第6話 秘密

係長が運転手に一声かけると車は走り去っていった。



 係長は無言で庁舎の中に入っていく。

僕は黙ってその後についていくしかない。



係長は受付で手続きを済ませるとエレベーターに乗り込み、目的の階数のボタンを押す。



異様な緊張感とエレベーター内の独特な空気に耐えかね、つい口を開く。



「何で僕も呼ばれたんですかね……。」



「行けばすぐ分かる。」



 会話を続けられず、結局それっきり気まずい静寂がエレベーター内を包むことになった。



 その静寂を破ったのは十四階に着いたチャイム音だった。



係長はエレベーターから降りると真っ直ぐ廊下を進んでいく。

そして、廊下の奥にある仰々しい扉の前で立ち止まる。



 コンコンコン



 ノックの音が廊下に響き渡る。



「どうぞ。」



ドアの向こうから男の声が聴こえる。



「失礼します。」



 だだっ広い部屋の中央には大きな机。

そこに座っているのは四、五十代ぐらいの大柄な男。



「萱野君。いや今は萱野係長か……。とにかく来てくれてありがとう。定例報告ぶりか。」



「恐縮です。お久しぶりです。」



 どうしたら良いか戸惑っていると



「まあ座りたまえ。」



そう男が言う。

机の向かいの大きなソファに座ると男は続けて



「君がヒルメ君だね。はじめまして。私は警視庁公安部 公安第一課課長の神代かみしろだ。こんな遅くに来てくれたこと、感謝する。よろしく頼む。」



 神代と名乗るその男はそう言って手を伸ばす。

僕はその手を握りながら



「はじめまして。尊ヒルメです。よろしくお願いします。」

 


何をよろしく頼まれたのかはまだわからないが僕は反射的にそう応じた。

挨拶が済むとすかさず係長が



「早速ですがご用件は。」



と尋ねる。

神代は貼り付けられたような笑みを浮かべながら



「そう急ぐな。まあ今回、頼みたいのは簡単な調査だ。」



と答えた。



「は、はぁ……。」



 語られた内容について具体的な内容が想像できず僕は誤魔化すような相槌を打つ。

 神代が続けて話す。



「先ほどヒルメ君が捕まえたジェネリックの人身売買を行っていたグループの取り調べを行ったんだ……。その中で能力持ちのジェネリック達が集まり何やら企んでいるという噂があると供述があったんだ。」



 もう取り調べの情報を握っているのか……。さすが公安だ。仕事が早い。



「それにこの情報は比較的信頼度が高い。君たちも身に染みてわかっていると思うが、近頃何者かの手を借りて制御装置を無効化してやりたい放題している輩が多い。これに関しては公安も調査を進めているものの、その技術を持った者についての情報は錯綜していて実態を掴むことができないでいる。」



「犯人達からはその人物の情報は得られないんでしょうか?」



「今回の能力者もその人物と接触はしたものの声も顔も知らないそうだ。過去の能力者犯罪の犯人も似たような供述しか確認できない。姿すら見ていない者がほとんどでやり取りをした者も仮面をつけていてどんな人物か一切分からない。君たち二係も一応能力持ちのジェネリックの集団だろう?

中には能力使用の可能な権限を与えられる者もいるわけだ。

そこで内部調査の命令が上から降りてきた。」



「それって僕たちを疑っているってことですか!?」



僕はつい感情的になって声を荒げてしまう。

係長から刺すような視線を感じる。



「一概にそういうつもりで言ってはいない。君たちの組織はジェネリック研究において最先端の情報を握っている。そのため政府所属の機関にはなっているが情報の漏洩を防ぐため、他省庁が介入できる情報の範囲を制限している。つまり、お偉いさん方から見たら対策課は事実上の国家から独立した機関ということになる。上はその状態が怖いのさ。仮に君たちが団結して能力を用いて国家転覆を企んでいるとしたら私達を含めた普通の人間は到底敵わない。上は絶対的な安心が欲しいのさ。」



 ……僕たちだってみんなを守るために戦っているのに。

なぜ疑われなければいけないんだ……。



 そう言いかけた言葉をぐっと飲み込む。



確かに言っていることはわからないでもない。

自分たちの手に余る力を完全にコントロールしたいのだろう。



ただ僕にはその言葉の節々にある棘にどうしても引っかかってしまうのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る