第10話 事変

神代さんへの報告書を作成しようと自分のパソコンを立ち上げると

デスクの上にコーヒーが置かれる。



見上げると、そこには明科さんがいた。




「あ、どうもありがとうございます」



感謝を伝えつつ、パソコンを半分閉じる。



「いえいえ。仕事は捗っていますか?」



「はい。おかげさまで。」



「それは良かったです。さっきサエ君から聞いたのだけれど、なにやら調べ物をしているんでしょう?大変ですね。」



もしかすると明科さんなら何か知っているかもしれない。

僕は調べても何も情報が出てこなかった研究所の爆発事故について意を決し質問してみることにした。



「あの、明科さんに一つ聞きたいことがあって……。二十年ぐらい前に起きた研究所の爆発事故について何か覚えていたりしませんか?」



 僕の唐突な質問に明科さんの表情が曇る。



「爆発事故ですか……。

その当時住んでいた地域で何度かそういった話は聞いたことはあるのですが、子どもの間での噂程度のものだったので……。

ただ両親も周囲の大人たちもその話題は避けているような雰囲気はありました。

それ以上は何も……。

それが調べ物に関係が?」



彼女は神妙な面持ちでそう答える。



やはり爆発事故は実際にあったのだろうか。



僕は明科さんから返された質問にドキッとしつつ返答する。



「あっ……。えぇ。

直接的には関係ないのかもしれないですが調べていたらちょっとした記載が見つかったので気になってしまって……。

ただでさえ情報が少なかったのもあって……。

教えていただきありがとうございます。」



表向きはジェネリックの起源調査であることをすっかり忘れて

質問してしまっていた。



冷汗が背中を伝っていくのが分かる。



「お力になれたか分かりませんが他にも手伝えることがあったらお声がけ下さい。

では私はこれで」



打合せでもあるのだろうか。

深々とお辞儀をすると明科さんは去っていってしまった。



その不気味なほど丁寧な所作に内部調査をしていることなどすべてバレてしまっているのではないかという気になってくる。



僕も頭をできるだけ深々と下げ、去って行く明科さんを見届ける。

再度パソコンを開こうとしたその時。



ピンポーンパーン



特殊能力研究所全体に無機質なチャイムが響く。



「能力対策課 第二係 尊ヒルメさん。至急、医務室までお越しください。」



なんだ?こんな時に。

医務室……?



あっ……。



 先日行われた血液検査の再検査が今日行われることを

すっかり忘れてしまっていた。



 机の上を急いで片付け、医務室へと向かう。



 到着し入室しようとするとちょうど出てきたミヨとすれ違う。

さっきまで彼女のことについて内緒で調査していた罪悪感から声をかけるのを躊躇ってしまった。



やはり彼女もまた再検査だったのだろうか。



「すみません。遅れました!」



と声をかけ入室する。

すると白衣を着た男が奥から出てきた。



「お待ちしてましたよ。」



と白衣の男が言うと早速、採血の準備を始める。



「親指を中にしてグーの手にしてください。」



 男は規定量の血液を抜き終わると



「止血のためここ押さえといてくださいね。

あっ!でもジェネリックだからすぐ塞がっちゃうか!はは、なんつって! 

……はい、それでは結果はまた一週間後に通知しますので。」



と笑いながら言ってくる。



世間では差別ともとらえかねないその発言に僕は苦笑いを浮かべる。

彼にとってはジョークのつもりなのだろう。



医者はそういうと奥の方へ消えて行ってしまった。



僕も医務室を出る。



ふと時計を見るとすっかり昼休憩の時間になってしまっていた。



もう一度、情報を整理し、神代さんへの送る報告書も制作しなければならない。

昼食はその後だ。一旦、自分のデスクへ戻る。



 二係に戻るとそこにはいつにも増して険しい表情をした係長と

そのデスクを二係全員が取り囲んでいた。



全員が揃うのを見るのも久しぶりだ。



しかし医務室へ向かう前に比べて室内の空気が重すぎる。



今まで全員揃った時の和気あいあいとした雰囲気とは打って変わってそこには険悪なムードが漂っていた。



僕はたまらず質問を投げかける。



「な、何事ですか……。」



 その問いに最初に答えてくれたのはミヨだった。



「二係宛に犯行声明が届いたの。」



 ミヨが冷静に放ったその言葉に僕の思考は一瞬停止する。



「え?」



係長が続けて



「これから二時間後に『箱庭の果実』の調査が行われることが

課内に通知された……。

それを伝えるために二係全員に集合してもらおうと思っていた矢先、この手紙が二係宛に。で、届いた内容は……」

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