第21話 マツの授業・2


 ぷん、と横を向いたシズクを見て、マツがカオルに声を掛ける。


「さあ、カオルさん。やりましょう」


「は」


 カオルが立ち上がり、シズクも縁側へ戻ろうと立ち上がる。


「シズクさんも一緒に」


「え?」


「ついでですから、お二人共、一緒に稽古しましょう」


 マツはにこにこと笑う。


「奥方様、2対1で、ですか?」


「大丈夫ですよ。マサヒデ様とハワード様が2人掛かりでも勝てましたから。

 ねえ、マサヒデ様? うふふ」


「む・・・」


 アルマダと2人掛かりでも、マツに手玉に取られた事を思い出す。

 渋い顔になっているな、と自分でも分かる。


「うふふ。マサヒデ様のあの顔。見て下さい」


「・・・」


 カオルとシズクの視線が刺さる。

 横でクレールも見ている。


「そうですとも! アルマダさんと2人掛かりで、全くでした!」


 ぷい、と顔を背けるマサヒデ。


「うふふ」


 笑うのはマツばかり。

 カオルもシズクもクレールも、目に浮かぶのは恐怖だけ・・・


「そういう事ですので、お二人共、一緒に。基本的な術でいきますから。

 クレールさんも見てて下さいね」


「は、はい!」


 カオルとシズクが無言でマツの前に立つ。


「さて・・・カオルさん、シズクさん。

 先程、土の魔術だけで戦いましたが、あれは形が分かりやすいから。

 どの魔術も、基本は同じ。後は、何で出来ているかの違いだけですよ」


「というと、壁を作ったり、飛ばしたり?」


「はい。後は、それぞれの長所短所と、これでなければ出来ない、という所を見れば、もう対処出来てしまいます。一見すごい魔術も、全部基本を大きくしたようなだけだったりします」


「長所短所・・・例えばどのようなものが」


「土の壁と、火の壁。同じ壁でも、土の壁は物を通しません。火の壁は、物は通していまいますよね。熱くたって、素早く走り抜けてしまえば、燃えもしませんね。じゃあ、火は壁になりません。先程、カオルさんに使ったような大きな壁は例外ですけど」


「あー! たしかに!」


「なるほど・・・」


「しかし、火の球が飛んで来たらどうでしょう。さすがにカオルさんでも、石のようには跳ね返せませんよね。実がないんですから」


「そうか! 火は切れないもんね!」


「ううむ、長所短所・・・ううむ」


「こういう所が分かってしまえば、剣でも普通に戦えてしまうんです。お二人共、ただ『魔術だ! 避けなきゃ!』って感じですけど、分かってしまえば何てことはありません。立ち向かって行けます」


「マツさんにも立ち向かっていけるの?」


「それはどうかしら。うふふ」


「・・・」


「では『これでなければ出来ない』というのは」


「それは見てのお楽しみです」


「む・・・」


「では、次は水ですよ。うふふ。水はマサヒデ様も苦労したんですよ? クレールさんは水が得意ですから、良く見てて下さいね」


「はい!」


 ぺちゃ、と小さな音がした瞬間、庭中が泥になる。

 あ! と、カオルもシズクも、壁際まで跳び下がった。


「ふふふ・・・」


 カオルが手裏剣を投げるが、宙に大きな水球が浮かび、ぴちゃん、と音がして、手裏剣は泥の上に落ちた。


「く・・・」


 ば! と屋根の上に跳び上がり、手裏剣を投げつけるが、また大きな水球が浮かび、手裏剣が防がれる。


「あら、シズクさん? 調子でも?」


 動かないシズクの方を見て、マツがにやにや笑う。


「むーん・・・」


 鉄棒なら、投げればあの大きな水球も突き抜けて当たる。だが、今持っているのは訓練用の木の棒。どうしたものか・・・


「よし! カオル、突っ込む!」


 勢いをつけて身体ごと思い切り突っ込めば、あの大きさなら弾いていける!


「あ! 待・・・」


 どん! と大きな音を立て、シズクが突っ込む。水球を弾いて・・・

 と、ぼぼぼぼ、と水球が大量に並んで浮かび、シズクは水中で止まってしまった。


「うふふ。残念でした」


 シズクの棒が、水球の上に突き出ている。

 シズクの顔が、カオルに向いている。


(よし!)


 あの棒を蹴って!

 思い切り駆け下りた所で、宙に水球が浮いたが、見当違いの場所に浮く。

 カオルはマツでなく、シズクの棒に向いて跳ぶ。


「あら」


(もらった!)


