得物はありますか」


「用意しております」


「では、申し訳ありませんが、ここで着替えて頂きますか。

 女性もおられますし、さすがに道場では」


「ありがとうございます。お借りします」


「では、私は道場でお待ちしております」


 頭を下げ、ジロウは部屋を出て行った。


「ううむ・・・」


「マサヒデさん。あの方は出来ますね」


「ええ。さすがコヒョウエ様のご子息です」


「一本、取れるでしょうか」


「マサちゃんならいけるよ。多分」


「胸を借りるつもりでいきましょうか・・・全力で」


「そうですね。全力で参りましょう」


「カオルさん。道場ですし、小太刀と手裏剣だけでお願いしますね。

 道場の中で毒とか撒かないで下さいよ?」


「ご主人様、そのくらいは承知しております」


「じゃ、着替えるよ」


 シズクが立ち上がり、いきなり服を脱ぎだす。

 慌てて、マサヒデとアルマダも立ち上がる。

 カオルもシズクの服を掴む。


「待って待って! ちょっと! 私達が出るまで!」


「シズクさん!」


「あ、ごめん。恥じらいね」


 とん、と障子を閉め、マサヒデとアルマダは廊下で「ふう」と息をついた。

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