親友が運命に出会ったので死ぬ話
どんわわん
ある日
来週はやっと、新しい抑制剤の承認の日だ。
居酒屋で親友と二人お疲れ様会をする。綺麗な店とは言い難いが手頃な値段でつまみが美味い。
俺と親友は小学校からの幼馴染で、お互いアルファということもあり進学先も同じでいつも一緒にいた。
流石に就職先は別々で、親友は研究職、僕は医師になった。
「これでオメガの地位も向上するね。彼らも出したくてフェロモンを出しているわけではないのだし」
親友は学生時代に、オメガあることを隠していた同級生と保健室で遭遇し、もう少しで番ってしまうところだった。
その時同級生が、こんな身体はもう嫌だと泣いていたのを見て進路を決めたという。優秀であることには意味があり、他者を救わねばならない。親友はフェロモンの研究をし、抑制剤を完成させた。
俺の親友は優しいやつだと頬が緩む。
何をニヤニヤしているんだと不服そうな顔の親友に、このだし巻きが美味すぎるんだと口に詰め込む。
「確かにいつも美味いな。」と納得した様子の親友が店員にもう一皿注文した。
今回の抑制剤は親友と僕も治験に参加している。発情期のオメガとまる一日同じ部屋で過ごしたが独特なにおいがするだけで身体はいつもと何も変わらなかった。間違いなく今までで1番効果のある抑制剤だ。
「俺は恋愛とかそういうのする気ないけど、お前は付き合ってるやつとかいないの。」追加のだし巻きを頬張りながら親友が強めに肩を抱いてくる。ビールからハイボール、日本酒と飲み進めていった為かなり酔っ払って目が半分しか開いていない。
親友は酔うといつもこうなるが、すぐに寝てしまう為に返事を聞いてもらえたことがない。多分それもあって何度も聞いてくるのはあると思う。
「僕はお前と一緒にいるのが楽しいから恋人はいらないんだよ」と、夢の世界に行ってしまった親友にいつもと同じ返事をする。
せっかくの休みなので久々にカバンの中を整理することにし、ポケットの中身を全て出すと僕のものではない見慣れたイヤホンが入っていた。昨年の誕生日に贈った少しお高いイヤホンだ。親友に取りに来いとメールをする。
仕事帰りに寄ると返事があったので、映画を見ながら待つ。いつもなら遅くても19時には到着するのに21時になっても連絡すらなかった。
電話をしてもコール音はするものの全く繋がらない。嫌な予感がする。
親友の家まで届けに行くことにした。幸い親友の家は僕の家から近い。徒歩で十分くらいだ。
外に出ると雪が降っていた。都内で降る雪はめずらしく歩く人々も車も比較的安全を気にしているように見えた。
親友のマンションのロビーに着くと、エレベータのボタンを押した。文字盤は6の文字が点灯したままで何度ボタンを押しても全く動く様子がない。
このマンションは、一基しかエレベータが設置されていない。親友の部屋は七階で、ラッキーセブンだよなんて言っていたがどう考えても低階層の方がいい。
仕方なく階段を駆け上がる。こんなに全力で走ったのは大学時代に親友と飲み歩いて終電ギリギリの時以来だ。あの時は二人だったから楽しかったけど、一人で走ってもつらいだけだ。
喉がカラカラになって足がもつれる。なんとか踏ん張って7階の扉を開けると、独特のにおいが充満している。治験の時に嗅いだ発情のにおいだ。頭が痛くなったのは走ったせいだろうか。
親友の部屋の前に着くと、においは更に濃くなり頭が割れるように痛んだ。チャイムを鳴らしても返事はなく、ドアノブを引いても開かなかった。
もしかしてまだ帰っていないのか?と扉に耳を寄せると、中からは媚びるような高い声と、くぐもった声が聞こえた。
耳を離し「開けてくれ」とドアを叩き続けるが返事はなく中の高い声がかろうじて聞き取れる大きさになっていく。
「あっ……んっきもちぃ……」
親友は恋愛をしないといつも言っている。これは合意ではない。
僕は泣きながらドアを叩いた。どのくらいそうしていただろうか、両手側面の皮が剥けじくじくと痛む。
