第14話 船宿・2
隣でも、クレールとシズクがふうふうと肉を吹いている。
熱くて中々口に入れられず、少しずつ(この2人にしては)食べているのだ。
ノブタメは笑顔を浮かべ、くるりと女性陣を向く。
「皆様、この軍鶏鍋、いかがです」
「美味しゅうございます」
「美味しいです!」
「熱い! でも美味い!」
「実に良い味です」
皆の笑顔がノブタメに向く。
ノブタメはにこりと笑い、頷いた。
「いやあ、気に入って頂けて良かった。さ、皆さん、いくらでも食べて下さい!」
「やった! 次は魚いこうよ!」
その時、店の中で大きな声が上がった。
「俺に勝てる奴はいないか! 飲み比べ勝負だ!」
わはは、と笑いながら、盃を上に上げる男。
周りからもやんややんやと声が上がる。
「へへ、マサちゃん。私行ってきてもいいかい?」
シズクがにやにやしてマサヒデに声を掛ける。
「ははは! せっかくですから、もっと驚かせてあげましょうよ。
ふふ、クレールさん。あなたの出番ですよ」
「へっへっへー。行きますよ! 誰にも負けませんよ!」
「じゃあ、これを持って行って下さい」
にやにやと笑いながら、懐から銀貨を数枚取り出し、クレールに渡す。
「さあ、皆を驚かせましょう」
「じゃ、行ってきます!」
クレールが席を立ち「はーい!」と手を上げて、男の所へ向かって行った。
ノブタメが驚いた顔をして立ち上がる。
「トミヤス殿!?」
「ゴロウさん。大丈夫です。クレールさんは魔族で、私達よりも年齢は上。
酒も食事も、このシズクさんよりも遥かに食べますよ」
シズクがにやにやとノブタメを見て笑う。
「なんですと? 鬼族の・・・シズクさんよりも?」
「ええ。体重より遥かに多く食べます」
「・・・」
レイシクランは多く食べると聞いていたが、それほどまで!?
食べたそばから、どんどん吸収していくのか・・・
魔力もすごいと聞いているし、特殊な力もあると聞く。
おそらく、魔力になったりその力の源にどんどん吸収されてしまうのだろう。
「ふふふ。こういう勝負は、負けた者が払うのでしょう?
酒樽を持ってきてもらいましょう」
マサヒデがにやにや笑いながら、女将を呼ぶ。
「女将さん!」
「はーい!」
奥から女将が出てくる。
「ふふ、あの飲み比べの所に、酒樽をお願いします」
「え? 樽ですか?」
「あの小さな銀色の髪の方が負けたら、その樽の分、私が払いましょう」
「ええ!?」
「ふふふ。彼女は見た目と違って、恐ろしく強いですよ。お願いします」
「・・・あの、本当に?」
クレールを見てげらげら笑う男達。
女将は不安そうに顔を向ける。
「本当です。お願いします」
「・・・分かりました・・・」
女将が下がって行く。
「さあ、ゴロウさん、皆さん、我々も見に行きましょう。
きっと、楽しい勝負になりますよ。ははは!」
マサヒデは立ち上がり、飲み比べの場に歩いて行った。
「皆さん! この勝負、私マサヒデ=トミヤスが立会人になりましょう!
酒樽を用意してもらいました! ここに来るまで待って下さい!」
おお! と声が上がる。
「あ! あんた、あの300人抜きのトミヤス様じゃ!?」
盃を上げていた男が、酒で真っ赤な顔をマサヒデに向ける。
こくん、と笑顔でマサヒデが頷く。
マサヒデはクレールの肩に手を置いて、店の外まで響く大きな声を上げる。
「さあ! この小さな女の子に、飲み比べで勝てる者はいるか!
