第21話 絶対に守るから私にくれ

 お互いを愛称で呼び合うようになったアンリエッサとウィルフレッド……二人が朝食を終えたタイミングで、扉が外からノックされた。

 ウィルフレッドが入室の許可を出すと、扉が開いて国王エルドレッドが現れる。


「やあ、ウィルフレッド。今日は随分と身体の調子が良さそうだな」


「父上……どうしたのですか、今日は!?」


 ウィルフレッドが驚きの声を上げる。

 アンリエッサは立ち上がって、スカートの端を摘まんで国王に向かって頭を下げる。


「アンリエッサ嬢も楽にしてくれ。椅子に座って構わない」


「失礼いたします」


 アンリエッサが頭を上げて、国王に言われたように椅子に座った。

 国王と一緒に護衛らしき騎士とバートンも入室してくる。

 バートンが新しい椅子を持ってきて、そこに国王が座った。


「それにしても……二人で一緒に朝食を摂ったと聞いたぞ。婚約者になってたった一日なのに、随分と親しくなったんだな」


「はい、アンリはとても素晴らしい女性です」


 ウィルフレッドが父親に応える。


「アンリが来てくれてから、本当に身体の調子が良くなったんです。まるで天使が健康を運んできてくれたみたいです」


「ハハッ。女性を天使と呼ぶことができるだなんて、我が息子はなかなかにわかっているな。見直したぞ」


 国王が穏やかに相貌を緩めて、アンリエッサに向き直る。


「アンリエッサ嬢。ウィルフレッドと仲良くしてくれてありがとう。こんなに嬉しそうな息子の顔を見るのは久しぶりだよ」


「そんな……ウィル様に救われているのは私の方です!」


 アンリエッサが慌てて両手を振った。


「ウィル様の婚約者になることができて、本当に嬉しく思っています……できるならば、明日にだって結婚式を挙げたいくらいです!」


「それはそれは……どうやら、私は邪魔をしてしまったようだな」


「えっと……父上、今日は何か用事があったのでしょうか?」


「ん? ああ……そうだったな」


 国王が軽く咳払いをする。

 たんに息子の顔を見に来たというわけではなく、何か話すことがあるようだ。


「実は……今朝、側妃の一人であるエランダが命を落とした。状況からして、毒殺の可能性がある」


「毒殺……ですか?」


 ウィルフレッドが表情を強張らせる。

 ウィルフレッドの母親も毒殺と思わしき死に方をしたと、アンリエッサは思い出す。


「ヴァイサマー王国は強者の国だ。王子同士の継承争いは決して珍しいことではない。私自身、王になる前には弟達から命を狙われたものだ……」


「…………」


「エランダは側妃の中では格が低く、暗殺されるような立場ではないと思っていたが……どうやら、状況が変わったらしい。お前をこのまま王宮に置いておくことも、あるいは危険かもしれない」


 国王がウィルフレッドをまっすぐに見据えて、真剣な表情で告げる。


「婚約者ができたのが良い機会だ。お前に領地を与えて、王宮から出す」


「父上……」


「病弱なお前を王宮から出すことを躊躇っていたが……元気そうなウィルフレッドを見て、手放す決心がついた。王宮を出て、安全な田舎に逃れなさい。もはやこの場所は安全ではないから」


 どうやら、国王はウィルフレッドを王宮から追い出しにきたようだ。

 否、追い出すというのは言い方が悪い。安全な場所に逃がすため、あえて突き放そうとしているらしい。


(エランダ妃が死んだのは私が呪詛返しをしたからですけど……ウィル様が王宮から出るのは賛成ですね)


 アンリエッサがそっと国王の背後に目を向けた。

 国王の背後にもまた、呪いの陰が漂っている。

 呪いの力を超える『護り』の力によって防ぐことができているが、常人であれば命を落としていたかもしれない。


(権力者は呪い、呪われるもの。国王陛下もそれなりに恨まれているようですね)


 多くの呪いが渦巻いている王宮は、ウィルフレッドにとって決して良い環境ではない。

 何者かによって暗殺されるリスクもあることだし、ここから出ていくに越したことはないだろう。


「わかりました……住む場所を頂けるのでしたら、そちらに移ります」


「ああ、それでいい……アンリエッサ嬢、良ければ、君もウィルフレッドと一緒に地方の領地に移ってもらえないだろうか?」


 国王がアンリエッサに訊ねてくる。

 アンリエッサは迷うことなく、頷いた。


「もちろんです。ここに残れと言われたとしても、ついて行きますとも!」


「そうか……君がそう言ってくれて、本当に助かるよ。ありがとう」


「国王陛下……!」


 非公式の場とはいえ、国家元首であるはずの国王がアンリエッサに頭を下げた。

 これがいかに重大なことであるか……それは世間知らずのアンリエッサでもわかった。


(……陛下はそれだけ、ウィル様のことを大切に思っているのでしょう)


 ウィルフレッドの母親は身分の高くない女性であると聞いた。

 側妃とはいえ、政治的に価値のない相手を娶るのだから、そこに思いがないわけがなかった。


(きっと、ウィル様のお母様が亡くなられたことを後悔しているんだわ。だから、ウィル様のことだけは守ろうとして、あえて遠ざけようと……!)


「ウィル様は私が絶対に幸せにします! 絶対にです!」


「ア……アンリ……」


「アンリエッサ嬢……」


 アンリエッサの力強い宣言に、ウィルフレッドと国王は親子そっくりの表情で目を丸くしたのであった。






――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければフォロー登録、☆☆☆から評価をお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る