第3話・電脳と依頼と/2

 ボディガード、読んで字のごとく己の身体を盾にして依頼者を警護することである。

 この世界におけるボディガードは2種存在する。1つ、俺も知る本家本元ボディガード、これに関して不思議に思う人間はいないだろう。

 次、電脳でマルウェアやクラック行為に対しての防衛を行う電脳ボディガード。やってることは物理的なボディガードと何ら変わりがないのだが、当然後者の方が難易度が高くなる、対電子技能であるとか、プログラム技術であるとかそう言ったものを要求される。

 俺が求められてるのは当然前者、物理的ボディガードである。

 が、ここで不審な点が1つある。

「なんでロウニンなんぞに…?腐ってもそう言う会社はあるだろ」

 当然ではあるが身分不肖の存在Aに自分の身柄を守って欲しいかという単純な話だ、そもそも何の保証もない存在が金だけむしって逃げる可能性であるとか、後払いにしたところで結局土壇場で逃げるのではないかという懸念がいくらでも浮かぶ。先払いすれば持ち逃げの可能性、後払いにしても結局護衛を放棄する可能性、更には真面目にやっても偶然に被害を被れば払い損となる。だからこそ大なり小なりある民間の警護会社に依頼する方がよほどよいのだ、まずそう言ったところは敬語行動を強制的にインプリンティングされる、つまり何があっても身を挺して守る動きを遵守するからだ。

「マジくっせぇなぁ、ヤバい依頼の匂いがプンプンするんですけど」

「また選り好みしてるね、身分不肖のロウニンがそんな事できる立場かね?」

「そりゃそうだけどあからさまに怪しすぎっしょ…せめて依頼者について教えてよ」

「まぁ開示義務もあるしそれくらいは…ね」

 そう言って電脳空間にホロ表示を出してくる。こう言う所は何と言うか…SFだ。

「依頼主はヨシュア・アーチャー、外資系企業クラフトテック所属…一流企業ね、そこの部長職についてるね」

「わお、一流企業の部長ってエリートじゃないの」

「黙って聞くね、ヨシュアはここ最近誰かに監視されてるね、視線他いくつかのテックから気配を感じるらしい、物理的証拠もいくつか上がっていて確実に監視者がいることは事実、だけどそれを突き止めることが出来なかった、そこでお前の出番ってわけね、ヨシュアのボディガードをしながら監視者の捕縛をするんだね」

「おい……」

 思わず声を上げる。

「なんだね?」

「それボディガードじゃねーだろ、探偵とかそっちだろ」

「それじゃボディガードが出来ないね」

「………つまりあれか、正規のボディガードは行動の制限があるから探偵のまねごとをしないし犯人を特定できないが、だからと言って探偵では自分の身の回りが危ない、だからどっちもやらせるのにうってつけなロウニンにやらせようって事か…?」

「ご明察、それに死んでも困らないからね」

「そりゃ吐いて捨てるほどいるし…俺もその一人だし…」

 そう言う事だね、と店主が一息つく。

「で、うけるね?」

「それが前提っすか」

「寧ろお前に渡せる仕事はこれ以外ないね」

 うへぇ、とぼやいて見せるが本気らしい。いつの時代もげに悲しきかな下っ端の立場である。いやならやらなくていい、他所に行けと言われればそれで仕舞、これで本当に他所に行けると言うのならば俺とて行きたく思ったこともあるのだが、この業界知名度と噂が命の為わざわざ紹介してもらった口入れ屋で何の依頼も受けずに他所に行ったとなれば不義理野郎としての悪名を頂戴しかねない。悪名も名声の内と言うが、それとて限度がある。例えば凄い犯罪をやらかしたことで定着した悪名であれば場合によっては箔の1つにもなるが、これがしょぼい、あるいはもっとこう…レイプだとかロリに手を出した、なんてので箔なんぞつかない、不義理なんてのは絶対に後者だ。

「分かった、やるよ…やりますとも」

「それでいいね、何もせず腐るより何かして腐るね」

「おい…腐るのは決定事項かよ」

「ロウニンはたいてい腐ってるね」

「わぁい、偏見だ」

「偏見じゃなくて事実だね」

「畜生、その腐ったロウニンの元締めが!」

「元締めじゃなくて単なる口入れ屋ね」

「屁理屈だぜ」

「理屈もこけずに口入れ屋なんてやらないね」

「ちぇーっ…んで、依頼料からどんだけ分捕るおつもり?」

 指を3本立てる。

「3パー?」

「30%」

「暴利をむさぼり過ぎだろぉっ!?」

「適正価格ね」

「………そんな事してるから、ここの口入れ屋人気ないんじゃないの?」

「いいかねここは最後の駆け込み寺、寄る辺のない金持ちと仕事のないロウニン、その間を取り持ってあげてるんだから感謝して欲しいくらいね」

「恩着せがましいって言うんだぜ」

「地獄の沙汰も金次第、クモの糸にも材料費がかかる時代ね」

「銅臭のする雲の糸だこと」

 溜息を1つ吐き、

「んで、結局成功報酬は?」

「100万新圓」

「それは30%引き済み?」

「無論だね」

 前世における1000万は果たして命を賭けるに高いのか安いのか俺には測りかねるが、この世界においては…どうだろうか、多分何とも言えないのだろう。そもそも命を金に換算することがナンセンスなのかもしれないが。

