第26話 田舎町ですが朝が来ました

 とある宿屋にて、兵士達が災難な目に遭わされた。

 彼らがどうなったのかはともかくとして……何があっても、太陽は必ず昇ってくる。

 アンリエッサとウィルフレッドがゴールドリヴァーの町にやってきて、最初の朝がやってきた。


「さて……それでは、ウィル様を起こしましょうか」


 朝の支度を終えたアンリエッサが宿屋の部屋から出て、隣室の前に立った。

 ウィルフレッドが泊まっている部屋である。軽く深呼吸をしてから、扉をノックする。


「失礼します、ウィル様。入っても良いでしょうか?」


「アンリかい? 良いよ、入って来て」


「おはようございます」


 アンリエッサが部屋に入ると、ウィルフレッドはすでに朝の準備を終えた後だった。

 寝間着から着替えており、穏やかな笑顔をアンリエッサに向けてくる。


「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」


「ブッ……ね、眠れました。グッスリです……」


 爽やかでありながら愛くるしさを欠かすことのない笑顔を見て、アンリエッサが顔面を殴られたように身体をのけぞらせる。

 それでも、どうにか鼻血を出すことなく堪えて……ウィルフレッドに改めて話しかける。


「も、もうすぐ朝食ができるそうですよ。部屋までは持ってきてくれないそうなので、下の食堂に行かないといけないのですけど……」


「あ、良いね! 楽しそうじゃないか!」


 王子であるウィルフレッドは部屋に使用人が食事を運んでくるのが当然の生活をしていたのだが、あっさりと食堂に行くことを了承した。

 むしろ、平民と一緒に食事を摂ることを楽しんでいるような様子さえあった。


(ウィル様がこのような扱いを受けていることは不本意ですけど……喜んでくれているようならば、とりあえずは良しとしましょうか)


「それは良かったです。それでは、行きましょうか」


 アンリエッサが胸を撫で下ろして、ウィルフレッドを伴って食堂まで降りていく。

 食堂に行くと、閑散とした空間にテーブルがいくつか並べられており、すでに食事を始めている人間がちらほらといる。


「空いているね。どこに座っても良いのかな?」


「良いみたいですよ。あちらのカウンターに座りましょうか」


「うん、何だか平民になったみたいでワクワクするね」


 アンリエッサとウィルフレッドが並んでカウンター席に座った。

 すぐにエプロンを締めた中年女性がやって来て、二人に話しかけてくる。


「おはようさん、二人とも。朝食だね?」


「はい、よろしくお願いします」


 気安い口調の店員はもちろん、二人が王子と公爵令嬢であることは話していない。

 現時点で話したとしても、変に警戒や恐縮をされてマイナスにしかならないだろうと判断したのである。


「はい、モーニングメニューを二つ。それにしても……二人とも、随分と若いね。この町には何をしに来たんだい?」


 店員の問いに、アンリエッサとウィルフレッドが顔を見合わせた。

 アンリエッサが頷いて、店員に答える。


「色々と事情がありまして、この町に引っ越してきたんです」


「ははあ、こんなくたびれた町に引っ越してくるような事情ねえ。詮索はしないけど……若いのに苦労しているんだねえ」


 店員は見知らぬよそ者に不信感を持つことなく、むしろ同情した様子だった。

 アンリエッサが十五歳。ウィルフレッドが十二歳。彼女の目から見れば、まだまだ子供なのだからそういう反応にもなるだろう。


「ところで……二人は姉弟かい?」


 詮索しないと言いつつ、店員が訊ねてくる。

 アンリエッサがにこやかな笑みを浮かべて、譲れない部分なのでハッキリと答える。


「いいえ、婚約者です」


「こ、婚約者……?」


「はい、そうです……そう見えますよね?」


「あー……そうだねえ。言われて見れば、そう見えるねえ……おっと、仕事仕事」


 アンリエッサの言葉に込められた謎の『圧』を感じ取り、店員が曖昧に微笑みながら裏に引っ込んでいった。

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