 棒を蹴ってマツに跳んだカオルがそう思った瞬間、マツの身体が大きな水球に包まれた。

 すごい勢いで跳んだカオルは「ばん!」と壁にぶつかるような音を立て、水の中に突っ込み、ゆっくりとマツの方に向かいながら浮いていく。

 カオルが入った水球がすーっとマツから離れ、全ての水球が消え、泥も消える。

 どさどさ、と2人が地面に落ちた。


「ぐ」「げほっ」


「うふふ。いかがでした?」


 すごい速さで、思い切り顔から水球に突っ込んでしまったカオルは、くらくらと目眩がして立ち上がれない。


「マツさーん、こりゃあ無理だってー」


「そんな事はありませんよ。マサヒデ様は1人でこの陣を破る事が出来ました」


「ええ!?」


「まさか・・・」


「訓練場で、もっと広く陣を張っていたのに、破りましたよ」


「マサちゃん、どうやって!?」


 シズクとカオルが、驚いてマサヒデを見る。

 マサヒデはにやにやと笑っている。


「秘密ですよ。教えたら、稽古にならないじゃないですか」


「む・・・」


「はい! マツ様! 質問です!」


 クレールが手を挙げた。


「はい。何でしょうか」


「あんな大きな水球を、どうやってぽこぽこ出していますか?

 単純に、大きな魔力で出しているのでしょうか?」


「ああ、クレールさんでも簡単に出来ますよ」


「え? 私でも出来ますか?」


 すたすたとマツが歩いて来て、縁側に座る。


「今回は特別に教えてあげます。さ、これを見て下さいね」


 マツは急須を手に取って、盆の上に一滴垂らす。


「?」


 クレールは盆にぐっと顔を近付ける。

 もう一滴。もう一滴・・・

 垂れた茶が、少しずつ大きくなっていく。


「あ! あーっ! 分かりました! そういうことでしたか・・・」


「こういう事です。大きな魔力で大きな水球を、なんて必要ありません。

 クレールさんは、一度に水球をたくさん出せるじゃありませんか」


「な、なるほど・・・」


「大きな水球を出そうとしたら、大きな集中と時間を使います。

 小さな水球を固めて出せば良いだけです」


「うーん・・・思い付きませんでした・・・」


「魔術は、こういう発想が大事なんですよ」


「発想・・・」


「戦闘になったら、高度な術や大きな術を時間をかけて使うよりも、素早く放てる簡単な術で戦う事が多いですから・・・それを、如何に使うか・・・」


 す、とマツは盆に急須を戻す。


「使い方次第です。色々と考えてみて下さい」


「むーん・・・」


 クレールは腕を組んで、眉を寄せる。


「コツは、いたずら心ですよ。いたずら心があれば、いくらでも」


「いたずら心?」


 なんですかそれ? という顔で、クレールがマツを見る。


「先程、シズクさんを大きな石で驚かして、足元に深い穴を開けたような。

 ああいういたずら心があれば、簡単な術でも、色んな手が浮かびます。

 どうやって驚かせてやろうか、って。真面目になってはいけないんです」


「真面目になってはいけないんですか?」


「ええ。真面目になればなるほど、頭は固くなって、色々な戦い方なんて浮かばなくなってしまいます。ふふ、これはカオルさんにも言えるかもしれませんね。どうやって驚かせてやろう? どんないたずらをしてやろう? 楽しんで・・・いたずらに引っ掛かかったら、それはもう楽しくて楽しくて」


 は! とカオルは顔を上げた。


 シズクと試合をした時。

 策にはまったシズクを見て、大声を上げて笑ってしまった。

 これほど上手くはまるとは、と、腹の底から笑いが込み上げて・・・


 カゲミツから魔剣を盗んだ時。

 あの時も、大声で叫びたくなるほど、喜びが込み上げて・・・


「奥方様、お教え、ありがとうございます。

 私、今のお言葉で、目が覚めました」


 カオルは手を付いて、マツに頭を下げる。

 クレールも、手を付いて頭を下げる。


「うふふ。少しは参考になりましたでしょうか。

 もちろん、ずっといたずらっ子じゃいけませんよ?

 カオルさんは真面目だから、難しいかもしれませんけど」


 いたずら心。

 魔術師と忍には、この心得が大事なのだ。

 マツは湯呑を取って、こく、と茶を飲む。



----------



「皆さん、そろそろ、稽古は終わりましょう。もうすぐ昼です。

 マツさん、お願いします」


「はい」


 ぴん、と何か空気が変わり、周囲から色々な音が上がる。

 風の音。木の枝が揺れ、葉が鳴る。草が揺れる。通りの人の声。鳥の鳴き声。


「うわあ・・・ここって、こんなに賑やかだったんだ・・・」


「ほんとですね・・・」


 シズクとクレールが驚いた顔をしている。

 今まで周囲の音がない空間にいたので、小さな音でもすごく賑やかに感じる。

 初めてあの空間に入ったのなら、尚更だ。


「カオルさん、今日の稽古はどうでしたか」


「素晴らしい稽古でした・・・今日の稽古だけで、大きく成長出来た気がします」


 マサヒデには、簡単な事で急激に強くなれる、と助言をもらった。

 マツからは、いたずら心、という心得をもらった。


「確認しますが、私が強くなれるというのは、いたずら心ではない?」


「違います」


「やはりそうですか。という事は、今回の、たった1回の稽古だけで、私は2段登れるようになったのですね。まだ、足を上げていないだけで・・・」


「そうです」


「ご主人様、素晴らしい稽古をつけて頂き、ありがとうございました」


「また、マツさんに別の魔術を見せてもらって下さい。

 実際に一度体験するだけで、さらに強くなれます。これで3段です」


「はい」

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