「……それじゃ早速行動に移るとするかね…悪いけど報酬前借させてくれよ、位置の割り出しにオンミョウジが必要だかんね、それと依頼主に連絡よろしく」

「まかせるね…ふふんっ、こう言いうことがあるから口入れ屋が必要だと分かるね?」

 そう言って胸を張って見せてくる。デカい乳が揺れた、しかしこの世界は電脳なのでこれは所詮偽物であると思うとちょっと複雑だ。

「アバターの偽乳揺らして楽しい?」

「クラックして脳みそ焼かれたいかね?」

「さーせん」



 まず向かう先は依頼主のところではなく今回の相棒のところであった、当然だが俺のネット技術はにわかにも等しい。軍事ナノマシンのおかげで個人武力はそれなりにある方ではあるが、ハッキングだのクラッキングだのはまるでお話しにならない、三下ヤクザ程度なら何とかなれど、ある程度の武力を持った所には無理無理も無理。言ってしまえばヤクザの二次団体三次団体…も厳しい、かなり小規模で劣悪な所に対してやっとといったところ、主要な所相手には挑んだところで脳みそ焼かれておしまい!といえよう。なのでそう言った技術に詳しい同業者が居なければ無策で依頼に取り組むという事をしなければならない。

 前回の依頼は幸運にも依頼者がその手の知識に詳しい技術系の会社であり、実際に自らがオンミョウジのまねごとをしてくれたからこそ完遂出来たものであり、本来俺のような人間が受ける依頼ではなかった、げに無知とは恐ろしいものである。

 紹介された相棒は練馬区の方に居住していた、繁華街…あるいはトウキョウの狂騒をつくる中心から外れた住宅街である。中心街から外れてるがゆえに静かではあるが閑静というよりは単に不気味な静寂が場を包んでいる、庶民が居住する場であり、今誰が信じられるか分からない時代であるがゆえであろう。

 その1画、建築から何年たったか分からないようなオンボロアパートが相棒のねぐらなのだという。今更ながら菓子折りでも持ってくればよかっただろうか、と思いつつボロアパートの扉をたたく。3度のノック、そしてインターホン。

「あー…もしもし、どなたかいらっしゃいますか?」

 わずかばかりの静寂、そして慌ただしい音と共に声がする。

「わわわっ!もう来ちゃったのっ!?」

 甲高い声、女の物。

「もしかしてまだ準備が出来てなかった?」

「んーん!とりあえず入ってー!」

 え、と、声を上げてしまう。単に紹介されたばかりの人間を家に上げようとするのはこのトウキョウにおいてはあまりにも警戒心がなさすぎる。当然だが平和な時代ではない、薄汚れた時代であり人の命の軽い時代なのだ。

「えっと…警戒心がなさすぎるんじゃない?」

「だいじょーぶっ!それくらい問題ないから!」

 これ以上の問答はループしそうな気配を悟る、とにかく俺はこの女のテリトリーに足を踏み入れないといけないらしい。ロックは解除されている、生唾を飲み込み、意を決して扉を開く。そしてすぐに後方に退避する。この不用意な招き入れが俺を害する策略でないとは言い切れないからだ。

 音はしない、何かのトラップがあるわけではない。副脳にアクセス、アプリを起動、視神経を強化、スキャン、罠やセンサーの類はない、こちらに害するものはない…ハズ。

「どったの?開けっ放しはこまるよー」

 そんな間の抜けた声がかけられる。

「悪い、今はいる」

 そう言って足を踏み入れた。

 眼前に女が居る。愛らしい女だ、セミロングの神、パチッと開いた目はかわいらしい、形のいい口元は笑みを浮かべている、身体もイッてしまえばグラマーというやつだろうか、男の目を引き女でも見てしまいそうな。

「ども!えっと…」

「あー、零一です、よろしく」

「んーよろしくー、レイイチってあれかな?ゼロとイチ?二進数くん?」

「妙なあだ名は止めてくれます?」

「いいとおもうんだけどなー」

 そう言って椅子の上で足をぶらつかせた、そして立ち上がり、

「えっとねー、私はミヤコ、よろしくねー♪」

 弾むような声で俺に名前を告げてくる。

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