第5話・電脳と依頼と/4

「それじゃ早速任務の準備をしよーっ!」

 そんな風に元気よくミヤコが言う。やる気が出ているようなら何よりだ。

「それじゃれーちゃんはこれ持ってって!」

 れーちゃん?誰だそれ、とボーっとしてると、手に持っている物を俺に手渡してくる。

「………れーちゃんって俺?」

「そうだよ?レイイチだかられーちゃん」

「あ、あだ名…?」

「うんっ!可愛いでしょ♪」

 可愛いの…かな?そうかな…そうかも…?…段々と訳が分からなくなってくるがそれ以上に距離感の詰め方がバグってるとでもいうべきか…あって即座にあだ名呼びってアリなのだろうか…単に俺がコミュ障拗らせてるせいでこれが普通なのだろうか、さっぱり分からない。

「呼び方は何でもいいけど…準備?アプリで直通出来るようにでもするのか?」

「それもあるけど…っと」

 そう言ってミヤコが椅子から飛び上がり、目の前で服に手をかける、脱ごうとしていた。俺は一瞬頭が真っ白になり、理性が戻ってからすぐに止めた。

「ちょっ…なに脱ごうとしてるんだよっ!?」

「え、でもネットランニング用のスーツは脱がないと着替えられないよ?」

「そう言う事じゃなくてっ!俺目の前にいるんですけどっ!?」

「???」

「男の目の前でいきなり脱ぐとか何考えてるって話だよ!!?」

「え、それの何がおかしいの??」

「は?」

「それくらい普通でしょ…えっと…何百年前の倫理観?」

 わぁ…骨董品だよおれぇ…。

「えっと……多分そう言うのってかなりお金持ちの人が残してる感覚だと思うんだけど…れーちゃんって実はいい所の産まれ?親が社内政治に負けてこう言仕事してる?」

「特殊な生まれなのは間違いないよ…うん…だけど別にお金持ちとかじゃないから」

 寧ろ貧乏でひっ迫している…とまではいかないがそれでも贅沢をしてる余裕はない。

「そうなの?何か話してると育ちのいい感じがするんだけどなー」

 寧ろこの時代が荒み過ぎなのだと思う。俺のいたころも大分性の乱れが云々言われたような気がするのだが、とうとう男女差ってものが消えうせたのだろうか、いや、これは男女平等の観点から見たら正しいのかもしれない。単にそう言ったことに気を配るほどの余裕がないと言うのが正しい気もする…実際はどうか分からない。

 俺がこんな事を言っている間にミヤコはさっさと服を脱ぎ捨てて裸体を晒す、艶めかしい姿に一瞬クラっとするが、今どきはこの程度普通なのだろうか、どぎまぎし頬が赤くなりそうになる。

「ほえ?こんなので顔赤くしちゃうなんて結構初心?」

「ワル―御座いましたね、初心だよこちとら」

「絶滅危惧種?」

「知らんがな…それより早く着替えてくれよ……」

 投げやりにいい、壁側を向いて視線を後ろにそらす。

 すぐに裸のミヤコがこちらに回り込んでくる。いたずらっぽい笑みを浮かべ、

「ほらほら…おっぱい~♪」

 そう言って自分の手で胸を下から揺らして見せる。

「ホント…勘弁してください」

 両手を上げて泣き言を言う。



 俺の童貞臭い態度を面白がるミヤコを引きはがしやっと準備に取り掛かってから1時間程度が経過している。その前のも合わせれば役1時間半程度、思った以上に時間がかかってしまった、もっとプロ然とした相手と淡々とコトを行うと思っていたからまさかこんな事になるとは思わなかった。 とはいえ、人間味があるということでもあるのだろう。からかわれなければ色んな意味でやりやすくもある。

