——厄介者オールスターズ
いよいよ退院が現実的になってきた! というこの時期が、実は易刺激性センサーが最もよく働いてくれた時期だった。
次々に入れ替わる患者さんの中でもかなりの厄介者たちが勢揃いしていたのだ。
その愉快な面々を簡単に紹介する。ちなみにあだ名は全て私が勝手に付けたもの。
①
入院初期は会話もままならないほど重症の患者さんだったのだが、私が退院する頃にはすっかり回復してまともに話せるおばあちゃんになっていた。一見。
私と病室が近かったのだが、AM2時前後になると急に叫び出すことがよくあり、よく私の中途覚醒の手助けをしてくれた。
ある時は、壊れたロボットのように「おはようございます!」を連呼し、またある時は、「助けて!」とホラー映画さながらに叫びまくっていた。
「助けて!」の時はちょうどポイズンが巡視に来て、起きている私を見て「起きちゃいました?」と声をかけてくれたので、
「なんか、たぶん(Y'sばあちゃん)さんなんですけど、ずっと『助けて』って叫んでます」
とこちらが助けを求めると、「わかりました」と扉が閉められ、
「おばあちゃんずっと『助けて』って叫んでたのー?」
とポイの声が聞こえてきた。
終わってんなと思った。
その程度(これでもかなり効いたが)だったのが、年末あたりから暴走しだし、「ここから出してください!」と2日に1回は出入り口付近で立ち往生したり、幻覚・幻聴で周りを巻き込み混乱を巻き起こしたり、「明日で退院する運びとなりました(大嘘)」とお菓子を配って挨拶回りをしたりしていた。
私も幻聴云々には何度も巻き込まれ、
「昨日の夜お酒飲んでフラフラしてたでしょ! お酒飲んじゃダメよ!」
と幾度か怒られたり(もちろん病棟にお酒は持ち込めない。飲めるもんなら飲ませてくれ)、
「私ね、テレパシーが使えるの。電話みたいに。
と大見得を切られたので私もおもしろがって
「へぇーすごい! やってみてよ」
と乗っかってみたことがあった。
「じゃあちょっとあっちへ離れていてごらん」
「日向ちゃん! 聞こえる!? (Y'sばあちゃん)です!」
すごい。聞こえる。
ばあちゃんからは5メートルくらい離れたのに、しっかり聞こえた。すごい声量だ。
私はちょっとだけ悩んで、
「すごいねぇ、おばあちゃん、ちゃんと聞こえたよ」
と褒めてあげた(声量を)。
Y'sばあちゃんに一番楽しませてもらったのは、私が東京にいた頃の遊び仲間と電話をしていた時のこと。
急にポンポンと背中を叩かれ、振り向くとばあちゃんが『大嘘挨拶回り』の最中で、私のいた机にポトンと茶色くて細長いものを置いていった。
こ、これは……!! うんk、じゃなくて、かりんとうだった。
電話で「おばあちゃんからウンPをもらった」と伝えたら、友人は大爆笑していた。
そこにいた一匹
「マジでアレにしか見えなくないすか」
と渡して丁重に処理をお願いした。
かりんとうは直で手渡しするもんじゃない。
②ストーカー
比較的若めの男性患者で、やたらに私にまとわりついてくる人がいた。
「かわいいっすね」
「何読んでるんすか?」
「結婚してますか?」
「俺と結婚しましょう」
私はセンター街や歌舞伎町のそれを何度も経験しているので、最初こそ適当にあしらって逃げていたのだが、精神病患者ともなるとそこらのナンパ野郎よりもタチが悪い。嫌がっている雰囲気なんてまるで通じないし、信じられないくらい執拗に追い回される。
ヘッドフォンをしていてもわざわざ肩を叩いて話しかけてくるのだ。
ある朝、電気がついてすぐのホールで飲み物片手に読書をしていると、ストーカーが現れて私の隣に座ってきた。
逃げても逃げても近くに座って話しかけてくるので、ナースステーションに助けを求めに行ったのだが、席に戻ろうとすると別の患者さんに呼び止められた。
「あの人、さっきあなたが置いていったマスクを付けてましたよ……」
ひぃぃぃぃぃ!!!!