誰でもかかって来なさい! 酒代は、負けた者で持って頂きますよ!」
クレールは卓の前に座り、渡された銀貨を卓の上に置く。
「わはははは! トミヤス様、奢って頂きありがとうございます!」
げらげらと笑い声が店中に響き、船頭の1人が卓について銀貨を置く。
ノブタメもマサヒデの隣に立ち、にこにこと笑顔を浮かべてクレール達を見る。
「開けとくれ! 酒樽だよ!」
がらがらと酒樽が台車で運ばれて来て「よっこいしょ」と客が樽を席の横に、どすんと置き「ぱかん!」と樽の蓋が叩かれ、酒樽が開く。
「さあ、盃を持って! 一杯目!」
2人が樽に盃を突っ込み、ぐいっと飲み干す。
「二杯目!」
「三杯目!」
もう一杯! もう一杯! と店中の客が大声を上げる。
「ははは! 嬢ちゃん、やるな!」
船頭が笑いながら、盃を傾ける。
「四杯目!」
「五杯目!」
「お! まだ呑むかい?」
にやにやと笑う船頭の顔を見て、ふふん、とクレールが笑う。
赤くなった船頭の顔が、全く赤くならないクレールの顔を覗き込む。
「はっはっは!」
2人の盃が、酒樽に突っ込まれる。
「六杯目!」
「七杯目!」
「嬢ちゃん、中々呑むじゃねえか! ははは!」
クレールの飲み干す早さに釣られ、ぐいぐい呑んでいた男の頭はふらついている。
「さあ、八杯目だ!」
ぶはあー、と息を吐き、船頭が盃を空ける。
クレールはまるで水でも飲むように、すーっと飲み干す。
にやにやと笑いながら、クレールは船頭に声を掛ける。
「あらあら、大丈夫ですか? 随分と酔が回っておられるようですが」
「こんなもん、酔ったうちに入らねえ!」
「九杯目!」
ぐい、と盃を傾けて、船頭はそのまま後ろに倒れ、顔にばしゃ、と酒を浴びた。
クレールはすいっと飲み干して、盃を置いた。
「勝負ありー!」
おお! とクレールに驚く声と、潰れた船頭を見て上がる笑い声。
ノブタメも声を上げて笑っている。
「あはははは! 次の方、いませんか!」
クレールが笑顔で盃を挙げ、拍手が上がった。
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マサヒデ達が船宿・虎徹で笑い声を上げていた頃。
(ふっ)
ノブタメの命で隣町の商人の家に忍び込んだ、レイシクランの忍。
ホテルの警護では腕がなまってしまう、と参加したが、ここまで簡単とは。
しかし、久しぶりの『らしい』仕事に血が湧くのも否めない。
数枚の書類の写しを作り、そっと元に戻す。
(証にはなろうが・・・)
この情報で、この商人の捕縛は出来る。
しかし、他につながる情報がどこにも見当たらない。これだけでは不足だ。
他とつながる情報がなければ、この件は解決しない・・・バラバラではだめだ。
まずはこの情報をノブタメに届け、引き続き調べるか。
(よし)
静かに部屋を離れ、レイシクランの忍は連絡役の元へ向かった。
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「あ、あんた・・・酒、強すぎる」
ぷるぷるとクレールに指をさし、職人の1人がまた倒れた。
わはは、と店中に笑い声が上がる。
「さあ次だ! このお嬢さんはこれだけ呑んだぞ!
次に呑めば勝てるかもしれないぞ! 誰かいないか!」
「よーし! 次は私だ! 女将さん! もうひとつ酒樽頼むよ!」
シズクが声を上げると「鬼の酒だ!」「鬼族が呑むぞ!」と店中から声が上がる。
「はーっはっは! シズクさんも呑みますか! これは見ものだ!」
ノブタメが笑い声を上げる。
「ははは! 私も飲み比べじゃあ負けたことないよ!
クレール様、これだけ呑んだんだ! 悪いけどこの勝負もらったよ!」
「ふふふ。さあ、お席にどうぞ。ちょっと呑みたりなかったんです」
潰れた職人を客が引っ張り出すと、シズクがどすんと席に座り、店中が歓声に包まれる。
「ふっふっふ・・・」
「んふふふ」
2人がにやにやと笑いを浮かべる。
「ははは! さあ一杯目!」
くい、と2人は一口で飲み干し、店中が歓声に包まれる。
「二杯目!」
わあー!
「三杯目!」
わあー!
「四杯目!」
2人とも、くいくいと水を飲むように飲み干す。
盃がどんどん進んでいき、飲み干すたびに歓声が上がる。
店の中は、騒ぎを覗きに来た者で一杯。
入り口から、背を伸ばして覗いている者までいる。
「さあ二十杯目だ!」
2人共、顔色も全く変わらない。
「ははは! ちょろいちょろい!」
くい。
「ふふ。シズクさんとは良い呑み仲間になれそうですね」
くい。
「女将さん! 刺し身頼むよ! 酒に肴がないなんてね!」
「あっはっは! ちょいと待ってな! 最高のを持ってくよ!」
「クレール様、全部食べないで下さいよ?」
くい。
「うふふ、シズクさんじゃないんですから」
くい。
2人とも、喋る合間に飲み干していく。
酒樽が空き、新しい樽が開けられる。
「すごいぞ! なんと五十杯目だ!」
店中だけでなく、外からも大歓声が上がる。
シズクの顔が赤くなってきている。
クレールの頬も少し赤くなっている。
「まだまだいくぜー! はっはっはー!」
「女将さーん! おつまみ下さーい!」
酒がどんどんなくなっていく。
ついに女将がマサヒデの袖を引っ張り、
(次の樽が最後ですけど)
と、囁き声で話しかける。
横でそれを聞いていたノブタメが笑い声を上げた。
「ははは! 女将よ、これは決着がつきそうもないな!
さあ、最後の樽も持ってきてくれ。足りない金は俺が払おう」
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