 通話アプリを起動する。呼び出し先はミヤコだ。

『あー…もしもし?』

『お、ちゃんと起動してるね、良かった♪』

 嬉しそうにミヤコが言う。

『単に起動したアプリで会話してるだけだろ』

『うん、そうだね!…えへへ…失敗失敗』

 何だろうこの自分一人で完結してる感…いや、今は言うまい、それより今は依頼主に合わねばならない、

『んじゃ、気合い入れていこうぜ』

『おっけー、ウィルスチェック諸々は任せてよー♪』

 頼もしいことだ、と思いながら俺は指定された場所に向かう。シンジュク雑居ビルの一室、倉庫として使用しているとなっているがそれはダミー情報、依頼主のセーフハウスだ。扉を開く、電気が付いていた。殺風景な広い部屋、そこに1人、男が椅子に座っている。やや背は高く見える、シワが多め、目つきは鋭い、もしも顔を弄っていないのであれば30程度、一流企業で30代部長ならかなり早い出世だ。確か部長平均は50より少し上だったと記憶している、技術のせいでそう言った年齢幅が下になっているなどでなければ。

 視線の先にはキーボードがあり、それを高速でタイピングしていた。拡張現実アプリを使用し画面は網膜に投影しているのだろう。俺の来室に気付いた男がタイピングの手を止めこちらに視線を向ける。一瞬の残光が瞳に残っている。やはり視界に何か画面を投影していたと思われる。

 男は落ち着いた態度をしていた。到底自分が狙われているからそれを警護してくれという依頼をしたとは思えないほどの落ち着きようだった。

「やぁ、初めましてかな」

「ああ、初めましてだな…あー…アーチャーさん?」

「名前で呼んでくれて構わないよ」

「あー、ならヨシュアさん…今日は依頼を受けた――」

「零一だね、既に情報は回ってきている…」

「あー、それもそうですよね」

 何と回ってきているだろうか、捨て駒、兵隊、それともまだ1回しか依頼を達成してないルーキーか。

「ま、まぁ何にせよ依頼を達成しなければならないのは変わりません…口入れ屋からある程度聞いていますがより詳細な情報が欲しい、何か少しでもこちらに渡せる情報があるならそれを全て貰えますか?」

 ふむ、とヨシュアは鼻を鳴らす。

「と、言ってもだがあまり有益なものはないよ、と言うのもだ、私はこれでも敵が多い、それこそ搾り切れないくらいに敵がいる。今回も複数可能性があってね、正直な話絞り切れないほどだ…社内社外身内…どれも可能性があるといっていい、だからこそ捕縛して裏を吐き出させたいんだ」

「なるほど…」

 多分無理だろうな、と思う。こう言うのは大体切り捨てできる下っ端などがやっていることであり、そう言った存在は大体あくまで依頼を受けたからやった、以上の事を知らないことが大半だ。無論きっちりそう言ったことをこなす私的な兵隊がいないとは言わないが、そう言った存在はまずこんなしょっぱい殺しを請け負うことはないだろう。敵は恐らく雇われロウニン、俺と同じような身分ではないかと推測できる。あーあ、やんなるね、こんな事ばっかり馴染んでいく。

