第20話 マツの授業・1
「じゃあ、カオルさん。続けていきましょう。うふふ」
だらだらと汗を流しながら、カオルは中央に近付いていく。
これは熱で出た汗ではなく、冷や汗だ・・・
ごく、とカオルが喉を鳴らす。
「次は、一手なくても構いませんよ」
「え」
「いきなり跳びかかって来てもらっても、構いませんよ」
ははは、と部屋の中でマサヒデが笑っている。
何をされるのか・・・跳びかかるのも怖ろしい。
しかし、当てなければ勝てない。
だが、このような相手に当たるのか!?
「じゃあ、はじめ」
思い切り速く! 下から斬り上げる!
小太刀が走り、マツに・・・
「え!?」
小太刀がマツの身体にぴたりと付いて止まっている!
固い物を斬りつけたように、弾かれるでもない。
何の反動もないのに、止まっている!
この感触は一体何だ!?
「うふふ」
は! として上を見上げると、マツはカオルを見て笑っている。
微動だにしていない。
危険だ!
本能が危険を察知して、ばっと跳び下がるカオル。
す、と跳び下がったカオルに手を向けるマツ。
ぐ、と腰を落として、見えないよう、左手を懐に・・・
「あ!?」
右手に持った小太刀が、砂のようになって、さらさらと先から落ちていく。
「そこまで」
「おほほほほ!」
マツの高笑いが庭に響く。マサヒデもにやにや笑っている。
カオルもクレールもシズクも、口を開けて、笑うマツを見ている。
「あ・・・あれ、私の鉄棒、崩されたやつだ・・・」
落ちた砂がカオルの手元に浮き上がり、小太刀が元に戻る。
目を丸くして、握った小太刀を見つめるカオル。
「ははは! マツさん、そんなにカオルさんをいじめないで下さいよ」
「せっかくなんですから、それなりの術を少しはお見せしたいと思いまして」
「クレールさんもいるんですから、見学になるやり方でお願いします。
これじゃあ、見ててもさっぱり分かりませんよ。
私やアルマダさんを稽古してくれた時みたいな感じで」
「そうですね。じゃあ、次は基本的な魔術だけでいきますね」
「・・・」
「さ、カオルさん。始めましょう」
「はい・・・」
恐る恐る、中央に戻るカオル。
にやにやと笑うマツ。
「クレールさーん! 良く見てて下さいね! 基本的な魔術だけですからー!」
マツが笑顔で手を振る。
「あ! は、はい!」
ぴし! と背を伸ばし、庭を凝視するクレール。
「ほら、シズクさんも良く見てて下さいよ」
「わ、分かった!」
マサヒデに言われ、シズクも背を伸ばし、瞬きもすまいと庭を強く見つめる。
「じゃあ、はじめ」
合図の瞬間、どん! とカオルの四方を壁が囲む。
ぱっと壁を蹴って飛び出した所に、空中から壁の中に大量の石が流れ落ちる。
飛び出ていなかったら、あの石に潰されて・・・
ぞーっとカオルの全身が怖気づく。
はっと気付いて飛び退くと、今いた所にぼん! と穴が開く。
「う!?」
着地地点にも穴が空いていたが、穴の壁を蹴って飛び出す。
「おお!」
これには、思わずマサヒデも声を上げる。
「あら」
マツも驚いた顔で、カオルを見る。
まさかこの穴を避けられるとは思わなかったのだろう。
ざ、と飛び出して着地したカオルを見て、マツの顔から笑いが消えた。
「マツさん! 基本的な術ですよ!」
笑いの消えたマツを見て、マサヒデが声を掛ける。
「分かってます!」
ぼ! と宙に大量の石が出現し、カオルに向かって飛んでいく。
マサヒデがやられた術・・・
飛んでいく石の真後ろに、一回り小さい石を一緒に飛ばす、あの術だ。
「む!?」
かかん! かかん! と音が響き、何と後ろの石まで全部弾いている。
カオルの手の速さがなければ、これは出来ない。
低く屈み、的を小さくして、最小限の物だけを次々に弾く。
むーん、という顔をして、マツがどんどん石を飛ばす。
全て、かんかん、と弾かれるが・・・
「あっ」
カオルの真上に砂利のような小石が浮かび、ざっと落ちた。
大量の小石が降り落ち、手が止まった所に石が飛んできて、カオルは吹っ飛んだ。
「おおー!」「すげえー!」
クレールがとシズクがぱちぱちと拍手をする。
「ふう・・・さすがカオルさんですね」
マツはすたすたと草履を鳴らしてカオルに近付き、治癒の魔術をかける。
「ううむ・・・」
マサヒデは唸ってしまった。
マサヒデもアルマダも、ここまで対応出来なかった。
やはり、カオルは強い。
起き上がったカオルとマツが、縁側に歩いてくる。
「マサヒデ様、少し休憩します。カオルさんも、さすがに疲れたでしょう」
「はい」
すっとマツが縁側に座り、カオルもとすん、と腰を下ろす。
魔術師との戦いは、体力的な疲れではなく、気疲れが多い。
ふう、とカオルが息をついた。
「クレールさん。私の術、どうでした? 少しは参考になったでしょうか」
「はい! 土の術だけで、カオルさんを封じるなんて!
