——考える神戸ショコラ

 私たちが『シンキング』とあだ名を付けた若い男性看護師は、マスク越しにも分かる整った顔立ち、長身で細身、出退勤時の服装から滲み出るセンス、そして何より、いつもニコニコと優しく対応してくれる、絵に描いたような “THEモテ男” だった。


 そして、好きなお菓子も『紗々』と『神戸ショコラ』という完璧ぶり。

 私たちはもう “神戸ショコラ” と呼んでいた。




 しかし、その中身は超ド天然ドジっ子くん。

 本人は全く自覚していないし、それもまた愛くるしい要素に見えるのだから憎たらしい。


 神戸ショコラの天然エピソードを挙げればキリが無い。


 ある早朝に私が彼にガーゼの交換をお願いした時のこと。

 まだ病棟の明かりは点いておらず、ナースステーションの外は真っ暗だった。


「(ノック)すみません、傷の処置をお願いできますか?」

「いいですよ!」

 朝5時に爽やかスマイルで応じてくれて、「じゃあ、」と彼が先導し進んで行ったのは、まだ真っ暗なホール。


「え、いや、さすがに暗すぎません……?」

「ほら(カチッ)」

 彼は誇らしげに片手のペンライトを点けた。

 あ、うん、今ので片手ふさがったけど、大丈夫ナノカナ??


 「いやいやいや病室の方が明るいでしょう!」と無理やり彼を連れて行った。

 明るい病室に入ってベッド脇でいろいろと広げながら処置をしてくれている間も彼は

「…………(急に無言で病室内を見渡し始める)」

「あの、何か探してます……?」

「念のため傷口を水で洗ってもらおうかなと思って」

 目の前の洗面台以外に何を探してたんだ?


「……あれ、あ! 間違った!!!」

「えええええええ何ですか大丈夫ですか!?」

「これ、褥瘡じょくそう(床ずれ)とかに使うだった……高いガーゼだからあんまり使っちゃいけないんですよ。ああボクの給料から天引きだ……これ使っちゃったの秘密にしておいてください」

「あ、はい」

 それは……どんまいだ。私は何も悪くない。





 また別の日、私がシャワーを浴びるためにナースステーションをノックすると、神戸ショコラが出てきた。

「シャワーを浴びたいので開錠とシャンプー類お願いします。」

「シャワーですね!」

 返事だけはいつも爽やか神戸ショコラ。


 彼は颯爽とシャワー室の鍵を開け、「はいどうぞ!」とにこやかに静止。

 私もシャンプー類が欲しいので待機。

 空白シンキング

 ——え、これ何の時間?


 「あ! シャンプーか!」

 彼は閃いた時のテンプレのように「ポンッ」と手を叩き、シャンプーの入ったカゴを取りに行った。




 そんな天然ボーイの神戸ショコラにちょっと仕掛けられた?ことがある。


 私が退院後に何をしたらいいか分からないと悩んでいた時期に、患者仲間から噂を聞きつけ神戸ショコラが声をかけてくれた。


「雨季さん、悩んでるって聞きましたよ(紗々スマイル)」


 彼が私のところに来ることなど滅多にないので驚きつつも悩みを打ち明けると、

「そっかぁ、雨季さんは(地元)の人だもんねぇ。東京から来たら遊べるようなところも少ないか。ボク〇〇住みなんだけど、〇〇に遊びにくればいいよ!」


 んん? あれぇ〜?

 その文脈はつまりですかぁ??


「えぇ〜退院したら(神戸ショコラ)さん遊んでくれるんですかぁ〜?」

とカマをかけてみると、

「たまたま会えたらね(笑)」


 ——と、いうわけで、私は “大人の知恵” を使って偶然を演出できるようにいろいろと策を講じたものの、当の本人は

「少しでもボクが故意的になっちゃうとダメだから」

とのらりくらり交わしてくる。


 なんだ期待させやがって、と引き下がろうとすると、

「ボクが休みの日によくいるのは〜」

と謎に情報提供してくれる。

 何コイツ! 生意気だわね!!




 “たまたま” 会えるかなーと退院後に通おうと思っていたカフェ(私の家庭の事情からも退院後に日中の外出を習慣づける必要があった)を伝えると、私と地元が近いという看護師に言いふらされていたようで、

「雨季さん、退院したら(カフェ)にずっといるって本当ですか……? そこで働くってことですか?」

と何とも雑な噂が出回っていた。


 『ずっといる』ってなんだ。

 わしゃトトロか。

 カフェの奥に昔から住んでる精霊か。


 ちなみに、結局退院してからそのカフェにはまだ一度くらいしか行っていないし、神戸ショコラが「よくいる」と宣言していた場所を通りかかっても探す気もない。

 狭い世間の田舎だから、なんとなく会えるんじゃないかと根拠のない自信がある。


 “たまたま” 会えたらお茶してくれないかな〜。

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