第12話 国王陛下は優しいが陰がある

 王宮に足を踏み入れたアンリエッサは国王と謁見するための部屋に通された。

 大理石で囲まれた広い部屋である。床には前後に赤い絨毯が敷かれており、その左右に護衛らしき騎士が並んでいた。

 絨毯の先には段差があって、その先の玉座に四十代ほどの男性が座っている。


「…………」


 アンリエッサは気持ち頭を下げながら進んでいき、段差の前でさらに腰を折ってスカートの端を摘まんで持ち上げる。

 見よう見まねで、不慣れなカーテシー。

 魔力測定以来、貴族としてのまともな教育をされずに使用人扱いされていたため仕方がない。


「頭を上げよ、アンリエッサ・アドウィル嬢」


 アンリエッサが頭を下げたのを見て、玉座に座る男性が口を開いた。

 ヴァイサマー王国の国家元首、国王であるエルドレッド・ヴァイサマーである。


「よくぞ参ったな。君のことを心より歓迎する」


「もったいない御言葉です。国王陛下」


「そう畏まらずとも良い。君はこれから我が愚息……ウィルフレッドの婚約者になる。つまり、王族の仲間入りをするのだからな。私のことは父親と思ってくれても良い」


「……ありがたき幸せでございます。浅学菲才の身なれど、ウィルフレッド殿下を精いっぱいお支えいたします」


 畏まるなと言われたが、額面通りに受け取るほど子供ではない。

 アンリエッサはあくまでも臣下としての立場をわきまえた言葉遣いをする。


「ホウ……」


 そんなアンリエッサに国王がわずかに驚いた様子で目を見張る。


「……噂というのはあてにならないものだな」


「噂……ですか?」


「ウム。気分を悪くするだろうが……アドウィル伯爵家のアンリエッサ嬢は魔力無し。おそらく、妖精によって平民の子と入れ替えられたのだろう。その証拠に、礼儀作法も勉学も何をやっても身につかない……そんな噂話が流れているのを耳にしたことがあってな」


「…………」


 その噂を流したのは、間違いなく父や姉だろう。

 魔力無しが血筋から生まれたことを恥じていて、何が何でも取り替え子ということにしたいらしい。


「しかし……アンリエッサ嬢は不慣れに見えるが基本的な礼儀作法はできており、言葉遣いは十五歳の少女とは思えぬほど。王である我を前にしても臆した様子もなく、堂々とした立ち居振る舞いをしている。顔立ちや髪と瞳の色もアドウィル伯爵夫妻と似ており、取り替えられた子供というのは偽りだったようだな。魔力無しではあれど、十分に王族の伴侶としてやっていけそうだ」


 その言葉はアンリエッサに向けてのものであるが、同時に周囲にいる人間に対する牽制でもあった。

 この場には国王とアンリエッサの他に、護衛の騎士や侍従、臣下の貴族らしき者達の姿がある。

 国王が公然と「アンリエッサは取り換え子ではない。魔力無しだが貴族として振る舞うことができている」と言い放つことにより、周囲からの誹謗中傷を抑止しているのだ。


(どうやら、国王陛下は私のことを気遣ってくれているようですね……)


 病弱な王子の婚約者になる魔力無しの少女。

 どんなふうに扱われてもおかしくない立場のアンリエッサに十分に配慮し、後ろ盾になってくれるようだ。


(とりあえず、国王陛下が善良な人間のようで安心しました……背中に背負っている呪いはすごいですけど)


 アンリエッサはそっと国王の背後を盗み見て、嘆息する。

 国王の後ろには色濃い呪いが黒いモヤとなって渦巻いている。

 呪術師であるアンリエッサ以外には見えていないようだが……常人が目にすれば、正気を無くしてしまいかねないものである。


(普通だったら心身を壊してしまうような呪いですけど……国王陛下が無事でいられるのは、魔力量が多いからでしょうね)


 そもそも、魔力と呪力はどう違うのか。

 魔力というのは自然界にあふれる『魔素マナ』と呼ばれるエネルギーを体内に吸い込み、溜め込んだものをいう。

 魔力量は一度に体内に留めておけるマナの量を指す。

 元々が自然由来の力のため、炎や水といった自然のエネルギーに変換しやすく、十分な魔力を与えることで精霊を使役することができる。

 日本にも少ないながら魔力を持った人間がいたが、この世界はマナが濃いため魔法使いが生まれやすいようだ。


 一方で、呪力というのは人間の内面から発生するエネルギー。

 強い感情によって、人間の生命力が外部に放出されて生み出されるのが呪力である。

 発生源である感情が喜びや愛情のようなプラスのものであれば『祝い』、怒りや憎しみのようなマイナスのものであれば『呪い』として人々に影響を与える。

 人間の感情から生まれた力のため、人の体調や心に強い影響をもたらす。そのため、どうしても邪悪な力といったイメージが付きまといやすい。


 アンリエッサが魔力無しであるのは、体内の呪力がとんでもなく大きいために外部からマナが入る余地がないからだ。


(やはり、国王陛下ともなれば大勢の人間から恨まれるのでしょうね……あんなに大量の呪いを背負って、凡夫であれば心を病んで憑り殺されていたでしょう)


 これから、お世話になるのだ。

 久しぶりに優しい言葉をかけられて嬉しかったし、少しくらいケアをしてやろう。


(浄化の式神……『祝い』)


『ニャアンッ!』


 アンリエッサは気づかれないように式神を放った。

 白い猫の姿をした式神がアンリエッサの足元から国王に向けて走っていき、背負っていた呪いのモヤを爪で切り裂いた。


「ム……?」


 式神の姿が見えていたわけでもないだろうが……国王が肩を回して、不思議そうな表情をする。

 魔力量が多いために影響は薄かったが、それでも肩に背負っていた荷物を下ろしたような気分になっているのだろう。


「どうかされましたか、国王陛下?」


「ああ、いや。何でもない……それよりも、アンリエッサ嬢。君にはこれから王宮で暮らしてもらうことになるのだが……何か希望や欲しい物はあるだろうか?」


 国王は先ほどよりも血行が良くなった顔で、朗らかに笑う。


「君には無理に息子の婚約者になってもらったからな。可能な限り、希望を叶えて上げたいと思っている。何でも良いから言ってみたまえ」


「それでは……教育を受ける機会をいただけますでしょうか?」


「教育……?」


「はい。私は家庭の事情によって八年前より、家庭教師がいなくなってしまいました。書庫の本を読んで自力で学習してきましたが……礼儀作法やダンスなどは一人では限界があります。そういった知識を学ぶ機会を与えていただけたら嬉しく思います」


「…………なるほど」


 国王がわずかに眉をひそめた。

『八年前』という言葉から、アンリエッサが魔力測定の結果から教育をおざなりにされたことを察したのだろう。


「良いだろう。家庭教師を探しておく。また、他に希望があれば遠慮なく言うと良い。可能な限り叶えよう」


「ありがたき幸せでございます。寛大な御配慮に感謝いたします……」


 こうして、アンリエッサと国王との最初の会話は終わった。

 義父となる男は寛大で気前が良く、善良な人間のような印象を受けた。

 もちろん……王として国に君臨しているのだ。それだけの人間ではないのだろうが。


(さて……息子の方はどうでしょうか。病弱で偏屈な第十三王子……さてさて、いったいどのような方なのでしょう?)


 謁見の間から出たアンリエッサは執事の案内を受けて、王宮の奥にある第十三王子の部屋に案内されるのであった。






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