第25話 とある兵士達の災難
「ヒャヒャヒャヒャヒャ! 酒だ、酒を持ってこい!」
「おいおい、女はまだかよ? どれだけ待たせやがる!」
「つまみが足らねーぞ。金はあるんだからどんどん作りやがれ!」
ゴールドリヴァーの町で最高級の宿屋に、彼ら五人の姿があった。
ウィルフレッドの護衛として王都からここまで付いてきた兵士達である。
彼らは宿屋の一階にある酒場で酒を飲み、つまみを喰らい、そして娼婦まで呼んでいた。
最高級の宿屋とはいったものの……それはあくまでも小さな寒村にしては豪勢という程度でしかない。
酒場にいる客の数もまばら。料理もそれほど美味いわけではない。ただ……酒だけはそれなりに呑めるものだった。
「あーあ、みそっかすのクズ王子の護衛に命じられた時にはどうなることかと思ったが、存外に楽しい任務じゃねーか」
「こんな辺境まで来てやったんだ。これくらい美味しい思いをしなくちゃ割に合わねーぜ!」
笑いながら、兵士達がグイグイと酒を飲んでいく。
彼らが酒代として使っているのは、ウィルフレッドが国王から与えられた開発資金の一部をくすねたものである。
ゴールドリヴァーの町までやってきたのは、ウィルフレッドとアンリエッサ、そしてこの五人だけ。
やろうと思えば、王子の身ぐるみだって剥ぐことができるだろう。
「そういえば……アイツも一応は王子だったな。アレの首を他の王子に差し出したら、いくらもらえるかな?」
「そりゃあ、行きすぎだぜ。バーカ」
「だな。くだらねえ宮廷争いのために無駄にリスクを背負えるかよ」
それは兵士達の総意だった。
彼らは幼い王子の持っている小金をかすめ取るような小悪党だが、それ以上ではない。
王族の暗殺になんて加担できるような悪党にはなれなかった。
「……失礼します」
「お、来たか?」
酒場の扉が開いて、一人の女性が現れた。
おそらく、二十代前半ほどの若い女性である。胸元の開いたドレスを着ており、美味しそうな果実の谷間が見えていた。
「ヘヘッ……遅いじゃねえか」
「待ちくたびれたぜ。サービスしてもらおうか」
「ほら、どうした? さっさとこっちに来いよ」
兵士の一人が立ち上がり、アルコールでふらつく足で娼婦に近づいていく。
「おっとー、足がすべったー」
兵士がわざとらしく言って、扉の前に立っている娼婦に抱き着いた。
「おーおー、やわらけー。すげえ良い匂…………あ?」
娼婦に抱き着いた兵士の鼻をくすぐったのは香水の芳香……ではない。
墓場の土のような腐った匂い。死体の匂いである。
「臭っ……お前、なんて臭いを……ヒイッ!?」
「カタカタカタカタッ」
兵士は気がついた。
自分が抱き着いている女性が……ドレスを着ている骸骨であることに。
先ほどまで、美しい女だったはず。豊満な肉付きの抱き心地の良さそうな女だったはず。
それなのに……いつの間にか、骨だけの死人に変わっていたのである。
「うわあ! あ、アンデッド!?」
「なっ……!」
「ま、マジかよ!」
兵士達が叫んで、慌てて立ち上がる。
女に抱き着いていた兵士が慌てて離れようとするが……それよりも先に、骨だけの女がその首筋に噛みついた。
「カタカタカタカタカタカタカタカタッ!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
ブチブチと肉を噛みちぎられる音。血が噴水のように吹き出して、天井まで赤く染める。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「おい、やめろこの野郎!」
別の兵士が剣を抜いて、骨女を一閃する。
バキリと音が鳴って、骨女がバラバラに砕け散った。
「あ……う……」
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
首を噛み切られ、倒れた兵士に駆け寄るが……その怪我は明らかに致命傷である。
「おい、医者を呼べ! さっさとしやがれ!」
「この町はどうなってやがる! こんな化物が普通に出歩いているのかよ!」
兵士達が口々に叫ぶ。
テーブルから落ちた酒瓶が割れて、中の液体が床に広がっていく。
「おい、何とか言いやがれ!」
兵士が酒場の店主に向かって怒鳴る。あるいは……他のテーブルで酒を飲んでいる客にもだ。
しかし……彼らは答えない。代わりに、立ち上がって兵士達に顔を向ける。
「なっ……!」
「「「「「カタカタカタカタカタカタカタッ」」」」」
そこにいたのは骨だった。
兵士以外の全てが、その場にいる全員が骨だけのアンデッドだったのだ。
アンデッドの群れが兵士達に向かって襲いかかってくる。
彼らが剣を叩きつけるよりも先に抱き着き、床に押し倒し、身体に噛みついてきた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「やめろ、やめろ! やめてくれ!」
「いやだ……アアアアアアアアアアッ!」
兵士達が絶叫を上げる。
生きたまま肉を喰いちぎられ、血を啜られる。
想像を絶する痛み。いっそ首を斬り落としてくれとすら叫びたくなる絶望だった。
「な、何だよ……何なんだよお……!」
無事なのは、扉の一番近くにいた兵士だけである。
彼は仲間を見捨てて、宿屋の扉を開いて逃げようとした。
「あ……」
しかし、彼は逃げることができなかった。
開け放った扉の先、そこには無数の骨が立っていたからだ。
「な、何でこんなことに……!」
いったい、何処で間違えたのだろう。
こんな町にやってきたことか。
あの王子の護衛になったことか。
あるいは、その仕事を投げ出したことか。
「カタカタカタカタッ」
「カタカタカタカタカタカタカタカタッ」
「カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ!」
兵士は激しい悔恨に襲われながら、無数の骸骨に群がられていったのである。
〇 〇 〇
「お客さん、お客さん?」
酒場の店員が声をかけ、テーブルで眠りこけている兵士達の肩を揺さぶる。
しかし、眠りこけている五人の兵士はピクリともしない。
息をしているので、死んでいるわけではないのだろうが……少しも目を覚ます様子はなかった。
「もう……何なんだよ。もう店を閉めるってのに……」
店員が面倒臭そうに言って、兵士達を放っておいて店じまいの作業に入る。
『カタカタカタカタカタカタ……』
モップを片手に清掃をしている店員の目には、兵士達のテーブルの傍に立っている骨だけの女の姿は見えていないのであった。
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