20.退院日決定!

 二度目の外泊から戻った数日後、退院日が正式に決定した。

 1週間後の金曜日。


 これまで長かった入院生活も、もう残りわずかなのか。

 あと少しとなると、今までのいろんなことが全て『イイ思い出』のような顔をしてモクモクと浮かんでくる。

 

 いや〜、なんだかんだ楽しかっ……

 ——危ない! こんなところ居て堪るか! 何が1週間だ、一刻も早く出せ!




 あと数日だというのに易刺激性スイッチをガンガン押してくる患者さんが多く、今までで最も過ごしづらい期間でもあった。


 退院4日前、担当看護師の『女神』と話して、最終日までの日ごとに頼れそうな看護師さんや地雷になりそうな患者さんの情報などをまとめた。

 この時間がすごく楽しかった。

 特にお世話になった看護師さんに手紙を渡せそうなタイミングも教えてくれて、2人できゃっきゃうふふと作戦を練った。


「この日とこの日は私いないんだけど……、うーん雨季さんの担当もちょっと微妙だな……あっ!でも(一匹チワワ)さんがいるから頼れるよ! 大丈夫! 私からも『雨季さんをよろしく』ってメールしておく!」

「ありがとうございます〜! じゃあ、お言葉に甘えて(一匹チワワ)さんといっぱいお話ししよーっと」

「この日は私がいるんだけど、一応、雨季さんの担当は(2個下)くんだよ」

「あ、その日って(神戸ショコラ)さんいらっしゃいますか? 何度も相談に乗ってもらったし、個人的にお礼のお手紙渡したいんですけど、本人にシフト聞いても自分のシフトちゃんと分かってないみたいで……」

「(神戸ショコラ)さんね……いるよ! ていうか、明後日から退院の日までずっと日勤入ってるよ(笑)」

「めちゃくちゃいるじゃないですか(笑) じゃあまあ、前日くらいに渡そうかな。退院当日は(女神)さんいらっしゃるんですよね?」

「そう! ○時くらいに(担当医)先生からご家族に説明が終わって、すぐ準備してお昼には退院。あともう少し頑張ろうね!」

「じゃあ最後に(女神)さんにもお手紙お渡しできますね。はー、(女神)さんが担当で本当に心強いです。ありがとうございます。あと4日頑張ります!」


 実際に、退院までのこの数日間をものすごく楽しく(?)過ごせたので、『日記』として看護師さんたちとのやりとりをメモに残してある。かなり濃密でクソ長いので、これはまた違う話でまとめたい。




 お昼時、私が退院する前日が退院日と決まった患者さんが、他の患者さんに囲まれてすごく嬉しそうにしていた。

 その方は入院当初から「家に帰りたい」とよく泣いていて、私も話し相手になったことがある。


 私は退院に対して不安の方が大きかった。

 希死念慮は完全に消えたわけではない。これも自分の『個性』として付き合っていこうと決めた。けれど、それで社会にまた溶け込めるだろうか。またあの大好きな業界で働ける日は来るのだろうか。今は業界や辞めた会社に関連するものを見るだけで嫌悪感が湧き上がるような状態なのに。

 祖母とのコミュニケーションも改善されてはいなかった。一度目の外泊での祖母の反応から、私も両親も「祖母はそういう人間」と割り切って必要最小限の接触で生活していくしかないだろう、となっていた。でも共働きの両親が出かけた後、家に2人残されて祖母から話しかけられたら、自分が傷つく前に逃げられるだろうか。祖母の気を悪くしないかと気を使って身を削ってしまうんじゃないだろうか。


 退院したら “元の生活” がある人は、そこに戻るという明確な目標があるだろう。進むべき道があるのならば、傷ついて倒れてもまた道に戻って進めばいい。

 でも私は仕事もアパートも友人も、全て東京で手放して地元にきた。高校から地元を離れていたから、小・中学校の友人なんてもう10年くらいまともに話していない。

 「まだ若いから何でもできるよ」とたくさんの人から励ましてもらったが、『何でもできる』のは、怖い。真っ白な雪原にいきなり放り投げられて道を探すところからなんて、どうしていいか分からない。


 こんなこと、あまりにも皮肉っぽくてとても周りには言えなかった。

 退院を目前に嬉しそうにしているその患者さんを見て、「違う世界を生きているのだろうな」と感じていた。




 退院すると言っても、しばらくは自宅療養という形になる。つまりニートだ。

 私の場合、祖母との会話でダメージを受けることを懸念して、日中は外出する習慣をつける治療方針ではあったが……


 そうは言うものの、いつかはまた親元を離れて自立できるようにならなければならない。親だっていつまでも元気で支えてくれるとは限らない。否が応でも『社会復帰』の文字が頭にチラつく。

 「焦りは禁物」という担当医の言葉も忘れたわけではない。いろいろな看護師さんにも、

「雨季さんは性格的にあれこれやらなきゃって思うだろうけど、絶対焦っちゃダメだからね!」

とビックリするくらい同じことを口酸っぱく言われている。

 でもやっぱり考えちゃう。雨季さんは “そういう性格” だもん。

 しかしいくら考えてみても、この先も地元で過ごし、地元で働くイメージは全く湧かない。

 東京トーキョーで夢を叶えるために奔走し、夢を叶えても東京トーキョーを走り回っていた。

 カビ臭いほどに使い古されたありきたりなプライドだが、こんな田舎街に埋もれたくない。

 夢を叶えに、もう一度ここを飛び出したい。


 早く退院したい気持ちと、退院してからどうすればいいんだという気持ちでぐちゃぐちゃになりながら過ごす数日間だった。

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