第33話 飛んで火にいる夏の虫

 深夜。

 田舎町が寝静まった時間帯。


 町を陰から支配して、塩の鉱脈から盗掘をしているギャング達。

 人数は二十人ほどで、いずれも刃物や鈍器で武装している。

 彼らはウィルフレッドという名前の王子が宿泊している宿屋の周りに集結して、月明かりの下でその建物を見上げていた。


「ここが例の王子様が泊まっている宿屋かよ」


「月のない夜だったら良かったんだがな……こんな日に限って、やけに月が照ってやがるぜ」


「別に見られたっていいだろうが……どうせ、町の人間は俺達に逆らえないんだからな」


 この町を支配しているのは王族でも貴族でもない。

 ここにいるギャング達なのだ。

 金が掘り尽くされて見捨てられた町。そこはギャング達の巣窟となっており、町の人間で逆らう者はいなかった。

 それは住民がギャングを恐れているということも理由としてあるが……彼らが町に多額の金を落としているというのも理由としてある。

 塩の盗掘によって多額の収入を得ているギャングは、町のレストランや酒場などの上客であり、過疎化が進んだ町に無くてはならない存在となっていた。


 それ故に、ここで騒ぎを起こしたとしても町の人間は何も言わない。

 仮に、ウィルフレッドを殺害してしまったとしても……目撃者が住民だけならば、誤魔化すことができるはずだった。


「そういえば……例の王子様には婚約者の女がいるんだったな」


「報告にあったな……確か、十代半ばくらいのガキで、それなりに見られる外見だったそうだぜ」


 ギャング達の口にアンリエッサの話題がのぼる。

 王族であるウィルフレッドと比べると注目度は低く、何者であるかさえギャング達は知らない。


「その女はどうする? 娼館にでも売り飛ばすか?」


「いや……町の人間以外に目撃者を残すわけにはいかない。始末するぞ」


「あーあ、もったいねえなあ。十代半ば……一番、嬲り甲斐のある年じゃねえか」


「それはテメエだけだろ……とにかく、全員殺すぞ。女も護衛の兵士も残すんじゃねえぞ」


「ハイハイ、わかりましたよ……ああ、殺す前に楽しむのは自由だよな?」


「好きにしろよ」


「へへ、そうこなくちゃ」


 ギャングの一人が軽薄に笑う。

 人間の物とは思えないような、まるで豚鬼オークのような醜悪な表情で。


「一度、女を犯りながらぶっ殺してみたいと思ってたんだよな! 楽しいと思わねえか? 腹にナイフを突きさしながら、股の間にもブッ刺して……」


 邪悪な欲望を口に出す男であったが……その言葉がプツンと途切れる。


「あ?」


 男と話をしていたギャングが振り返る。

 そして……大きく目を見開いた。


「おい? アイツ、どこに行った?」


 仲間の一人が消えていた。

 つい先ほどまで、話をしていたというのに。


「何だ……アイツ、いや……アイツらいねえぞ!?」


 仲間のギャングが叫ぶ。

 そこで初めて気がついたのだが……いつの間にか、宿屋の前に集まっていたギャングの半数が消えている。

 まるで、後ろから順番に消えてしまったかのように……とある男から後ろにいた十人ほどが姿を消していたのだ。


「アイツら……まさか、逃げたのか!?」


「いや……違う、逃げたにしてはおかしいぞ……!」


 残ったギャング達が混乱しつつ、地面を見下ろす。

 そこには仲間達が持っていたはずの武器……剣やナイフ、棍棒などの武器が落ちていた。

 逃げるにしても、武器を置いていく理由はない。そもそも、逃げる理由だってない。

 つまり……いなくなった十人のギャングは自分達の意思とは無関係に、この場から連れ去られたということになる。


「馬鹿な……有り得ねえ……!」


「ふざけんなよ! できるわけねえだろうが!」


 そう……できるわけがないのだ。

 誰にも気づかれることなく、それなりに荒事に慣れているはずの人間を消し去るだなんて……そんなことは不可能である。

 警戒だって、それなりにしていた。

 王子であるウィルフレッドはともかくとして、護衛の兵士は訓練を受けているだろう。

 だからこそ、二十人ものならず者が集まっていたのだから。


「おい、集まれ! お前ら……バラバラになるんじゃねえ!」


 ギャングの一人が野太い声で指示を飛ばした。


「全員で背中合わせになって、周りを警戒するんだ! 何者か知らねえが……敵を近づけるんじゃね……」


 しかし、最後まで言い切ることはできなかった。

 何故なら……そのギャングもまた、忽然と消えてしまったから。


「え……?」


「う、嘘だろ!?」


「馬鹿な……見えなかったぞ!?」


 ギャングがさらに混乱する。

 仲間を連れ去った何か……それが見ることすらできなかった。

 まるで瞬間移動でもしたかのように、何の前触れもなく連れされられてしまった。


「聞くに堪えない……というのは、貴方達に対しての言葉なのでしょうね」


「誰だ!?」


 ギャング達の耳に何者かの声が届く。

 若い女性の声だったが……周りを見ても、声の主は見つからなかった。


「ウィル様を殺そうとしたこともそうですが……私を汚すですか。犯しながら殺すですか。新鮮ですね……怖がられるならまだしも、男性から欲情されるなんていつぶりでしょう」


「誰だ! 姿を見せやがれ!」


「仲間達をどこにやった!? 返しやがれ!」


「クスクス、クスクスクスクスクスクスクスクス……」


 笑い声が響いてくる。

 どこからというのではなく、まるで反響しているかのように全方位から一斉に。


「返せというのならば返しますわ。どうぞ、受け取ってくださいな」


 ドサリと音が鳴る。

 空から何かが降ってきた。


「あ……」


 月明かりによって、それの正体がわかってしまう。


「し、死んでる……?」


 地面に転がっているのは、全身の関節があらぬ方向に捻じれて……壊れたマリオネットのようになった仲間の姿であった。

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