第13話 船宿・1
マサヒデ達一行は、夕方に差し掛かった町を歩いている。
皆、馬に乗って喜んでいたクレールを見て、笑顔を浮かべている。
「クレールさん、黒影はどうでしたか」
「すごかったです! 高くて、揺れて、面白かったです!」
「ふふふ。黒嵐は怖かったですか?」
「すごく・・・お父様よりも怖かったです・・・」
「ははは! お父上よりも怖かったですか!」
「でも、黒くてつやつやしてて、格好良くて綺麗でした!」
「ふふふ。黒嵐も喜びますよ」
シズクが後ろから声を掛けてきた。
「ねえねえ! 今日はギルドで食べようよ!」
「それもいいですね。クレールさん、ジャンボ肉はまだ仕入れは出来てないでしょうから、他のにして下さいよ」
「いつもあんなに食べませんよ」
「ははは!」
そこに、す、と屋台の陰から、粋な着流しの男が現れた。
・・・お奉行だ。
ノブタメは柔らかな笑みを浮かべ、軽く頭を下げた
「やあ、トミヤス殿」
マサヒデも1歩前に出て、軽く頭を下げる。
「これはゴロウさん」
火付盗賊改、ノブタメ=タニガワ。
この人は、町中では浪人のゴロウと名乗り、町を見回っているのだ。
マサヒデは後ろの皆に振り向き、
「皆さん、こちら、ゴロウさんです。昨日、馬屋でお会いしました」
マツは知っているのか、
「お久しぶりです。ゴロウさん」
と頭を下げる。
「どうも! 私はシズク! へっへっへ。見ての通りの鬼だよ!」
「クレールです。はじめまして」
「・・・どうも」
ふふん、と腕を組んで挨拶するシズク。
ぺこりと頭を下げるクレール。
カオルは、何か気まずそうだ。
ゴロウは軽く頭を下げ、人好きのする笑顔を向ける。
「シズクさん、クレールさん、お初にお目にかかります。ゴロウという浪人です。
トミヤス殿。皆様のご夕食、私に奢らせてもらえませんか。
あのような素晴らしい馬を見せてもらったお礼です」
「む・・・」
シズクとクレールがいる・・・
クレールはまだ制御できるから良いが、シズクは・・・
「トミヤス殿、何かご都合でも」
「いや、私の連れは鬼族で・・・ちょっと量が」
「ははは! そういうご心配で! 構いませんとも。
少し歩きますが、良い店がありますので、是非。
さ、ご案内しましょう。きっと、ご満足頂けます」
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職人街を進んで行くと、少し大きな川が流れ、さらさらと音を立てている。
広い橋が渡っており、向こう側にはまだ職人街が続いている。
ラディの家や、以前にシズクと行った宝飾店は通り過ぎている。
ここまで来たことはなかった。
橋の下には船着き場が見え、何艘も舟がある。
ここで職人達の材料を降ろして運ぶのだろう。
ゴロウは橋の手前の店で足を止め、にこやかな笑みで振り返った。
「さ、皆さん。ここです。ここの軍鶏鍋は絶品でしてね」
『船宿・虎徹』という看板がかかっている。
船宿にしては、小綺麗な店構えだ。
中からわいわいと声が聞こえる。船頭や職人達か。
「船宿?」
船宿は『宿』と名がついてはいるが、宿泊施設ではなく、船の貸出などを行う場所で、軽い弁当などはともかく、飲食が出来る所ではないが・・・
「ここは、この職人街の職人達や船頭の皆が集まる所でしてね。
ちょっとした休憩場所として、酒や飯も出してくれるんですよ。
船宿と言うだけあって、魚も美味い」
「そうだったんですか。この職人街には何度か足を運びましたが、ここまで来たことはなかったので、知りませんでした」
ちょいちょい、とクレールが後ろから服を引っ張る。
(マサヒデ様、外食はちょっと危ないのでは)
(せっかく奢ってくれるっていうのに、断れませんよ)
(でも・・・)
(カオルさんもいますし、大丈夫でしょう)
(うーん)
「どうされました?」
「あ・・・いえ、実はこちらのクレールさん、貴族の出で。最近まで、ずっとホテル暮らしだったんです。こういう店はあまり来たことがなくて」
「ああ、そうでしたか・・・ううむ、お口に合えばよろしいのですが・・・」
「い、いえ、そんな! 最近、町で食べるようになってから、その、美味しい物って、値段とか身分とかに関わらず、美味しいって分かるようになったんです!」
クレールが慌ててぶんぶんを手を振る。
慌てた様子のクレールを見て、ノブタメは微笑みを浮かべる。
「ふふ。そうでしたか。では、きっとお口に合いますよ。お約束します」
にこっと笑って、ノブタメは暖簾をくぐって店に入って行ってしまった。
いらっしゃーい、と声が聞こえる。
「さ、行きましょうか」
マサヒデ、マツ、カオルも店に入って行く。
入って行った4人の背を見て、シズクとクレールは心配そうに、
「ねえ、クレール様、大丈夫かな? 外で食べるの、危なくないかな?
