第23話 屋敷に到着しましたが廃墟です
「さて……ここが今日から、僕達が暮らす屋敷になるんだね……」
「ここが……少し、いえ、かなり手入れが必要そうですね……」
その屋敷……否、廃墟を見上げて、ウィルフレッドとアンリエッサが溜息交じりに言う。
領主の屋敷であるはずのそれは、まるであばら家だった。
一応は二階建てなのだが、窓にはガラスも戸も付いておらず、雨風が吹きっさらし。壁や屋根にもあちこち穴が開いており、とても人が住めるような場所ではない。
信じられないことに……この廃墟が領主の屋敷である。
何年か前に領地の管理を任されていた代官が匙を投げ、行方不明になってからは放置されっぱなし。荒れ放題になっていた。
(少なくとも……王子であるウィル様が住むような場所ではありませんね)
「これは……一度壊して、立て直した方が良さそうだね。こんなところにアンリを置いてはおけないよ」
「ウィル様……!」
アンリエッサが感極まって涙目になる。
この廃屋を見上げて、真っ先に出るのが自分ではなくアンリエッサの心配。
改めて、アンリエッサは自分の婚約者がとても優しい人間であると痛感した。
「そ、そうですね……こんなところにウィルフレッド様を住まわせるわけにはいきません。とりあえず、今日のところは近くで宿を借りましょう」
「あー……えっと、殿下。俺達はどうしましょうか?」
二人の後ろにいた男が声をかけてくる。
その男は国王からウィルフレッドとアンリエッサの護衛を任された兵士である。
しかし、その表情にはいかにもやる気がなく……この仕事を嫌々押しつけられたことが明白だった。
「まさか、俺達にだけ野宿しろとか言いませんよね?」
「ああ、もちろんだよ。君達の宿代も僕が出そう」
「あざっす。助かりまーす」
兵士がヘラヘラと笑いながら、敬礼の真似事をする。
王族に対してあまりにも不敬な態度だった。アンリエッサが眉をひそめて、彼らを怒鳴りつけようとする。
「貴方達……その態度は何ですか!? それが王子であるウィル様への……!」
「アンリ、大丈夫。良いんだ」
「ウィル様……!」
しかし、その怒声は他でもないウィルフレッドに制止される。
ウィルフレッドはアンリの肩に手を置いて、穏やかに笑っていた。
「彼らは王都からはるばるこんな辺境までついてきてくれたんだ。それ以上は何も求められないよ」
「ウィル様……」
アンリエッサが唇を噛んだ。
それはあまりにも、遠慮し過ぎではないか。
彼らは給金を貰って、護衛の仕事を与えられてここにいるのだ。
それなのに……護衛対象に対して不敬な態度をとるなど、許されることではないはず。
「良いんだ。僕はそういう扱いをされても仕方がない人間だからね」
「…………!」
ウィルフレッドはやせ我慢をしているわけではなく、本気で気にしている様子がなかった。
つまり……これはウィルフレッドにとっての日常。
城でも兵士や使用人から、同じような扱いをされていた証拠である。
「あー、はいはい。すみませんね。何せ学も爵位もない下級騎士なものでして。許してくださいねー」
アンリエッサに怒鳴られた騎士が困った顔で両手を上げる。
「口調はどうにもならないですけど、仕事はキチンとやりますよー。宿屋を探してきますから、迷子にならないように待っててくださいねー」
兵士はヘラヘラと笑いながら、その場を立ち去ってしまった。
他にも四人の兵士がいたが、彼らもやる気なさそうに空を見上げていたり、アクビを噛み殺したりしている。
「…………許せない」
アンリエッサがウィルフレッドに聞こえない声量でつぶやいた。
(能力が足りないのであれば、百歩譲って許すことができる。だけど……彼らは最初からウィル様のことを舐めてかかっている。馬鹿にしても許される存在であると、当たり前のように認識している……!)
ウィルフレッドは確かに、母親の身分が低い末席の王子だが……それでも、王族であるには違いない。
騎士や兵士が馬鹿にしても良い存在ではないというのに、それがわからないのだろうか?
(どうやら、屋敷をどうにかする前にお仕置きが必要なようですね……)
その後、アンリエッサとウィルフレッドは兵士が見つけてきた小さな宿屋に宿泊することになった。
ちなみに、五人の兵士とは別の宿である。彼らは「宿賃の節約のために自分達は安宿に泊まる」などと言って、護衛対象を放置して別の宿屋に泊まったのだ。
おまけに……彼らの泊まった宿屋はアンリエッサとウィルフレッドのものよりもワンランク上の場所。
式神からの報告でそれを知った時、もはやアンリエッサの頭から『手加減』という言葉が消えていたのである。
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