第31話 ペッしなさい、ペッて!
領主の屋敷跡の探索を終えて、ウィルフレッドとアンリエッサは宿屋に戻ってきた。
兵士達も同じ宿屋に部屋を取っている。
アンデッドではあったが肉体は生身のため、重労働の後でゆっくりと休んでいた。
アンリエッサはウィルフレッドの部屋で、先ほど見つけた書類とにらめっこをしている。
「これって……もしかして、二重帳簿じゃないですか?」
地下室の金庫から見つかった帳簿と他の書類を見比べて、アンリエッサは気がついた。
「おそらく、他の書類と一緒にあったのが表向きの帳簿です。こちらの帳簿には、ゴールドリヴァーの町からはほとんど収入がなく、財政が切迫しているように記録されています。王宮にもそのように報告しているのでしょう」
「それじゃあ、地下室から見つけたこっちの帳簿は……」
「はい。これが実際の帳簿。裏帳簿ですね」
地下室から見つけた帳簿を見ると……そこには、かなりの金額の収入があり、代官が絵画や彫刻などをいくつも購入していることが記載されていた。
裏帳簿に書かれている収入源については明確に記載されておらず、アルファベットでいうところの『S』とだけ書かれてあった。
「『S』……何かの略称だと思いますけど、何のことでしょう……?」
アンリエッサが考え込むが……思い浮かばなかった。
「気になるのは、帳簿と一緒に見つけたこのビンだよね。赤い小石が入っているように見えるけど……」
ウィルフレッドが裏帳簿と一緒に金庫に入っていたビンを取り出す。
そこには正体不明の赤い小石が入っている。
「そうですね……どうにか、その小石の正体を解析できたら良いんですけど……」
「そうだね……ペロ」
「ウィル様っ!?」
唐突に、ウィルフレッドがビンの中に入っていた小石を取り出して舐めてしまった。
アンリエッサが慌てて小石を取り上げる。
「ど、どうして舐めてるんですか!? ほら、ぺっしてください、ぺっ!」
もしも毒物だったらどうするというのだろう。
アンリエッサが慌てふためくが……ウィルフレッドがポツリとつぶやく。
「……しょっぱい」
「へ……?」
「これは塩だよ。間違いない」
ウィルフレッドが断言した。
塩。ソルト。頭文字は『S』である。
もしかして、代官の裏帳簿に書かれていた収入源はこれだったのだろうか?
「でも……ここは海からは遠いですよ? 塩が採れるような立地ではないと思いますけど……?」
「わかった……コレは岩塩だよ」
「岩塩?」
「そう。岩塩、ロックソルトだ」
「…………!」
ウィルフレッドの言葉に、アンリエッサは前世の知識が甦った。
塩は基本的に海水から生成されるものである。それは島国の日本でも一般的なことだった。
しかし……海外の一部の地域では、山から塩が産出されることがあると聞いたことがあった。
「これがそうなんですか……?」
「うん、王宮にいた頃に本で読んだことがあるんだ。山から取れる塩……地域によっては『赤塩』と呼ばれているらしいんだけど、そういうものが存在するって。もしかしたら……ゴールドリヴァーには岩塩が採れる鉱脈があるのかもしれない」
「……なるほど!」
ゴールドリヴァーはヴァイサマー王国の北部にある町である。
ヴァイサマー王国は南側に海があり、そこで塩が産出されて他の町に輸送されていた。
もしも、海から遠いこの町で塩が生産されたのなら、それを周囲にいる町に売ることができたのなら……間違いなく、莫大な富を生み出すことだろう。
「でも……この町から塩が採れるだなんて、聞いたことがありません」
「うん、僕もだよ。ここに赴任されることになって、事前に色々と調べておいたけど……岩塩の鉱脈があるなんて情報はどこにもなかった。たぶん、ここにいた代官は岩塩を見つけたけど王宮に報告していなかったんだよ」
ウィルフレッドがわずかに顔をしかめた。
代官は厳密にいうと、この町の所有者ではない。
ウィルフレッドに下賜されるまで、ここは王家の直轄地だったのだ。
岩塩がこの町で発見されたとしても、その収入は王家の物になるはずである。
「つまり、代官は塩を密売して横領していたわけですか」
「うん。そして……代官が行方不明になっている理由だけど、その密売の過程でトラブルがあったんじゃないのかな? 岩塩を採掘して、他の町に輸送して……代官一人でできることじゃない。絶対に共犯者がいたはずだよ」
「共犯者に裏切られて、殺害されたと……それならば諸々、説明がつきますね」
呪術師であるアンリエッサの目には、金庫で発見された裏帳簿と岩塩のビンに黒い呪いのモヤがまとわりついているのが見えた。
これは人間が無意識に生み出した怨嗟の念。怨念である。
岩塩を採掘して密売していた代官が何らかのトラブルによって死亡して、その恨みが呪いのモヤとなって原因となった岩塩にまとわりついているのかもしれない。
「うーん……これはもう僕達の手に余るかもしれないね。父上に報告した方が良いかもしれないよ」
「……そうですね」
ウィルフレッドのつぶやきに、アンリエッサが短い言葉で肯定したのであった。
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