——吠えられない一匹狼
入院して3ヶ月目にもなると、悩みを話しやすい看護師さんが固定されるのに加え、その時々の悩みの種類によって相談する相手を使い分けられるようになってきた。
その中でも、入院初期に『ノーネーム』とあだ名を付けた看護師さんは、こちらの悩みを論理的に捉えてアドバイスを提示してくれるタイプの方で、第3者の意見が欲しい時や解決のヒントが欲しい時にいちばん信頼できる相談先として頼っていた。
“似た者” 同士の友人が退院する際に相談したことをきっかけに、彼にも頼る機会が多くなっていたのだ。
特に、私は家族、特に実家で一緒に暮らす祖母との対話において悩ましいところがあり、そのことでよく相談に乗ってもらっていた。
彼と話していくうちに気づいたのと、友人から
「(ノーネーム)さんと
とよく言われていたことから、私も彼も気づいちゃう “同類” だと分かり、そこからさらに親しくなった。
実は、私はこれまでも困った時にノーネームの視線をよく感じていたのだが、『気づいてはいるくせに助けてはくれない人』というレッテルを彼に貼っていた。
そのことを本人に伝えると、「バレてた?」と彼は笑った。
「(患者さんの変化や問題事に)気づきはするんだけど、どう患者さんに働きかけていいか分からなくてさ……、看護師の対応がきっかけで患者さんの症状が悪化することもあるから。俺はほら、一匹狼タイプなんだよ。1人で遠くから吠えてる人間」
「でも声はかけてくれないから、吠えられてもないですよね?」
「だな(笑) しかも、中身はチワワってよく言われるから、吠えられない一匹チワワ」
めちゃくちゃ弱そうな存在が出来上がってしまった。
ちなみに私は、自分のことを『獰猛なハムスター』と伝えておいた。
その後は、吠えられない一匹
いつの間にか、“目と目で通じ合う〜♪” そうゆう仲……にはさすがにならなかったが、そういう感じになっていた。
視線だけでこちらのSOSを察知してくれる貴重な存在であり、退院間際には何度も頼ってしまった。
私が退院する前日。「これで俺が雨季さんと会うのは最後」とシフトを教えてくれたので、夜勤明け寸前の彼と最後に話す時間を作ってもらった。
早朝5時。彼がお気に入りだと言う缶コーヒーを2人で啜り、お互い遠いどこかを見つめながらいろんなことを話した。
気づいちゃうからこその悩み。
ほんと人生ってめんどくさいよね。
人生なんて鬼ムズRPGですよ。
雨季さんはそれに気づくのが早すぎたな。まだ24でしょ?
中身もそれだけ若々しかったらもう少し楽だったと思うんですけどね。
俺、同い年(30半ば)くらいと話してる感覚だもん。ちゃんと通じてるなって感じする。
若い連中にはいつも通じないんですか?(笑)
ほんとにコイツ分かってんのか? って思うことばっかりだよ。
……退院ったって、また社会に馴染めるんですかね。あんなに痛い目を見たけど、てか今でもまだ夢に出てくるけど、私はまたあの業界に戻りたいです。
雨季さんはもっと周りに甘えていいんだよ。雨季さんに俺から伝えたいのは『甘えなさい!』だな。
夜勤中の看護師と筋トレ後の患者がほぼ脳死で会話していた。
「ゔあー、そろそろ仕事すっかぁー」
立ち上がった彼と私は握手をして、
「お疲れ様です。ありがとうございました」
とお礼を伝えた。
「頑張れ……ってあんまり簡単に言うのは良くないんだろうけど、俺にはこれしか言えないな。頑張れ。応援してる」
「私も(一匹狼)さんが吠えられるように応援してますよ」
「一匹チワワが、ね(笑)」
そう言って、吠えられない一匹
どうせまた吠えられずにじっと見守っているんだろうな。
だから、私に言わせれば彼はこの病棟のSECOMだ。
これも本人に伝えたが、「言えてる(笑)」とのことで自覚アリのようだった。
今日も彼はSECOMしてるかなー。
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