第24話 お仕置きの時間です

 アンリエッサとウィルフレッドは領地であるゴールドリヴァーの町に到着して、そこにある安宿に泊まることになった。

 もしや、同じ部屋かとドギマギさせられるアンリエッサであったが……兵士は部屋を二部屋取っていた。

 そんなところは気を遣えるのかよと、ますますアンリエッサの怒りの炎に油を注ぐ結果である。


「……ウィル様はもう休みましたね?」


「はい、確かに」


 その日の夜。

 アンリエッサは兵士が取ってきた安宿の部屋から抜け出した。

 宿屋の前に立っているアンリエッサの前には、式神である銀嶺の姿がある。


「ゆかれるのですか?」


「彼らは私のウィル様を侮辱しました。万死にも値する大罪人……とてもではありませんが、見逃すことはできません」


 銀嶺の問いにアンリエッサが迷わず答える。それはアンリエッサの中では世界の真理のごとき決定事項だった。


「それにしても……国王陛下はどうして、あんな連中を護衛に付けたのでしょうね。もしや、あの方もウィル様を侮っているのでしょうか?」


「それは違いますよ。我が女王」


 アンリエッサの疑問に答えたのは銀嶺ではない。

 新たに現れた、人型の式神である。


青嵐せいらん


「ハッ」


 アンリエッサの前に跪いているのは、神父が着るような僧服姿の若い男性である。

 眉目秀麗な顔立ちに、腰まで届く長さの藍色の髪。

 彼もまたアンリエッサが前世で使役した式神。名前を青嵐という。


「おそらく……国王はいずれの派閥にも属していない兵士を選んだのでしょう」


「派閥……?」


「はい。王宮にいる騎士や兵士はいずれも十二人の王子の派閥のどれかに所属しています。派閥に属していないのはごく一部の人間だけ。代わりの利かない役職についている人間か、さもなければ、出世に興味がなくて仕事をサボってばかりの兵士だけなのです」


 代わりの利かない人間……それは国王の執事であったバートンのような人物である。

 バートンが付いてきてくれたらどれだけ良かったのかと思うが、彼は代えることができない人間らしく、王宮を離れられないそうだ。


「どこかの派閥に属している人間をウィルフレッド殿下に付ければ、暗殺されるリスクが高くなってしまいます。国王なりに殿下の無事を祈った結果として、どこの派閥にも属していない者達……出世欲がなく、仕事にやる気のない無能者ばかりを付けることになったでしょう」


「なるほど……国王も存外に無能ということですね」


 国王には思っていたほどの力はない。

 だからこそ、ウィルフレッドの母親を守れずに毒殺されてしまった。

 ウィルフレッドのことだって守り切れないと判断して、へき地に追いやるような形になったのだ。


「理解しました。さすがですね、青嵐」


「もったいなきお言葉。今後も尽力いたします」


 青嵐が深々と頭を下げる。

 忠実なる式神に満足そうに頷いてから、アンリエッサはさらに命じる。


「それでは……青嵐、銀嶺、貴方達はすでに任務に就いている『黒水くろみず』と一緒に、ウィル様の護衛についてください。怪しい人間を一切近づけないように」


「アンリエッサ様、それはできかねます」


「それでは、我が女王を守る盾が無くなってしまいます!」


 銀嶺と青嵐が同時に拒絶を示す。

 現在のアンリエッサが保有している戦力は大きく四つ。

 一つ目はアンリエッサ自身、残る三つは三体の強力な式神である。

 他にも力の弱い式神は多数持っているが、はっきり言って雑魚ばかり。戦力として数えてはいない。


「護衛ならば黒水だけでも十分。我らはアンリエッサ様と共に在るべきかと存じます……!」


 青嵐が必死な表情で進言する。

 銀嶺、青嵐、黒水の三体の式神は今でこそアンリエッサに従属しているが、かつては日本で猛威を振るっていた大妖怪ばかり。

 一人の人間に付ける護衛としては、あまりにも過剰ではないか。


「仕方がありません。優先させるべきはウィル様なのですから」


 しかし、アンリエッサも譲らない。

 そこだけは決して、譲歩できない部分だった。


「かつてのように十二体の鬼神を従えていた頃ならばまだしも、今の私に手駒は少ない。できるだけのことをウィル様にして差し上げたいのです」


「…………」


「我が女王……!」


 銀嶺も青嵐も承服しかねるというった表情である。

 しかし、彼らはあくまでも式神。アンリエッサには逆らえない。


「……せめて、お嬢様の傍に『金華』か『緑湖』がいれば安心でしたのに」


「クッ……あんな連中のことをいなくなって残念だと思うなんて、なんたる屈辱……」


「それでは、よろしくお願いします」


 悔しそうにしている式神二人を残して、アンリエッサは兵士達が泊まっている宿屋に足を向けた。

 偵察用の式神の報告によると……彼らはウィルフレッドの金を使って酒を飲み、娼婦まで呼んでいるとのこと。

 ここまでクズばかりだと、何をしても許されるだろうという気になってくるので、かえって気が楽だった。


「さあ、お仕置きの時間です。私が楽しい呪いをかけてあげましょう……」


『呪いの女王』の逆鱗に触れた。

 彼らにとって、今晩が最後の楽しい夜になることだろう。

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