第32話 愚者が動き出しました
話が終わった頃には夜も更けていた。
アンリエッサとウィルフレッドはそれぞれの部屋で休むことになったが……アンリエッサはベッドに入って眠ることなく、冷たい表情でつぶやいた。
「青嵐、戻っていますか?」
「はい、こちらに」
アンリエッサが呼びかけると、黒い僧服の男性が現れた。
藍色の髪の神父……式神の一人である青嵐である。
「何かわかりましたか?」
「はい。とても面白い情報を掴むことができました」
アンリエッサの問いに青嵐が答える。
青嵐は先ほどまで、調べごとのために宿屋を開けていた。
「主様を見張っていた人間ですが……どうやら、この町を陰から牛耳っている無法者のようです」
昼間に代官の屋敷を調べていた際、何者かがアンリエッサ達を見張っていた。
アンリエッサもウィルフレッドは気がつかなかったが……一緒にいた式神の青嵐は見張りの存在にしっかりと気がついていた。
アンリエッサに監視されていたことを報告して、見張りの目的と正体を探るべく追いかけていったのである。
「無法者……つまり、ギャングですか?」
「はい。彼らはどうやら、この町の鉱山で採れる岩塩を盗掘していたようです。町の代官もそれに一枚噛んでいたらしく……利益の配分などで揉めた結果、殺害してしまったようですね」
「ああ……なんとくだらない。愚かなことですこと」
アンリエッサが呆れ返り、首を振る。
「くだらない欲望のために殺し合い、命を散らすなんて救いようがない話です。この世界で本当に大切なのは愛だというのに……」
「……変わりましたね。主様」
青嵐がわずかに顔を引きつらせる。
かつてのアンリエッサは孤高にして尊大。
周囲に交わることなく、絶対的強者として君臨していた『呪いの女王』だった。
そんなアンリエッサがウィルフレッドと出会ってからというもの、すっかり恋する乙女となっていた。
アンリエッサのことを慕っている青嵐としては、その変化が嬉しいと同時に寂しくも感じられている。
「それで……そのギャング共なのですが、ウィルフレッド殿下が秘密に感づいたことも察しているようです。口封じのために、主様と殿下を殺害するように計画を……」
「よし、殺しましょうか。根切り撫で斬り、
アンリエッサが笑顔で宣言する。
「私のウィル様を殺す? その無法者共は呆れるほどに愚かなのですね。この私がいて、そんなことをさせるわけがないでしょうに。生まれてきたことを後悔するくらいに、激しく呪って差し上げましょう」
「…………」
笑顔で呪殺を宣言するアンリエッサに、青嵐が先ほどとは別の意味合いで表情を引きつらせた。
アンリエッサは恋する乙女になってはいるものの、丸くなってはいないし、日和ってもいない。
恋や愛に目覚めたとしても……彼女はいまだに『呪いの女王』なのである。
「おそらく、連中は今晩にでも動くことでしょう。この宿屋に襲撃をかけるべく人を集めていました」
「あらあら……随分と性急ですこと。いきなり打って出てくるのですね」
考えなしの行動にも見えるのだが……実のところ、それほど的外れでもなかった。
ウィルフレッドは今回の調査によって岩塩のことに気がついており、王宮にいる父王に判断を仰ごうとしていた。
それは王家の直轄地で岩塩を密売していたギャングにとって、致命的なことである。
「なかなか、勘が良いようですね……まあ、それが彼らの命取りになるのでしょうが」
アンリエッサとウィルフレッドが動き出す前に、あちらから仕掛けてきたのは即断即決で大したものだと思う。
ただ……彼らの大いなるミスは二人のことをただの子供として侮っていること。
アンリエッサが『呪いの女王』であることを知らないことである。
「まあ、ミスというほどの失策ではありませんよね。私の力など知りようがないですから。運が悪かっただけなのでしょうね……」
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
アンリエッサの前に銀嶺が現れる。
メイド服のスカートがフワリと揺れて、まぶしい太腿が一瞬だけ見えた。
「宿屋の外にお客人が見られています……見えているだけで十人。近くの建物の物陰に隠れている者がさらに十人」
「おやおや……町の人々に見られたら、どうするつもりなのかしら?」
もしかすると……町の人間もギャングには逆らえないのかもしれない。
無法者に支配され、誰も逆らうことができなくなっている田舎の町……西部劇や任侠映画などで出てきそうな設定である。
「それでは、もてなす準備をいたしましょうか。『黒水』には引き続き、ウィル様から目を離さないように伝えておきなさい」
「かしこまりました……お嬢様に逆らうことの愚を嫌というほど教えて差し上げます」
「アチラから動いてくれて助かりましたね……これで容赦なく叩き潰すことができる」
アンリエッサと二人の式神はそんな言葉を交わして、邪悪な笑みを浮かべるのであった。
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