第30話 愚者が魔獣の尾を踏んだ

 ゴールドリヴァーの町。とある場所。

 静寂の暗い部屋の中に複数の人影があった。


「なるほど……新しい領主が余計なものを見つけてしまったか」


 長い沈黙を破って、一人の男性が声を発した。

 重々しく、どこか苛立っているような声音である。

 その男の言葉を受けて、暗闇にいる別の人間が口を開いた。


「十二歳のガキなんて放っておけって、言ってた奴は誰だよ? もしかすると、俺達のやっていることが全部バレちまうかもしれねえぞ?」


「仕方がないでしょう! 子供とはいえ王族です。下手に手を出せば、王宮から調査が入るかもしれないでしょうが!」


「まさか、代官の野郎が地下に証拠を隠しているとはな……ああ、チクショウ! こんなことなら、殺す前にちゃんと尋問しておけば良かったんだ!」


 顔もはっきりとはしない部屋の中で、男達が言い合いをしている。

 殺伐とした会話の内容から……彼らが何らかの後ろ暗い秘密を共有していることがわかった。


「もしも、アレのことがバレちまったら……ここにいる全員が破滅だな」


「「「「「…………」」」」」


 一人の男が口にした途端、部屋にいた者達が黙り込む。

 その沈黙の意味は肯定。彼らがやっていること、隠していることは絶対に露見してはいけないことなのだ。


「何とか、しなくてはいけませんね」


「この町から逃げちまえば、命だけは助かるだろうが……」


「……誰にも脅かされることのない安住の土地。金の生る木を手放すなんてできねえよな。ここでケツまくって逃げたら、代官をぶっ殺したことが無駄になるじゃねえか」


 彼らはかつて、この町の管理を任されていた代官と一緒になって、とある悪事に手を染めていた。

 しかし、報酬の配分などで揉めた結果、代官を殺害するに至ったのである。

 ゴールドリヴァーは王家の直轄地。王宮から派遣された代官を殺害したとなれば、ただでは済まないのだが……この三年間、代官が死んだことすら王宮は気がついていない。


 辺境の土地。唯一の産業であった金脈を失って見放された土地であるゴールドリヴァー。

 この地のことを、よほど王宮の人間は興味がないらしい。

 毎月、決まった時期に代官の代わりに報告書を送ってさえいれば、誰も代官の生死など気にも留めなかった。

 会計役の補佐官を彼らが抱きこんでいるというのもあったが、その代官は政治争いに負けて左遷されてきた人間。

 もはや、中央の人間にとって居ても居なくても同じ幽霊のような存在なのだろう。


「新しい領主……ウィルフレッドとかいうガキが何もせずに路頭に迷っているようであれば、それでも良かった。だけど……俺達の秘密に首を突っ込むっていうのなら、もはや放置はできねえな」


「……殺しますか?」


「殺るしかねえだろ。アイツも手下の兵士も、それと女もだ。全員、始末するしかねえ」


「王家を敵に回すことになるな……さすがにヤベエんじゃねえか?」


「代官を殺ったんだ。もう敵に回してるよ。それに……聞いたところによると、ウィルフレッドってガキは後ろ盾もない十三番目の王子。こんな場所に送り込まれるくらいだから、代官と同じく、王宮には必要とされていない人間だ。消しちまってもバレやしねえさ」


 それは希望的観測であったが……しかし、ある意味では正鵠をついている。

 実際、ウィルフレッドは追放同然で王宮を出て、この場所に送り込まれてきたのだから。


「……明日の夜にでも決行するぞ。ガキを殺すのは好かねえが、仕方がねえな」


「若い連中を集めておくぜ。連中が泊まっている宿屋を襲撃だな」


 暗闇の中、彼らはウィルフレッド達の殺害を決定した。

 それにより、彼らの末路もまた決定づけられることになったのだが……暗躍する男達は自分達が触れてはならない魔獣の尾を踏もうとしていることに、気がついていなかったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る