ホラー映画か!(デジャヴ)
当の本人は「何もしてませんよ」顔でこちらを見ていて、マスクもテーブルの上に置いてある。
飲み物を飲んでいたから外したままヤツに背を向けてしまっていたのだ。
東京で飲み歩いていた時はそんな迂闊なマネ絶対にしなかったのに……!
慌ててマスクをゴミ箱に捨て、泣く泣く病室に戻った。
その後も退院間際まで、私は彼から逃げ回って過ごしていた。
本人も、そういうことをするのは『症状』の一環だと看護師さんから聞いていたので、こちらも面倒だが逐一報告するようにしていた。
でも言われた看護師は決まって面倒臭そうな顔をするので、本当のストーカー被害に遭った時に警察にあしらわれるのってこういう気分なんだろうな、と思っていた。
③
そのおじいちゃんは重度の認知症の患者さんで、毎日毎分毎秒、自分の病室が分からなくなる。
……だけならまだここでは普通なのだが、問題は “なぜか女性の病室にばかり迷い込んでしまう” ことだった。
看護師たちも
「なんでだろうねぇ〜、ホルモンとか感じるのかねぇ〜不思議だよねぇ」
と揃って首を傾げていた。
いや分かってんだろ。確信犯だろ。
ある日、ついに私の病室がターゲットにされたのだが、ちょっと私が病室を離れて戻った隙におじいちゃんが部屋に入ろうとしているその瞬間に
「おじいちゃーん、そこ私の部屋だわー」
声をかけるとおじいちゃんは
「おう、ちょっと中見てみる」
とそのまま入って行こうとしたので
「いや待て待て待て!」
と私と近くにいた看護師さんが大慌てで追い出した。
その後、Hのおじいちゃんは『閉まっているドアを何としてでも開けたい病』にでも取り憑かれたのか、病棟中のドアというドアに対してガチャガチャとぶっ壊す勢いで奮闘する大騒音ジジイに進化した。
扉が開いた場合はどうしているんだろう、と気になった私は彼の奇行をコッソリ観察していたことがあるのだが、開いたドアが自分に向かって閉まってくるのに対して大の字になって受け止めようとしていた。その背中はさながら横綱の出たち……!
見てはいけないものを見てしまったと思って、私はスッと病室の扉を閉じてすぐに鍵をかけた。
④Sのジジイ
この御方こそ、私の易刺激性の最大の敵だった。何度彼に泣かされ頓服を飲んだことか。
SDジジイは四六時中ブチギレていたから対策も何も姿が見えたら耳を塞げばいい話だったのだが、Sのジジイ(あだ名も似ていてややこしい)の厄介なのは普段は物静かなご老人なのに、地雷汚染の如くいつどこで爆発するか分からないから常に無防備で易刺激性スイッチをぶん殴られる。
しかし、よく観察しているとパターンは分かってくるもので、女神にも「内緒だよ!」とこっそり教えてもらって彼の地雷原を特定した。
まず、看護師が何か(処置など)しようと話しかけるまではよいが、実際に身体に触れるとアウト。
デイケアの方とお話しする日は確実にアウト。
彼が公衆電話に向かって行ったらその電話相手もデイケアの方なのでアウト。
彼は隔離の保護患者で完全に病棟から出られないので『売店』の時間帯は要注意。
こうして曜日や時間を絞っていったが、Sのジジイを常に見張っていない限りは急に怒鳴り声を聞かされることになる、という解決したのか何なのか分からない着地に終わった。
しかし、Sのジジイが天敵だと把握してくれている看護師さんが担当の日は、彼の怒鳴り声が病室に轟いたら私の病室に様子を見にきてくれるようになった。
おかげでジジイの誘爆に怯えながら耳を塞いでいても、頓服を頼みやすくなった。
彼らの猛攻(?)に耐えながら最後の1ヶ月を過ごせたのは、看護師さんたちとの連携プレーが大きな功を奏した。
本当にありがとうございました。
看護師さんに、敬礼!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます