——嫌ってなんかないよ、ポイズン

 私たちがポイズンとあだ名をつけた男性の看護師さん(あだ名については「看護師のあだ名と『紗々もたれ事件』」の話をご参照願いたい)は、背が高く無愛想な表情から、冷たい看護師さんだと思われがちだった。


 でも、私は一番最初に覚えた看護師さんがポイズンで、入院初期から通してかなり信頼を置いていた。

 よく患者仲間に「日向ひなたはポイズンと仲良さそうに話しててすごい」と言われた。

 (看護師陣からしても彼が患者に懐かれるのは稀有なことのようで、私が彼に惚れているのだと思われていたらしい……)


 彼はゲラだし、なんといってもいじり甲斐があった。


 例えば、私が彼のに甘えてくだらない悩みを話すと豪快に笑ってくれたし、ナース服の裾が短い(彼はとにかく脚が長い)のをいじって「成長期の中学生みたい」と言うと、

「違うんですよ、一番大きいサイズで頼んだけどコレしかなかったんです!」

と笑いながら返してくれた。




 そんな感じでわりと序盤から親しくしていたポイズンだが、ある時、マイファザーのおかげでとんでもなく気まずくなってしまったことがあった。

 

 私がフラッシュバックに苦しんでいた頃、両親とのやり取りで「しんどくても我慢しすぎて言い出せないけど、(ポイズン)さんには言いやすい」とこぼしていたことから、父親がなんとポイズン本人に

「娘があなたになら悩みを打ち明けられると頼りにしているそうなんです。今後も娘の溜め込んでしまうのを気にかけてくださると嬉しいです」

と言いやがったそうなのだ(感謝してますありがとう)。

 なんたる過保護ムーブ。


 父親から「日向が頼りにしてるって言ってた看護師さんに今後も頼むって言っておいたから(サムズアップの絵文字)」と連絡が来た時は病室で叫んだ。


 最悪だ。この歳で箱入りで甘やかされてるってバレた……

 絶対に看護師間で共有されるしバカにしながら言われるんだ……


 そうなるともちろん、逆にポイズンには悩みを言いづらいし、

 朝のバイタルチェックでも

「今日はポイズンさんいるよ! よかったね雨季さん、何でも相談できるね!」

とネタにされていた。


 終わった……グッバイ、私の穏やかな入院ライフ……


 後日、他の看護師さんを通しても弁明し、ポイズン本人が巡視で病室に来たタイミングで

「父が変なことを言って誠に申し訳ございませんでした……お察しの通り過保護なんですスミマセン」

と陳謝した。

 彼はケラケラと笑いながら

「あんなことされたら逆に相談しづらくなるでしょ(笑)」

と返してくれて気まずさも払拭してくれた。


 この一件もあって、看護師内では『雨季さんはポイズン狙い』ですっかり定着していたらしい。フザケルナ。

 というか、狙えない(そもそも狙ってないけど)ことが発覚した事件があった。




 ある日、働いている彼を横目に同年代女子ズで「ポイズンって彼女とかいるのかな?」という話になった。


 彼はなんというか、典型的な『恋愛に奥手なシャイボーイ』の雰囲気があったのだ。

「さすがに付き合ったことはあるよね(笑)」

などと半ばバカにしながら(本当に失礼)、本人に直撃してみることにした。


「(ポイズン)さんって彼女いるんですかぁ〜?」

「オレ結婚してますよ」

「えぇ!!!??」


 まさかの既婚者だった。後で知ったが、お子さんもいるらしい。

 さ、妻子持ちぃ、、


「どうせ『コイツなんて女もいないんだろうな』とか思ってたんでしょ(笑)」

「い……いやいやいやいや! そんなこと! ハハ……」


 私たちは頭を抱えた。

 そんなの嘘だ。本当であっていいはずがない。じゃあなんで私たちが彼氏も持たずこんなところで過ごしているんだ。(クソ失礼だし主に自分の所為せい

 こんな世の中間違ってる。まさしくPoison...


 ほとんど瀕死状態だったが、一縷いちるの望みをかけて聞いてみた。

「え……、(ポイズン)さんって、おいくつですか?」

「オレ? 29だけど」

「あっ……そうなんだ……! へえー! 見えない!!」

 

 助かった。(何が?)

 危ないところだった。(だから何が?)


 勝手に同い年くらいに思っていたが、思いのほか年上だった。

 ならまぁ……結婚してる……かぁ……




 こうして振り返ってみると、ポイズンのことをからかってばかりで生意気な患者だったと反省するが、入院から退院までずっと彼に救われていた。

 恥ずかしくて彼の前ではフザけてばかりいたけれど、いくら感謝してもしきれない。

 

 退院直前、思い出話をしていた時に発覚したのだが、彼は反町隆史のあの名曲を知らなかったらしく、自分が “ポイズン” と呼ばれているのも嫌われているのかもと不安だったらしい。(本当に『毒』という意味で付けられたのではないかと考えたらしい)


 それは悪いことをした……嫌いなわけないじゃん、ポイズン。

 ……いや、知らない方が変じゃない? やっぱりポイズンはポイズンだ。


 私は音楽が好きで、人の好きな曲を教えてもらってそれを聴いてその人を思い出すのが好きだ。

 だから彼に好きな曲を尋ねたら、

「え〜、人に好きな曲教えるのって恥ずかしくない? オレが聴くのアニソンとかばっかりだし……」

とかなんとかブツブツ言いつつ、「じゃあ1曲だけ」と教えてくれた。

「これが(ポイズン)さんを表す曲ってことですね?(笑)」

「うん」


 「私もアニソン聴くのに」と思いながら検索して耳に流れてきたのは、ゴリゴリのEDM系だった。

 思わず吹き出してしまった。どういうことだよポイズン。


 今もたまに聴いては「似合わないなー」と笑っている。

 

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