「ま、とりあえずとらえて見せるくらいはやって見せましょう、何とか」

「ほう…」

「ヨシュアさんを狙ってるって上に物的な証拠も出てるんでしょう?」

「ああ、民警に持っていかれたが市販されている狙撃銃用7.62mm弾、ブランドはNAMBU」

「へぇ…狙撃で………」

「ああ、おそらくビルの上から狙われた、射角がかなり上から侵入したと報告がある」

「ちなみにどんな状況で?プライベート?仕事?」

「仕事だ、これ以上は守秘義務がかかっている禁則事項で言う事は出来ない」

「なるほど…ちなみに良く取引する?」

「それも言えない」

「ふむ…なら、脅迫などは?会社でも家族でも何でもいい…そう言ったことをされたりは」

「してない」

 へぇ、と思わず声が出た。

「されてないんだ…こういう時は周囲に危害を与えることでターゲットを引っ張り出す事もあるが…」

「ああ…ここで嘘をついても意味はない、ただ私を殺そうと狙っている」

「なるほどね…」

 確かにこれは厄介だと思った。が、少しだけ気になったことがある。

「1つ聞きたいんだけど、仕事の事は家族に話したりは?あるいは持ち込み」

「していない、と言うより出来ない、家族にも仕事の事を言えないようにインプリンティングされている」

「ふむ…了解」

「ならもう1つ…狙ってる中で容疑者になりそうな人間で一番確率が高そうなのをまとめて教えてください」

「そうだな…主だった相手はまずシロウ・ミツイ、社内、同僚で政治的対立している、特にこの前彼に先んじて新製品のコンペを勝ち取ったからね、出世争いをするうえで脅威と思われていても不思議ではない、次はアドバンスドメック社、同業のサイバーウェア製造会社、取引はあるが基本的には競合会社として敵対が多い…命のやり取りも…後は…身内からは弟だ…ミシェル、腹違いの弟で正妻の母から生まれた」

「……複雑なご家系?」

「別に…寧ろ俺の家の周りが面倒なのかもしれん…失敬、私の」

「あー…まぁ、分かりました、とにかく腹違いの弟さんがいらっしゃると」

「ああ…義母には色々言われているのだろうな…昔から嫌われている…」

「ちなみに弟さんはどちらにお勤めに?」

「アンドリューバイオテック&セルは知ってる?」

「クローン技術によるバイオ系技術に強いところだってのは…あと人工皮膚、義体用のでシェアナンバーワンだったかな?」

「そこに勤めている」

「わぉ、エリート兄弟と」

「ま、仲は微妙だから殺し合いではあるがね……いや、一応言うが私からは狙ったことがないからね?色々あって一方的に嫌われてる」

「了解…ちなみにそこと取引は?」

「ないな…分野が違うからかかわりがないんだ」

「ふむ…了解です」

「他に聞きたい事は?」

「今は…質問が出来たらその都度」

 分かったヨシュアさんがいい立ち上がる。

「ではしばらく警護を頼むよ、そして犯人を見つけてくれたまえ」

「ええ、迅速に」

 しなければ俺の中の機械寄生群共が飯をよこせと大暴れする。カロリーが取れないだけでお陀仏だ。

 アプリを起動、思考通話モードをアクティブ、コール先はミヤコ。

『聞いていたか?』

『聞いてたよ、バッチリね』

『追えそうか?』

『うーん、狙撃ってのがネックかなぁ…視界同調からスキャンかけるとしても中心からどれくらいの距離かって言うのが…狙撃だとどうしても距離が空いちゃう』

『だよな…ただ絞れないわけじゃないとは思うんだ』

『多分家族じゃないとは思う?』

『あたり』

『もし依頼者さんの言葉が正しければ、だけど』

『あと、裏でつるんでない限り』

『可能性は低いと思うな…一応上層部同士で顔つなぎはあると思うけど…わざわざプライベートを考慮すると思う?』

『ないな』

『と、なれば……出世競争相手の排除あるいは競合に対しての妨害?』

『が、濃いと思うな、あと、あくまでさっき出た名前は可能性が高いってだけで他にも相手がいると思うよ』

『だよな、社内なら…他にも出世争いの同僚、派閥争い、あとは…異常な出世を危惧する上司なんかもあり得そうだ』

『社外ならさっき言った競合相手からなら無数に可能性があるなー…』

『まーいまここでグダグダ言ってもって所だ…はりこみを開始する、そっちも俺の視界から分析できることがあったらすぐに対応を頼んだ』

『任せて♪それじゃいい仕事にしよっか♪』

 思考通話を常に回線をオンにし、仕事に取り掛かる。

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サイバーパンクな日本で俺が生き残る日々、或いは俺の苦労譚 @navi-gate

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