第11話 そこは呪いの巣窟です

 翌日、言われたとおりにアンリエッサは王宮に行くことになった。

 家族や使用人からの見送りはない。

 ただ……王家がご丁寧に迎えの馬車を寄こしてくれた。


「貴女がアンリエッサ嬢ですね。迎えに参りました」


 丁寧に頭を下げてきたのは、身なりの良い初老の執事である。

 さすがは王家からの使い。ただ頭を下げてくる姿すらも美しく、完璧に整っていた。

 あまりの慇懃な所作に、アンリエッサの方が居心地が悪くなってしまうくらいだ。


「よ、よろしくお願いします……」


「はい。お付きのメイドは一人でよろしいのでしょうか?」


「あ、はい。彼女のことを信頼していますので」


 アンリエッサの後ろには銀髪の美しいメイド……銀嶺が続いている。

 本来、式神というのは呪力を持たない者には視認することができない。

 しかし、銀嶺のように高位の式神は、意識して人前に姿を見せることができるのだ。


「……畏まりました。それでは、馬車にどうぞ」


「…………?」


 一瞬だけ、目の前にいる完璧執事の表情が曇った気がする。


(今の顔は……同情?)


 アンリエッサは負の感情に敏感だ。

 前世でも今生でも、人の悪感情に向き合って生きてきたためである。

 初老の執事からは何故か哀れみの感情が伝わってきていた。


 ともあれ、アンリエッサは馬車に乗り込んだ。

 王家のエンブレムが入った豪奢な馬車に乗り込んだ。家族からの見送りもないままに馬車が走り出す。


「おお……」


 座席に座ると、フカフカの感触。

 ただの馬車なのに揺れをちっとも感じない。

 何らかの魔法で揺れや衝撃を緩和しているのだろうか?


「柔らかっ、クッションがすごいっ」


「お嬢様、はしゃがないでください。恥ずかしいですよ」


「ムッ……わかってますよ、銀嶺」


 隣に座った銀嶺が小さく窘めてくる。

 アンリエッサは拗ねたように唇を尖らせ、座席に座り直す。

 対面のシートには初老の執事も座っている。特に言葉を発することなく、アンリエッサの醜態にも目を閉じて気づかないふりをしている。


「あの……すみません」


「はい、何でしょう」


 アンリエッサの方から話しかけると、執事が瞼を上げる。


「お名前を窺っていなかったですよね? 何とお呼びすれば良いでしょうか?」


「ああ、これは失礼いたしました。王宮で執事をしておりますバートンと申します」


 執事……バートンが自己紹介をした。


「バートンさんですね。これからよろしくお願いします」


「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


「えっと……私は王宮で何をすれば良いのでしょうか?」


 さっそく、アンリエッサは訊ねた。

 第十三王子の婚約者として王宮に行くように一方的に指示されたが、具体的に何をすればいいかなどの話はなかった。


「詳しくは、後ほど国王陛下からお話がありますが……そうですね、アンリエッサ様にはウィルフレッド殿下の話し相手となっていただきたいのです」


「話し相手……婚約者という話でしたが?」


「婚約者だからといって、あまり気負う必要はないと陛下はおっしゃっておりました。もしもお互いに合わないようでしたら、婚約を白紙解消させてもらうとも」


「…………」


 まるで失敗を前提にしているかのような口ぶりである。

 アンリエッサが第十三王子の目に適わないと思っているのか、それとも王子の側に相当な問題があるのか。


「万が一にも婚約を解消するときがきたら、可能な限りアンリエッサ様の経歴に傷がつかないように配慮させていただきます。違約金もお支払いいたしますので、どうかご心配なくお願いいたします」


「……わかりました」


 どこか釈然としない心境でアンリエッサは頷いた。

 馬車は王都の内部を走っていく。窓の外に人々が暮らす街並みが流れていく。

 大通りには人々の活気があり、この景色だけでヴァイサマー王国が豊かな国であることがわかる。

 やがて馬車は堀にかかった石橋にさしかかり、一時停止した。

 外に兵士がいて検問をしている。御者が何やら書状を見せると、すぐに馬車が発進する。


「着きましたよ、アンリエッサ様。こちらが王宮になります」


「はい、ありがとうございます」


 バートンからエスコートを受けて、アンリエッサは馬車から降りた。

 そこにあったのは石造りの大きな建物である。

 この世界に転生してから、もっとも巨大な建築物だった。

 見上げる大きさの扉の前には執事やメイドが居並んでおり、アンリエッサに向けて頭を下げてくる。


「ようこそ、お越しくださいました。アンリエッサ様」


 バートンが改めて、口を開いた。


「国王陛下がお待ちです。どうぞ、こちらにお越しくださいませ」


「…………」


 その言葉にアンリエッサが曖昧に頷く。

 正直、宮殿の大きな建物とか大勢の使用人の出迎えとか、どうでも良かった。


(……何ですか、この量の『呪い』は)


 アンリエッサが目を奪われたのは、王宮を覆っている暗い影である。

 前世でも滅多に見れないような濃厚な呪いの気配。まるで心霊スポットにでもやってきたかのようだ。


(こんなところに王族が住んでいるんですか……呪いの巣窟じゃないですか!)


 あるいは、平安の都もこういう場所だったのかもしれない。

 アンリエッサは驚くと同時に、ワクワクと心が躍るのを感じた。


(どうやら、思ったよりも楽しくなりそうですね……)


 まるでごちそうを前にした子供のように、アンリエッサはゴクリと唾を飲むのであった。






――――――――――

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