マサちゃん、三浦酒天もだめって言ってたじゃん」
「せっかく奢ってくれるって言ってるのに、断るのも失礼ですし・・・
『毒が盛られてるかも』なんて、尚更言えませんよ。
カオルさんにしっかり見てもらえば・・・」
「うーん・・・じゃあ、行きますか?」
「そうですね・・・」
マサヒデにすっかり騙されているこの2人は、不安を隠しきれない。
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店に入ると、職人や船頭達がわいわいと賑やかに飲み食いしている。
座敷は4人用の席しかなく、女性陣4人と、マサヒデとノブタメの2人。
ノブタメが後ろの女性陣の席に向いて、
「皆様、まずは軍鶏鍋をお試し下さい。足りなければいくらでも追加を。
酒も、何でもお好きな物をご注文ください」
「わあ! さすがゴロウさん、太っ腹ですね!」
マツは喜んでいるが、さすがに「なんでも」となると不安だ。
もしクレールが本気で飲み食いし始めたら・・・
先程までの不安な顔はどこへ行ったのか、クレールもシズクも目を輝かせ、顔を突き合わせて、メニューを開いて覗き込んでいる。
「ゴロウさん、いいんですか?」
「ええ。この店の主人とは、ちょっとした仲で、ツケもききますので」
「いや、申し訳ありません」
「構いませんとも。10人も送って頂き、助かりました」
レイシクランの忍か。
「あれほどの方々がおられれば、数日で終わりましょう。
トミヤス殿にはお気を使って頂いて、本当にありがとうございます」
ぐっとノブタメが頭を下げる。
「おぶ・・・ゴロウさん、頭を上げて下さい」
「トミヤス殿からは、いつも「困った!」という時に、お助けを頂いております。
我らが手助けを請わなければ、巻き込んでしまう事にはなりませんでした」
「いえ。悪党が減るなら安いものです。今回は、多くの悪人共が捕まるはず。
それに私達が少しでもお力添えが出来れば」
「ご厚意、感謝致します」
「では、ゴロウさんおすすめの軍鶏鍋、早速頂きましょう」
「はい。女将! 女将!」
奥から「はーい」と声が聞こえ、女将が小走りに走ってくる。
「いつもの軍鶏鍋と、酒をひとつずつ」
「はーい」
「あ、ちょっと」
「他にもございますか?」
「いえ、私、酒は苦手で。茶で・・・」
「おや。トミヤス殿にも苦手な物がございましたか」
ふふ、とノブタメが笑いを浮かべる。
「いやあ、以前、オオタ様に散々呑まされまして。気を失った事が・・・」
「ぷっ」
「ははははは! オオタ様は呑みますからな!
あれにつきあわされては、仕方ありませんな! ははは!」
女将とノブタメが笑い出す。
「ふふふ、まあ、ひとつだけで構いませんから。
ここの軍鶏鍋は酒と良く合う。まずは酒と合わせて食べて頂きますか」
「ううむ、では・・・」
「こちらの皆様にも、まずは軍鶏鍋と、酒を」
「くす。もう準備出来てますから、すぐ持ってきます」
女将は笑いながら下がっていった。
ノブタメもにやにやしている。
「トミヤス殿は、三浦酒天をご贔屓にされているとか。
あそこはどれも絶品ですが、ここの軍鶏鍋と魚は負けておりませんぞ」
「おお、三浦酒天をご存知でしたか」
「この町に住んでおりますからな。三浦酒天を知らなければ、偽物です」
少し話していると、女将が鍋を運んできた。
「さ、当店自慢の軍鶏鍋ですよ! お試し下さいね!」
2人の前にぐつぐつと煮えた鍋が置かれ、次いで酒も置かれる。
「さ、トミヤス殿。熱いのでお気をつけて」
熱々の鍋には、鶏肉だけではなく、臓物を入っている。
焼き豆腐、ねぎ、春菊。ちらりとゴボウのささがきも見える。
「おお、これは美味そうですね!」
隣の座敷からも「うわあー!」とクレールとシズクの声が上がる。
カオルがすんすん匂いを嗅いで、うん、と頷いている。
「ちと今の季節に鍋は暑いと思いますが、この熱さがいい。
この軍鶏鍋を汗を流しながら急いで食べるのが、夏の快というもので」
「では、さっそく頂きますね」
ノブタメはお猪口に酒を入れ、くいくいとゆっくり呑んでいる。
さっそく肉をすくって椀に入れ、ふうふう吹いてから、口に入れてみる。
「ほ、ほ」
これは熱い。はあ、ふう、と口に息を入れながら、ぐいぐいと噛む。
放り込んだ臓物はちょっと筋張って、中々噛み切れないが、噛むほどに肉の旨味と染み込んだ熱いだし汁が染み出し、口中に広がる。
鍋の熱さ、口に放り込んだ肉と、滲み出したの熱さで、汗が垂れてくる。
「さ、飲み込んだ所でおひとつ」
ノブタメがマサヒデのお猪口に酒を注ぐ。
熱い口を冷やすように酒が染み込むように口に滲んでいき、爽やかな酒の香りが喉から鼻をすっと抜けていく。
「んん、これは美味い!」
「ははは。ご満足頂けたようで何より」
窓の外に釣られた風鈴が鳴り、川の音が聞こえてくる。
風鈴を鳴らして小さく運ばれた川の風が、汗をかいた身体に心地よくあたる。
熱い軍鶏鍋が、この川の上を流れる涼やかな風を引き立たせる。
これが、ノブタメ流の粋な食べ方なのだ。
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