それも、こんな基本の3つで・・・すごかったです!」
「私もアルマダさんも、石を飛ばされた時に吹き飛びました。
まさか、あれを弾いてしまうとは・・・さすがはカオルさんですね」
「ただの得物の違いです。真剣だったら、もう刃がぼろぼろです」
「得物の違いも、実力のうちですよ」
「・・・」
「じゃあ、カオルさんは少し休憩。シズクさん、いきますか。
マツさん、いいですよね?」
「ええ」
「私も!?」
「きっといい稽古になります。マツさんの教え方は上手いですよ」
マサヒデを挟んで向こうに座るマツ。
マツもマサヒデも、にこにこしている・・・
「分かった・・・マツさん、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
すっとマツは立ち上がり、庭の真ん中に歩いて行く。
マツの背中を見ながら、シズクはマサヒデに顔を近付け、そっと囁く。
(マサちゃん、私、怖い)
「シズクさんなら、あんな石くらい、なんてことはないでしょう?」
「・・・」
「さあ」
シズクも渋々立ち上がって、マツの前に立つ。
「じゃあ、はじめ」
ぼ、といくつも石が宙に浮いて、シズクに向かって飛ぶ。
ぱんぱんぱん、と音がして、シズクに当たる。
「あっ、いてってっ・・・て?」
数が多くて驚いたが、マサヒデの言う通り、大した事はない。
これならいけるかも。
壁が出されたって、殴れば簡単に壊せる。
「ん・・・ふふふ。マツさん! こんなの痛くないよ!」
「あら、そうですか? じゃあ・・・このくらい?」
宙に浮いた石が集まっていく・・・
「げっ!?」
「うわあ!?」
「そんな!?」
クレールもカオルも驚き、身体を反らせてしまう。
石はシズクの背よりも遥かに高い大きさになり、マツの頭上に浮いている。
この大きさの石が、あんな勢いで飛んできたら・・・
「どうでしょう? このくらいなら、いかがですかね?」
「・・・」
シズクの顔から、汗がだらだらと流れ落ちる。
「いや・・・ちょっと・・・痛いかも・・・」
さすがに大きすぎる。痛いどころではない。
大怪我か、もしかしたら・・・
「うふふ。じゃあ、いきますよ」
やばい! あの石が飛んでくる!
シズクが汗を垂らして石を見上げていると、ぽす、と地面に穴が空いた。
「あっ?」
咄嗟に、棒を横にして引っ掛ける。
マサヒデは思わず身体を前のめりにしたが、大きく「みし」と音がして・・・
「あ、ちょっと!」
「ぷっ」
その様子を見て、マツが笑いを漏らしてしまう。
みりみりみり、と音がして、棒が曲がって行く。
「ちょっと待って! 待ってえー!」
ばき。
シズクの体重に耐えきれなくなり、ついに棒が折れてしまった。
「あ~~・・・」
深い穴だったのか、少しして「どすん!」という音が地の底から聞こえ、小さく揺れを感じた。
「あははは!」
クレールが指をさして笑う。
「くっ・・・くっ」
カオルも口を抑え、笑いをこらえる。
「おほほほほ!」
マツの高笑いが庭に響く。
「参ったよー・・・参りましたー・・・」
穴の底から響く声が聞こえ、マツの頭上の石が消える。
ずむむ、と音がして、穴の底からシズクと折れた棒が上がってくる。
すっ、とマツがシズクの足元に手を向けると、折れた棒が元に戻った。
「うふふ。シズクさん。土の魔術の基本中の基本、たった2つですよ。
カオルさんは3つでしたね」
「くっそー・・・参った! 参ったよ、マツさん・・・」
どすん! とシズクがあぐらをかいて、ぷいっと横を向く。
シズクを見て、皆が大きな笑い声を上げた。
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