第13話 運命の出会いです

(想像していた以上に王宮は面白い状況になっていますけど……さてさて、ウィルフレッド王子はどうでしょうね?)


 執事のバートンに案内を受けて王宮の廊下を歩きながら、アンリエッサは興味深そうに周囲を見回した。

 この世界は『魔力』というエネルギー、『魔法』という技術が主流として人々に利用されているが、呪力や呪術については知る者はいない。

 少なくとも……アンリエッサの周囲の人間は誰も呪術について知らなかった。

 アドウィル伯爵家の人間も、使用人達も呪いに対しては全くの無警戒。

 アンリエッサが式神を使って悪戯をしても、少しも抵抗することができていなかった。


 だから、この世界には呪いが存在しないと思っていた。

 この場所に……王宮にやって来るまでは。


(王宮は無数の呪いで満ちている。いったい、どれほどの人達が呪い合っているのでしょうか?)


 アンリエッサ以外には見えていないようだが……王宮の中には大量の呪いが充満している。

 アンリエッサが使役しているような式神もいれば、黒いモヤのような形のないものもあった。


(いずれも呪いには違いないけれど……いったい、何人の術者がいるというのでしょう。お互いに呪いをぶつけ合い、殺し合って……まるで蟲毒の壺の中に入ったようではないですか)


『蟲毒』というのは大量の毒虫を一つの壺に入れて喰い合わせ、生き残った虫を強力な呪物とする……日本でもっとも有名な呪術の一つである。

 今の王宮がまさにその状態となっていた。多くの術者が放ったであろう呪いがぶつかり合い、競い合い、喰らい合い……これほどたくさんの呪いが同じ場所でひしめいている場面など、日本にいた頃にも見たことがない。


(国王陛下ももちろんですけど……きっと、王族の多くが人の恨みを買っているのでしょうね。誰が放った呪いなのか区別がつかなくなるほど、この場所は人の恨み憎しみで満ちあふれている……)


 王宮で暮らす人々、働いている使用人や文官、騎士は見えないからこそ耐えることができているが、呪いを視認していたら発狂していたに違いない。

 前世、日本で幾人もの呪術師と出会ってきたが……『呪いの女王』と呼ばれていたアンリエッサ以外に、この場所に耐えられる者がどれだけいるだろうか?


「アンリエッサ様はウィルフレッド殿下の噂について、何か聞いたことがありますか?」


「え? 噂……ですか?」


 アンリエッサが考え事をしながら歩いていると、バートンがそんなことを問いかけてきた。


「そうですね……病弱でベッドから起き上がれないとか、それと……」


 神経質で、使用人に当たり散らしているとか。

 さすがに不敬に当たりそうなので、後半は口にしないでおいた。

 しかし、バートンはアンリエッサの表情から何かを感じ取ったのだろう。

 困った様子で苦笑して、言葉を続ける。


「病弱というのは噂の通りです。ウィルフレッド殿下は原因不明の病に侵されており、ほとんどベッドから立つことはありません。ただし……使用人に暴力を振るう、八つ当たりをするといった噂は真っ赤な出まかせ。悪意のある人間が流した偽りです」


 バートンがアンリエッサの前を歩きながら、グッと拳を握りしめる。


「ウィルフレッド殿下はとても心優しい御方です。ただ……母君の身分が低かったために、他の王族や妃らから目の敵になってしまっているのです。国王陛下がウィルフレッド殿下の母君を寵愛していたことも、恨みを向ける理由の一つになっているのでしょう」


「その……殿下のお母上は……?」


「亡くなられました。原因はわかりません。毒殺ではないかと疑われていましたが、証拠はありません」


「…………」


「アンリエッサ様が殿下の婚約者になることを了承してくれて、とても嬉しく思っています……しかし、このようなことを申し上げたくはありませんが、何か異変があるようでしたら辞退していただいても構いません。国王陛下もご了承しておりますので」


 バートンが声のトーンを下げて、内緒話をするかのように言葉を続ける。


「あまり声を大にしては言えませんが……これまで、殿下の婚約者や世話役になった人間は数日で体調を崩して、その立場を辞退しているのです。もちろん、身の回りには十分に注意させていただいているのですが……」


「……恐ろしいことを言いますね。まさか、ウィルフレッド殿下が呪われているとでも仰りたいのでしょうか?」


「いえ、そこまでは……申し訳ございません。アンリエッサ様を不安にさせたいわけではないのです。大変、失礼をいたしました……」


 バートンが足を止めて、振り返って頭を下げる。

 王宮で働いている執事ともなれば、伯爵令嬢などよりもよっぽど高い身分の人間だろうに……腰の低い男だった。


(まあ、好感は持てますね。あの父親などよりはよほどに)


「こちらがウィルフレッド殿下のお部屋になります」


 やがて、二人は第十三王子ウィルフレッド・ヴァイサマーの私室に到着した。

 そこは王宮でも外れも外れの部屋だった。病人だから隔離されているというよりも、ウィルフレッドが軽んじられているのだろう。


(まあ、平民の母親から生まれた末っ子の王子となれば、王位を継承することはほぼありませんからね。軽い扱いも無理はないでしょう)


 ウィルフレッドの境遇に同情しつつも、アンリエッサは必要以上に肩入れしないように決めていた。

 この人生はアンリエッサにとって、二度目の人生。かつて『呪いの女王』と呼ばれていた彼女のやり直しの生涯だ。

 末の王子の婚約者などという立場に縛られるなど、もってのほか。

 王宮が面白い場所だとわかったし、しばらくは楽しませてやろうと思っているが……頃合いを見て、さっさと逃げ出そうと思っていた。


(病弱で手間のかかる王子の面倒なんて、御免こうむりますよ……楽しむだけ愉しんだら、さっさと王宮も出て自由に……)


「失礼いたします。入りますよ、殿下」


 バートンが先導して、王子の部屋に入った。

 アンリエッサも気のない足取りで部屋に入って……。


「……………………へ?」


 そして、凍りついたように足を止める。

 目を大きく見開いて、唖然とした様子で口を間抜けに開く。


(て、天使……?)


 ベッドの上に天使がいた。

 否、天使と見間違えるほどの美少年が。

 金髪の柔らかそうな髪。エメラルドのような緑色の瞳。西洋人形のように整った相貌。

 年齢はアンリエッサよりも三つ下だと聞いていたが、病気のせいかさらに幼く見えて庇護欲を誘ってくる。


「ブフオッ……!」


 好みドストライクの美少年を前にして……アンリエッサは人生で初めてとなる鼻血を噴いて、悶絶したのであった。






――――――――――

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