第22話 これが二人の門出だが文句ある?

 ウィルフレッドが与えられた領地は『ゴールドリヴァー』という名前の王国北部にある辺境の土地だった。

 黄金の川ゴールドリヴァーという景気の良い名前に反して、そこにあるのは小さな町が一つ。

 それもかなり寂れており、人口百人にも満たない寒村といった場所である。


 この土地がゴールドリヴァーと呼ばれているのは、かつてここが金の産地だったからである。

 川で採取される砂金によって町は別物のように栄えていて、現在の十倍以上の人間が住んでいた。


 しかし、金が枯渇してからというもの……町は寂れる一方である。

 金が採れる以外に目立った産業のない土地から人々はどんどん出ていき、残っているのは年老いた老人かこの場所に愛着を持っている変わり者。

 王家の直轄地ではあるものの、代官に任せきりで放置されている土地だった。


 そんな場所がウィルフレッドに与えられた理由は、国王からの嫌がらせ……などではない。

 国王とて、できるのなら末の息子にもっと良い土地を与えてやりたかったはず。

 しかし、ウィルフレッドは後ろ盾がなく、まともな家臣もいない王子。

 もしもウィルフレッドが豊かな土地を与えられたのであれば、必ず妬みや欲望から狙われることになるだろう。

 ただ利権を求めてくるだけならばまだ良い。暗殺などの手段によって命を狙ってくる人間すらいるかもしれない。


 ゴールドリヴァーは貧しい土地であったが、その貧しさこそがウィルフレッドを『殺す価値もない王子』というレッテルを与え、それによって命を守ることができるだろうと国王は考えたのだ。


「とはいえ……それはあくまでも国王陛下の考えです。私からしてみれば知ったことじゃありませんよね」


「どうしたの、アンリ?」


「いえいえ、何でもありませんよ。ウィル様」


 馬車の中、不思議そうに訊ねてくるウィルフレッドにアンリエッサが笑顔で答える。

 二人は馬車で田舎のあぜ道を移動しており、まさにゴールドリヴァーに入るところだった。

 馬車の周りにいるのは馬を駆る五人の騎士。いずれも国王陛下から与えられた騎士である。

 後ろを走る馬車には二人の荷物が詰め込まれているのだが……馬車一台に収まる荷物というのは、王子とその婚約者にしては少なすぎる持ち物だった。


「これから、この場所が僕の……いや、僕達の領地になるんだね……」


 馬車から外を覗いて、ウィルフレッドが複雑そうに言う。

 ずっと病気がちの王子にしてみれば、王城の外に出るのはとても新鮮なこと。

 しかし、行く場所が痩せて枯れた土地。人々から見捨てられた土地となれば、喜んでもいられないだろう。


「大丈夫ですよ、ウィル様」


 そんなウィルフレッドにアンリエッサが得意そうに胸を張った。


「私が一緒ですから百人力……いえ、千人力です! 大船に乗ったつもりでいてください!」


「……アンリがそう言うと、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だね」


 アンリエッサの力強い宣言に、ウィルフレッドが苦笑する。


「そうだね……ここから、僕達の新しい生活が始まるんだ。だけど……アンリ、忘れないでくれ。僕は君を自分に縛りつけるつもりはないからね?」


 ウィルフレッドが真剣な表情でアンリエッサに言う。


「アンリは自分の幸せを優先して欲しい。間違っても、僕に付き合って不幸になるだなんてやめてくれ」


「わかっていますよ。私はいつだって自分の幸福を優先させていますから」


 アンリエッサが微笑んだ。

 まるでこの世の全ての財貨を手にした勝者のように。


「私の幸せは常にウィル様と一緒にあります! だから、絶対に私のことを追い出さないでくださいね?」


「……当たり前だよ」


 ウィルフレッドが笑った。

 アンリエッサに負けないくらい、優しく幸福そうな笑顔で。


「君が来てから、僕の人生はずっと幸せになる一方だよ。君は僕の太陽だ」


「ブハッ」


 これまたストレートな言葉を受けて、アンリエッサが馬車の座席で悶絶する。

 馬車の外では北の寒空の下を騎士達が震えながら護衛していたが……二人はそれに気づく様子もなく、イチャイチャとしていたのであった。






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