第12話 馬とクレール・2
「さあ、こちらが白百合。これも、カオルさんが捕まえて来たんですよ」
「・・・」
クレールは白百合の顔をじっと見て、貴族のように挨拶をした。
「白百合さん、はじめまして。クレールと申します」
なんだろう。
皆が不思議そうにクレールを見る。
「うふふ・・・そうなんですか? でも、マサヒデ様は素敵ですよ?」
「なんて言ってるんです?」
「うふふ。前にマサヒデ様を乗せたら、ガサツだったって」
「ははは! ガサツですか! そういえば、初めて乗った時は、まだサクマさんに乗馬の訓練を受けてませんでしたね」
マサヒデは白百合に近付いて、ぽんぽん、と首を叩いて、
「すみません。まだ、馬の乗り方を良く知らなかったんです。許して下さい」
と言って、笑顔を向けた。
「ええー!」
クレールが大声を上げて、皆が驚いてクレールを見る。
「どうかしたんですか?」
「・・・ちゃんと礼儀が分かったんなら、嫁になっても良いって」
「あははは!」
シズクが白百合を指差して、大声で笑い出す。
マツとカオルも口を抑えて顔を逸し、笑いをこらえてぷるぷると震える。
「わははは! トミヤス様の第三婦人は白百合ですか!」
馬屋も大声で笑い出す。
「ぷっ・・・マサヒデ様は、馬までたらしてしまうんですね・・・ぷぷぷ」
「ははは。そこまで好いてもらえるなら、本望ですよ」
マサヒデは白百合の首を撫でてやる。
マツも近付いてきて、
「白百合ちゃん。マサヒデ様はもう私とクレールさんがいるから、許してね」
と言って、首を撫でた。
「さあ、次は私の黒嵐ですよ」
皆が黒嵐の前に立つ。
「こんにちは! クレールです!」
じー・・・黒嵐が、じっとクレールを見つめる。
「・・・クレールです・・・」
変な緊張が、厩舎を静かにする。
「はい・・・」
クレールは正座して、黒嵐に固い笑顔を見せている。
「・・・クレールさん、どうしたんですか?」
「ちょっと座れって・・・」
マサヒデに顔を向けず、クレールは小さな声で答える。
厩舎が沈黙する。
他の馬も、物音ひとつ立てない。
しばらくして、クレールが固い笑顔のまま動かないので、マサヒデがそっと黒嵐に近付いてみる。
「黒嵐、クレールさんは私の妻なんです。仲良くしてあげて下さい」
黒嵐はじっとクレールに目を向けたまま、動かない。
「黒嵐、どうした?」
「・・・あの」
ぽつん、と小さな声でクレールが声を出す。
皆がクレールに目を向ける。
「ん?」
「分かってるから、だから、今挨拶してるんだって・・・」
「あ、そうなんですか」
「座れって言ってから、何も、喋ってないんですけど・・・」
「・・・」
じーっ・・・と、威圧感のある目でクレールを見つめる黒嵐。
緊張感に包まれた厩舎。
誰も、声を出さない。
しばらくして、黒嵐がすっと首を下げて、水を飲みだした。
クレールは「ば!」と立ち上がって、
「失礼しました!」
と、90度に頭を下げた。
顔中から汗が出ている。
「ど、どうしたんです!?」
「もう、行って良いってお許しが・・・」
「・・・こえー・・・」
「黒嵐ちゃん、怖い子だったんですね・・・」
「・・・」
「クレール様のあんな顔、初めて見たよ・・・」
「・・・さあ、ファルコンの所に・・・」
静かにファルコンに近付く。
「クレールさん、ファルコンは好き嫌いが激しいから、気を付けて下さいね」
「はい・・・」
クレールはまだ緊張している。
黒嵐がそんなに恐ろしかったか・・・
「こ、こんにちは。クレールです」
「ん?」
ファルコンが鳴かない。大人しいままだ。
マサヒデ達が近付くと、いつも威嚇してくるのだが。
「あ! そうですか? ありがとうございます! えへへ」
頬を赤くして、もじもじするクレール。
「お、ファルコンが気に入ってくれたみたいですね?」
「はい! 私の髪、光って綺麗だって褒めてくれました!」
ん? これはもしかして・・・
アルマダも綺麗な金髪だ。
「ファルコン。私の髪は嫌いなんですか?」
マサヒデが少し離れた所から声を掛ける。
「えー! マサヒデ様の髪は、腐った泥みたいな色だから嫌いだって!
酷い言い方ですね! ファルコン、マサヒデ様は私の夫なんですよ!」
「ああ、やっぱり」
「マサヒデ様、何がやっぱりなんです?」
後ろから、マツが尋ねる。
「ファルコンの好き嫌いは、髪の色なんですね」
「ああ・・・それで、私達とは仲良くしてくれないんですね」
「ほら、ファルコンのたてがみも綺麗だから、きっと自分と同じくらい綺麗な髪だって思わないと、認めてくれないんですよ」
「こだわりがあるんですね」
「私も金髪にしてみようか?」
カオルが髪をつまむ。
「カツラ被ってても分かるぞって言ってますよ」
「む・・・」
ファルコンにはカオルの変装も通じないようだ。
「ふふふ。皆のお話が聞けて良かった。
じゃあ、クレールさん。お許しも出たし、黒影に乗ってみましょうか」
「え!」
「黒影を出してもらえますか?」
「合点です」
馬屋が黒影の馬房を開け、手綱を引いて出て行った。
「うわー! あんな大きな馬に!」
クレールが目を輝かせている。
「さ、行きましょう」
先に庭先に出た馬屋が、手綱を持って立っている。
4人で黒影の横に並ぶ。
「じゃ、カオルさんの顔を立ててって事ですし、カオルさん。お願いします」
こくん、とカオルが頷き、しゃ! と跨る。
「うぇ!? なんですかあの乗り方!?」
「サクマさんに教えてもらったんです。アルマダさんの騎士の方。
熟練の騎士で、馬にはすごく詳しいんですよ」
「へえ・・・」
「さあ。シズクさん、クレールさんを持ち上げてくれますか?」
「うん!」
黒影の横に立って、シズクがひょいとクレールを持ち上げる。
とすん、と静かにカオルの前に乗せ、少し下がる。
黒影の顔が少し後ろを向く。
「うわあ! 高いです! すごいですね!」
「クレール様、歩かせます。足をぐっと挟んで、落ちないようにして下さい」
「はい!」
くい、とカオルが足首を上げると、黒影がゆっくり歩き出した。
「おおー!」
ぽっくりぽっくり歩く黒影。
ゆっくり庭を歩いているだけだが、クレールは大興奮している。
「すごいです! はー!」
しばらく歩かせていると、クレールは黒影の大きな首にゆっくり抱きついて、そっと顔を乗せた。
「んーふふー!」
皆、興奮して大喜びしているクレールを見て、嬉しくなった。
にこにこと笑みを浮かべ、庭を歩く黒影を見つめる。
黒影の顔が、いつもより誇らしげに見える。
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