11.「助けて」を言う練習

 うつ病でここまで追い込まれたのも、入院しても尚苦しんでいるのも、全ては自分で溜め込みすぎてしまうのが大きな原因だ。


 「自分から周りに『助けて』って言えるようになりたい!」


 そう思った私はある日の消灯後、見回りに来た看護師さん(P)に、

「どうしたら『助けて』って言えるようになると思いますか?」

と呼び止めてみた。


「見回りが終わったら戻って来ますね」

と扉を閉められ、数分後に扉が開いてPがひょこっと顔を覗かせた。

「『助けて』って言えるようになりたいんですか?」

 相変わらずの怪しいPスマイルだった。


 Pは電気が消えた私の病室でベッドの横にしゃがみ込み、かれこれ1時間近く付き合ってくれた。

 一緒に悩んでPが出した対策は

「周りを頼っても嫌な顔をされないキャラを演じればいいんじゃないですか?」


 その時は、結局演じることでストレスが溜まるのでは? とあまり腑に落ちなかったのだが、いま思うとこれは普段の私がよく使う作戦だった。

 頑張れば自分でできそうなこともあえて周りの助けを借りたり、助けを求められたら全力でサポートしたりすることで、本当に困った時に頼りやすい関係性を作っておく。

 そんなありきたりな処世術も忘れてしまっていたのかと我ながら呆れてしまうが、その時は本当にどう生きていったらいいのか分からなくなっていた。

 だから、また社会に揉まれるのを想像して退院が怖いとよく思っていた。


 その翌日早朝も、私が1人で座って考え込んでいるところにPが声をかけてくれて、小一時間話してくれた。

 その時に指摘されたのが、私のATフィールド(たびたびエヴァ用語を使って申し訳ないが、大好きな作品なので、、)、つまり、心の壁についてだった。

 

 私はパーソナルスペースがちょっと広めな上に、どんなに親しくなっても絶対に最後まで破らせない壁が何枚か存在する。

 Pがそれに言及しながら私との間を詰めると、私はやはり反射的に身構えてしまった。


 自ら壁を作ることによって、自分でも周りに近づきにくくなってしまう。

 しかし、そんな根本的な性格を治せるものだろうか……


 朝食の時間が近づいていきてそこで話は終わり、Pは

「雨季さんがどんなキャラになればいいか、僕の宿題にしておきますね」

そう言って、颯爽と去っていった。




 数日後の診察でも担当医に同じことを相談した。

「周りに気を使ってしまって苦しいって言い出せないのを、入院中に少しでも言えるようになりたいんです」

「そうですねぇ……言ってしまえば看護師はそれに対応するのが仕事だし、割り切ってしまっていいと思いますけどね」


 盲点だった。目から鱗。

 当たり前のことすぎて見落としていた。

 そうじゃん。お金払って入院してるんだし、思い切り看護師さんに頼ってもいいじゃん。


 それから、彼らには困った時、苦しい時に頼るのが患者の ”仕事” くらいの気持ちで自分から相談や頼み事をするように心がけた。

 言わば、看護師さんを相手に、日常生活で周りを頼るをさせていただくことにしたのだ。




 そうして看護師さんとも会話が増えていき、相談しやすい人がある程度固まってきた。

 女神、ポイズン、紗々、そして2コ下の4人。


 その頃の私の悩みは主に2つで、1つは同年代の女性患者の子たちに信頼されたり心配してもらえるのは大変嬉しいのだが、自分はそんな風に思ってもらえるような人間ではないし、相手に還元できる自信がないから申し訳なくなる、というものだった。


 こうして今、文字に起こすと自意識過剰な悩みだと思うが、この時の私はとにかく自己嫌悪が酷く、『化けの皮が剥がれて周りに失望される』のを恐れていた。

 いいように化けれていたのかはともかく、、


 これもまた消灯後に(いつも夜勤中にすみませんでした……)女神に相談したところ、

「そっか、人間関係って『還元しなきゃ』って思うよね」

と言っていた。


 私は逆にそれで、

「確かにそれだと幕府の『御恩と奉公』みたいで堅苦しいな」

と気づいた。


 これを書いている今なら、

「心配するのも信頼するのも相手の勝手なんだから、別にこっちが返す義務はないでしょ、契約書交わしたワケでもないんだし」

と吐き捨てられる。本来の自分の考え方はこうだ。


 振り返ってみて改めて思うが、うつ病とは性格や考え方までも変えてしまうらしい。

 元々の私は、こういう典型的なネガティブ思考の人間が大嫌いだったはずなのに(笑)


 ウジウジ言ってないでもっと好き勝手生きればいいじゃん! あんたの人生でしょ!




 もう1つの悩みは、感受性が高いことから相手の感情に気づいてしまい先回りして気を使いすぎること。


(あ、この子は今、こう言って欲しいんだろうな)

(あの人はきっと〜をやりたがっているから、私がここにいると邪魔になりそうだな、気を使わせてしまったと思わせる前に移動しなきゃ)

と周囲のあらゆる情報にアンテナを張り巡らし、物事が円滑に平穏に進むよう動く。

 

 誰に頼まれたわけでもないのに。

 勝手に察して、勝手に気を使って、勝手に疲れる。

 

 でも私は自分が我慢して平和に済むのなら、自分の意思なんて塵紙の如く捨てる。

 自分の存在が ”障害物” になるのを避けることが、生きる上での最優先事項なのだ。


 その頃親しくしていた女性患者さんの中で同じような悩みを抱えている人がいた。

 しかも、彼女も私もなので、お互いに言うでもなく「同じようなことで悩んでるんだろうなー」と察していた。


 彼女とはそれから、お互いの勝手な気疲れを共有して「分かるー!」と傷を舐め合い、励まし合った。


 特に、「寂しい」「しんどい」「助けてほしい」などのマイナスな感情で凹んでいる人が近くにいると、それを感じ取ってこっちまで下に引っ張られて落ち込んでしまうことがよくあったので、お互いに様子を伺いつつ根回しして過ごしやすいように協力した。


 人間の苦しみを共有できる存在がいるだけで、入院生活はかなり気が楽になっていたし、そんな自分を受け入れられるようになった。

 彼女の存在がなければ私はよりいっそう、自己嫌悪の沼にハマっていってしまっていただろうと思う。


 入院を通して出逢えた大切な存在の1人だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る