第2話・電脳と依頼と/1

 コールタールの様な闇から目を覚ます、などと恰好を付けて言っては見るが、要するにねぐらで目を覚ましただけである。それもよい起床とは言える訳もない。

 まさに反吐の匂いに包まれた街、トウキョウ、嘗ての平和はどこに行ったのやら、今は暴力と喧騒が支配する。

 気付けばこの世界に転生し、謎ボディを押し付けられながらもつつましやかに暮らしている。

 もはやかつての時代の…元の令和の事など思い出せなくなり始めてきている中に、新しいトウキョウがスーッと染みわたってくる。

 暴力とトラブルの匂い。

 ベッドの上、布団を蹴っ飛ばしせば、既に安アパートの窓から汚い陽光が差し込んでいる。ナノマシンによる環境改善話されたとはいえ、嘗て壊した自然環境の傷跡はいまだに尾を引いている。壊すのはたやすくもとに戻すのは難しい。

 俺の今のねぐらは六畳のワンルーム、電子ロックくらいはあるがそれくらいしかいい所がない…安アパートにしては、と付くが。ちなみにキッチンはない、シャワーは着いている。これに対して生意気にも4500新圓も取るのだから溜まったものではない、前世風に言うなら昭和に建てた風呂なしおんぼろアパートに4万近く払えと言われてるようなものだ、到底いい物件などと言い難い。が、俺のような身分不肖の転生者を受け入れてくれるような所は少ない…まぁ、俺のような転生者じゃなくても不審者はこの世界には塵のように転がっているのだが。

 突如射撃音が聞こえる。

 お、やってんな、と思いながら窓の外を見やる。ヤクザ同士の抗争だった。もはや風物詩とも言える。1日とてヤクザの怒号が絶えることはない。

「どこの組のもんじゃワレエ!!イテこますぞゴラァ!!」

 うーむ、実に分かりやすいチンピラが道端で大声を上げている。モーニングコールにはちょうどいい。冷蔵庫から昨日のうちに買っていた食事をとりだす。人口パンのハンバーグ弁当、人口豚汁、添加ミネラルウォーター、合わせて130新圓なり、ちなみに味は糞マズイ、庶民用に安価に合成された素材を形成してそれっぽく見せているからである。

 適当にレンジで温めて口に放り込む、コメ、肉、野菜、みそ、水、どれも偽物だがそれっぽい味。美味しい訳ではない、安っぽい味だ。食べ終わったら容器をゴミ箱に捨てておく。

 その後に机に向かって端末を起動、サイトを回る。

 この世界はネットがきわめて発達している。戦争の後の復興政策なのかもしれないがそれは分からない。しかし1つだけ分かるのは少なくとも前世の物よりは。何と言っても目玉は自分の意識を電脳の世界に飛ばすVR的なものが普及していると言う事。そんな根付いた技術もまたこの世界では犯罪の温床になったりもするのだが。

 接続用の旧式ウェアを首筋につける。今のトレンドは手術で肉体に埋め込み神経と接続させるタイプのものだが、俺にはそんな事を出来る闇クリニックとの伝手がないので旧式の体内のナノマシンをを介してネットに接続するものを使っている。

 ウェアから伸びたコードを端末にイン、ソフトウェアを起動して精神を電脳に飛ばす。

 一瞬目をつぶる、それだけで世界は一転した。目の前には街が広がっている。サーバー上、電脳の上に作られた架装の町、サーバー創造者によってつけられた名前は不夜城。名前の通り永遠によるであることが決まった世界である。

 足を踏み出す。アスファルトを踏みしめる音。疑似的ではあるが、本当に街にいるかのような錯覚。すべてが偽物のもう1つの現実、それが電脳。

 アバターの肉体を滑らせ、雑踏に身を挿れる。単なるコリジョン判定ではあるが、リアルに肉体同士がぶつかった感覚をおぼえる。勿論現実のような衝撃ではない、法律によってきめられているからだ。電脳接続法・う条、電脳接続者はアバターのシェルカーネル同調率を30%以上にしてはならない、と言ものがある。古い実験ではあるが、錯覚による人間の処刑を行ったというものがある。目隠しをしてから切り傷を作る…ふりをして水が垂れる音を聞かせる、被験者はあたかも自分の血が床に流れ落ちる者と錯覚し、ついには死んでしまったというものだ。電脳においてもそう言ったことが起きる、所詮電脳上のアバターであるにも関わらず、その偽物の身体を壊されて死んでしまったという事例。他にも同調率が高ければ高いほどマルウェアに感染し脳を破壊されたりなどのリスクもある。故に安全性を確保できる30%と定められているらしい。ちなみにこんな世界であるから、まともに守るような人間はいない。俺は怖いから守っている。

 しばらく歩き、路地裏に行く。目的地がそこにある。古物屋に偽装した口入れ屋だ、こう言った口入れ屋は電脳そこらに存在する。その中でここに来ているのは前回の依頼者…初めての以来の際に知り合った相手からここを紹介されたからというほかない。

「入るよ」

「入るだけなら帰んなね」

 座っているのは女だった、眼鏡をかけ、艶のある長い髪をまとめている。切れ長の瞳がいかにもクールビューティといった要望、勿論アバターなので作りものであるが、それでも息を飲まずにいられないのは製作者が凝り性で素晴らしい外見を作り出したという事実があるだろう。

「んで、何かね、また今日も漁るだけ明後日何もしないで帰るのかね?」

「流石にそろそろヤベーんだ」

 そう、実際ヤバい。前回の依頼料は物をそろえるのに使っており貯金はまだあるがそれでも危なくなっている。知っているか、銃は…高い。銃もそうだが維持費がね?

 それにこの体の維持費も高い、人の3倍は食べねば生存できないという糞燃費である。

「だったら選り好みしないで選べばいいね」

「ここの依頼割に合わないの多すぎなんだよ!」

 当然だが店には品ぞろえがある、口入れ屋にも依頼ぞろえがある。ここはぱっと見相場よりは高いが実際に依頼内容を見るとだいたい割に合わなく、何とか騙されるか追い込まれてにっちもさっちもないような奴を陥れては兵隊にして使おうとするヤバい依頼が大半だ。

「ここは駆け込み寺みたいなものだね、リスクは承知するね」

「せめてつり合いは取らせてくれよ、額と」

「ピッタリだね、うちは依頼に来る人間を選ばないフレンドリーさがウリね、つまりお友達料」

「たけーよお友達料、そこは優しさ大目にしてくれよ」

「お友達だからズケズケやるね」

「俺たちまだ知り合って間もないじゃないの」

「友達と思えば今日から友達ね」

「友達ー、おかねちょーだい」

「死ね」

 最後辛辣ぅ……。

「ま、ええわ、今日は依頼受けないとあかんしー、依頼見せて」

「ほれ」

 店主がそう言ってデータを転送して来る。

「ありゃ?」

「どうしたね」

「いつももっと以来あるじゃん、今日は1つ?」

 そう言うと店主がニっと笑みを作った。

「お前は選り好みし過ぎだからな、お前にピッタリの物を選んだね」

 人差し指を立てる。

「ネットランの技術がないが、身体は頑強、となればやることは1つ、ボディガードね!」

 

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