——除霊師Nさん

 私と同時期に入院/退院したらしいNさんは、ずーっと幻聴と会話をしている男性だった。


 曰く、会話の相手は “霊” で、Nさんは彼らと会話しながら悪い霊を退治する、いわば霊媒師のようなことを毎日しているらしい。

 この病棟に来てから300体以上の悪霊を退したと言っていた。

 ちなみにその時点で彼は病棟に来て1ヶ月ほどだったので、1日に10体は退治しているスーパーヒーローだった。


 1ヶ月に1度くらいの頻度で、彼の病室から工事現場のようなけたたましい音がする夜がある。

 看護師が病室のドアを開けても大丈夫か尋ねると、

「今はダメです! 悪霊が!」

とのことで、大抵は彼の戦いが終わるのを待つしかなかった。




 ある日、私がホールでひとり本を読んでいると、Nさんに話しかけられた。

「突然すみません、あなたのご先祖にキクオさんという方がいらっしゃいませんか?」

「いません」


 それでも彼はめげずに

「あなたが知らないだけでご先祖にいらっしゃるということはないですか? 例えば男性の親族で関西の方にルーツがある方がいらっしゃったりだとか、」

と続けてきた。


 実は彼、こんな風に他の患者に「あなたのご先祖が……」「あなたに悪い霊が……」と話しかけては怖がらせる常習犯として有名で、私も噂には聞いていたのとその日は少々虫の居どころが悪かったので、東京で悪質な勧誘を退けてきた経験値を用いてちょいとキツめに言い返してしまった。


「女性に対してそんなプライベートなこと詮索するのって失礼じゃないですか!!」


 彼はすぐにシュンとして立ち去ってしまった。

 霊とは戦えても人間には弱いのか、と思ってしまった。


 とはいえ、このように他者にまで悪影響が出るのは彼の病状がよくないということでもあるので、看護師に報告した。

 やはり皆、トンデモ行動を症状として抱えている、同じ入院患者なのだ。




 ある夜、患者仲間の何人かで集まって話していたら、いつものようにNさんが何事か喋りながらホールにやってきた。

 一緒に話していた中の1人がNさんを呼び止めて、どうしてそうなったのか、Nさんのアカペラをご披露いただくことになった。


 嫌味に捉えられることが多いのであまり他人に言わないが、私は少しだけ絶対音感を持っていて、『のど自慢』の類を見るのが苦手だ(理由はお察しいただきたい)。


 Nさんは全く恥じることなく堂々と(わざわざEXILE ATSUSHIのラブソングを)歌い上げてくれた。

 みんなが微妙な表情で見守る中、私は俯いて悶絶していた。


 歌もの一環なのだろうか?

 あの夜は本当に何だったんだ……




 彼も退院間際には落ち着いてきて、他の患者さんに働きかけるようなことはしなくなった。


 その代わり? なのか、よく壁に指で字を書くことが多くなった。


 私が見た時には、ホール中央の壁に『2000000000』と書いていた。

 あれが病棟にいる悪霊の数なのだろうか……? 多すぎてミチミチじゃないのかな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る