隣の部屋から初老の男性が出て来て「ドアが開かないなら鍵開け業者を呼んだらどうですか」と言った。
男性の僕を見る目は完全に不審者に対してのものだった。
頭が少し冷えた僕は「うるさくしてしまい申し訳ありませんでした。」と頭を下げ、検索して一番上に表示された鍵開け業者に電話をかけた。帽子を被ってデカい鍵を持ったおじさんのイラストに最短16分で到着と大きく記載されていた。
業者が来るまで何もできることがなくその場にへたり込む。中からはまだ声が聞こえてくる、どうすればよかったのか考えても考えてもわからず涙がとめどなく流れた。
雪の影響で道路が混み合い業者が到着したのは二時間後だった。
作業が終わった業者に「釣りはいらない」と握りしめていた一万円札を渡した。
急いで中に入る。家内は静かだった。寝室のドアにそっと耳を当てても中から音は聞こえない。
ゆっくりドアを開くとベッドの上に2つのシルエットが見えた。
電気を点けてベッドに近づくと、濃い性のにおいがした。親友は知らない男を抱きしめるように眠っており、ちんぽは男の尻に突っ込まれている。シーツの中央はぐっしょりと濡れており、二人の身体には乾燥した体液がこびりついていた。
男の身体には多数の噛み跡と内出血があるものの、うなじに決定的な跡は残っていないようだった。
「おい。何やってんだ。」と声をかけると二人同時に目を開いた。親友がゆっくりと上体を起こすと尻からちんぽがずるりと抜けて男がアンっと声を上げた。
嬉しそうな男は無視して、二日酔いの朝より酷い顔をした親友に話を聞くことにした。
「昨日の俺は狂っていた。目の前の雌と交尾することしか考えられない雄の獣に成り下がっていた。抑制剤を飲み忘れたことはない。昨日もいつもの量を飲んだ、その結果がこれだ。」と虚な目で語る。
男は、うっとりとした様子で、オレたち運命なんです。と親友の腰に両手をまわしている。
親友は振り払う気力もないようで、そのまま話し続ける。
「こんなの動物みたいだ。俺は人間の知性は何にも勝ると思っていた。抑制剤があれば、動物の本能を抑えられると信じていた、でも違った。」心底悔しそうに唇を噛み「人間として生きることが不可能なら、まだ人間らしい自分であるうちに死にたい。」と続けた。
親友が作った抑制剤は間違いなく優れた効果のあるものだった。この男から漏れ出している番っていないオメガのフェロモンをどれだけ嗅いでも僕の身体は全く反応していなかった。家に入れなかった時の発情しきったにおいでさえ頭痛がするだけで性的興奮は全くなかった。
親友もいつもなら、ただの発情したオメガが相手ならこんなことになっていないはずだった。運命でさえなければ。
僕が彼にできることは一つしかない。
「一緒に死のう。」と僕は親友の手を握った。
「僕も人間として生き、人間として死にたい。番という運命がいつか必ず僕を見つけるなら、捕まる前に。」
親友は目を見開いて、何か言おうと少し口を開けたがそのまま引き結び、僕の目をまっすぐ見つめ手を握り返した。
「善は急げだ」僕はつとめて明るい声で言って親友を引っ張り上げる。
急に親友を動かした為、抱きついていた男はベッド脇に転がり落ちた。
オレと彼は運命なんです!愛し合ってるんです!と男が叫ぶ。昨日の交尾で足腰が立たなくなっているらしく自力でベッドの上に戻ってくることはなかった。しかし男も全裸は寒かろうと掛け布団で巻くことにした。追い縋ってこられても困るという理由もある。少し抵抗したがアルファとオメガの身体能力の差は圧倒的で数十秒で巻き終わった。中からから泣き叫ぶ声が聞こえるが、そのうち一人で這いずり出てくるだろう。
床に散らばった服を拾い集め親友に着せてから二人で家を出た。天気は晴れ、雪はもう降っていなかった。邪魔するものは何もない。
親友が運命に出会ったので死ぬ話 どんわわん @dondog
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