12.祖父の納骨
12月頭、私が入院してすぐに亡くなった祖父の納骨を行うとのことで、葬式に出られなかった私は「せめて自分の手でお骨をお墓に納めたい」と思い、外出の希望を出した。
あれからもう49日が経つのだ。
日帰りとはいえ、初めての外出。
親戚にも顔を合わせることになる。何か言われるだろうか。どこまで知っているんだろう。
そして、今まで実感がなかったが、祖父の死を正面から受け入れることで私はきっと取り乱す。自分でもどんな風になってしまうか分からない。
前日からずっと緊張してソワソワしっぱなしで、看護師さんに時間をとって話を聞いてもらった。
そして当日。
外出の手続きを済ませて、身支度のために一度自宅へ戻った。
およそ1ヶ月半ぶりの自宅。
感慨深さを感じつつもタイトなスケジュールだったので、急いで簡易的な喪服に着替え、祖父が暮らしていた親戚の家へ向かった。
親戚の家に着き、挨拶もそこそこに仏間に入ると、祖父の遺影と骨箱が置かれていた。
改めてショックを受けていると、祖父の娘である母が
「とりあえずおじいちゃんにお参りしな」
と促してくる。
おじいちゃん?
これが?
私以外の集まっている親族は皆、葬儀で祖父が棺桶に眠る姿を見て、火葬場に行って、お骨になるまでの過程を知っている。
でも私は……
この小さな白い箱と写真1枚を「おじいちゃん」と呼ぶのを受け入れるための時間があまりにも短すぎた。
耐えきれず、せめて生前の祖父の部屋に行って気持ちを整えたいと思い、
「おじいちゃんの部屋、行ってくる」
と部屋を出ると、心配してか父もついてきた。
部屋は、見慣れたものが壁一面に飾ってあった。
私や従兄姉が小さい頃に描いた絵が所狭しと貼られている。
祖父は画家を志し、その時代らしく「長男だから」という理由で生業にすることを諦めて趣味として絵を描いていた。
だから、私たちが描いた絵を見せるとたいそう喜んで、居間やら台所やら、そこら中の壁に貼っていた。
私は父に「これ私の絵」と説明しながら部屋を見渡した。
晩年の祖父は認知症で、私はおろか実の娘である母のことすら「どちら様ですか?」と言う始末だったのに、祖父はこの絵をどんな風に見ていたのだろう。
そうこうしているうちにお寺へ向かう時間になり、結局ろくに心の整理もできないままお寺の中へ案内された。
読経前にお茶をいただいていると、目の前に座る喪主の叔父が
「今日は天気も悪いし、納骨は後日にしようと思っているんです。今日はとりあえず形だけ、お経をあげてもらおうかと、」
と住職に話し始めた。
隣の母も含め、従兄姉たちも初耳のようで少し驚いた表情を隠しながらお茶をすすっていた。
お骨、この手で入れるために来たんだけどな。
あんな小さい白い箱に入ったおじいちゃんを見に来たかったんじゃないのに。
読経中も、当たり前だが祖父の骨箱は仏様の前に置かれる。
大きな仏像の前にあると、その小ささが余計に際立って見えた。
気づいたら泣いて嗚咽を漏らしていた。
自分だけずっと同じ生活を繰り返す《ルビを入力…》病棟で現実味が持てずに止まっている気でいたまま、当たり前に時間は進んでいる。
私があんな場所で止まっている間に、おじいちゃんは……
あの白い箱がおじいちゃん……
自分のお焼香の番になり、泣きじゃくりながら歩いていって手を合わせたが、頭の中ではただひたすら「ごめんなさい」と繰り返していた。
席に戻ってからもお経が終わるまで泣き続け、終わってやっと涙が止まった。
でも、納骨はやらないからもう、帰るしかない。
せめて大好きな祖母が先に眠っている墓石に手を合わせに行き、自宅に戻ろうと父の車に乗り込もうとした時、
従兄姉たちが「
そして、「また来てね」と。
あれだけ取り乱した手前、なんと返していいかも分からず、手をふり返して頭を下げるだけで精一杯だった。
帰りの車中、母が
「当日あんなタイミングで『今日は納骨しない』とか信じられない! 日向がせっかく出て来れたのに、ごめんね」
と怒っていた。
自宅に戻ってからは、病棟へ戻る予定時刻まで余裕があったので、久々の自宅で一息つく余裕があった。
帰り道にドラッグストアに寄って病棟で使う備品を揃えたり、お菓子を選んだりして調子も戻り、帰宅してからお風呂に入って落ち着いてきた。
——と、両親は思っていただろう。
実際は違った。
早く独りになれる時間が欲しかった。
その日初めて見た骨箱と遺影を祖父として扱い死を受け入れるなんて、とても耐えられなかった。
病棟に戻る直前、支度をしてくると言って自部屋に入り、手首の痕をカッターでなぞった。
思ったよりも血が出た。
両親に、そして病棟で看護師にバレるのが怖くて、必死に止血しながら車に乗り込んだ。
ここからリストカットがまた癖になり、退院間際まで何度も繰り返すようになった。
病棟の入り口で両親と別れる時、父も母も、今日のことはともかく外出できたことを喜んでいて、今後の退院に向けての第一歩と前向きに捉えている様子だった。
もちろん、私の手首の生傷には気づいていない。
ボディチェックをした看護師さんにも、その日はバレなかった。
私は自分でやったことを分かっているから、何も抑えがない外の世界に出るのはまだ怖かった。
その分、両親の嬉しそうな顔を見るのが辛かった。
退院するのはまだ怖い。
まだ社会でまともに生きていける自信がない。
まだ、
当初は『閉鎖病棟』に対して絶望していたはずなのに、
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