第11話 馬とクレール・1


 しばらく稽古を続けていると、訓練場の扉が開き、オオタが入ってきた。

 オオタが訓練場に来るのは珍しい。

 マサヒデ達の近くで稽古を眺めている。


「ここまでです」


 と、冒険者の頭に竹刀を置いた所で、オオタが声を掛けてきた。


「トミヤス様!」


 なんだろう。

 オオタは険しい顔をしている。


「すみません。皆さん、一旦休憩にしますね」


「はい!」


 オオタに向かってすたすたと歩いて行く。

 顔が只事ではない事を伝えている。


「おはようございます。何か大事ですか」


「はい。先日の、金貸しの件です」


「む、あれですか・・・」


「奉行所から、当ギルドにも救援をと。しかし、情けない話ですが、当ギルドにいる者では人数が不足しております。カオル殿や、クレール様の忍のお力をお借り出来ないかと・・・」


「む、そういった人ですか」


「はい。お奉行からは、分かっている名前の者に隠密を張り付かせ、何とか一味の全員を引っ張り出し、一網打尽にしたいとのこと。ですが、数が足らず・・・」


「なるほど。潜入して情報を、と・・・私やシズクさんでは無理ですね。

 まずはクレールさんに聞いてみましょうか」


 ちょっと言葉を切って、腕を組む。

 ここでクレールにばれるとまずい。

 目を輝かせて、事件に首を突っ込んでくる。

 クレールの命令で、レイシクランの忍が暴れ回ると大変だ。

 

「オオタ様、奉行所絡みなどと知ったら、きっとクレールさんは目を輝かせて『私も!』って言い出しますよ。レイシクランの忍が大暴れします。隠密の欠片もなくなって、せっかく掴んだ情報も水の泡。一味も消えてしまいます。クレールさんにはお奉行や事件の事は隠して、つまらない潜入の依頼で人員不足と話しましょう」


「む、分かりました」


「クレールさーん! こちらに来てもらえますかー!」


「はーい!」


 たたた、と小走りにクレールが駆けてくる。


「オオタ様、おはようございます!」


「おお、クレール様、おはようございます。稽古中、申し訳ありません。本日はクレール様にお願いが」


「はい! なんでしょう!」


「実は、ある商人に税金の誤魔化しの疑いがありまして・・・潜入捜査の依頼なのですが、まあこんなつまらない依頼、あまり請ける者もおらず、人が集まらんのです。かといって、誤魔化しの額も大きいので、放っておくわけにもいかず・・・期限も迫っておりまして」


「はあ・・・税金の誤魔化しですか。確かにつまんないですねえ。それで、やってくれる人がいないんですね」


「ええ。しかし、放ってもおけませんし。潜入といった仕事ですので、クレール様の所の忍のお力を借りられればと・・・依頼料はきちんとお支払いしますので」


「何人出せば足りますか? 10人もいれば足りますか?」


「10人もお貸し頂けるのですか!?」


「ええ。ホテルにいる者を一部送りましょう」


「ありがとうございます! 恩に着ますぞ!」


「うふふ、今度、ジャンボ肉奢って下さいね」


「もちろんですとも!」


「昼までにはこちらに着くと思いますので、オオタ様、指示をお願いしますね」


「クレール様、本当に感謝致しますぞ。忍の皆様には、つまらない仕事で申し訳ありません、と、お詫びを伝えておいて下さいますか」


「いいんです! オオタ様にはお世話になってますから!」


「オオタ様、良かったですね。クレールさんも、ありがとうございます」


「えへへ」


「では、稽古に戻りますね」


「お邪魔をして申し訳ありませんでした」


 オオタは深く頭を下げ、訓練場を出て行った。



----------



 オリネオ奉行所、昼過ぎ。


 ノブタメは、殴り書きの覚書を広げ、顎に手を当てて、じっと考えている。

 何とか一網打尽にせねば・・・

 情報が足りない。決定打が足りない。

 

 縁側に猫が音もなく歩いてきて、ごろんと丸まった。


「お奉行様」


 は! としてノブタメが声の方を見ると、猫が丸まっている。

 誰もいない。

 根を詰め過ぎたのか。

 再び、覚書に顔を向ける。


「オオタ様の命を請け、参りました」


「!?」


 猫が喋っている!?

 くはぁ~・・・と猫があくびをして、また丸まる。

 

「我らレイシクランの忍、この件が片付くまで、お奉行様の命で動きます」


 レイシクランの忍!?

 名こそ知られているが、その姿は誰も見た事がない。

 ただのおとぎ話かと思っていたが・・・


 トミヤス殿の第二婦人は、レイシクランの娘、クレールだったはず。

 また、トミヤス殿が気を回してくれたのだ。


「むう・・・何名、来られましたか」


「10名でございます」


「何と!? 名だたるレイシクランの忍が10名も!?

 ううむ、お力添え、感謝致します。

 では・・・まず、こちらを御覧下さい」


 ノブタメは名前が連なったメモを取り、猫に向けてそっと差し出した。


「オオタ殿から、事件についてはお聞きで」


「は」


「では・・・」


 ノブタメは名前をひとつづつ指差し、


「あなた方には、これらに1名ずつ張り付いて頂けますか。この件に関しての情報が欲しい。何としても、一味を一網打尽にしたい。この覚書に載っていない者もいるはず。しかと証を揃え、全員捕らえねば、この件、片付きません」


「殺しの下手人はいかがされますか」


「一味を捕らえた後。

 暗殺者が捕らえられた、始末されたとなれば、我らの動きが悟られましょう。

 おそらく金で雇われた者、例え捕らえた所で、大した事は聞き出せません」


「承知。ではこれより任に就きます」


 猫が起き上がり、ゆっくりと庭を横切り、庭木の陰に消えていった。


「あれが、レイシクランの忍か・・・」


 目の前から声が聞こえるのに、姿も見えず、気配も感じない。

 鬼と呼ばれるノブタメの背を、冷たい汗が流れる。



----------



 マサヒデ達一行を、馬屋が出迎える。


「これはトミヤス様。いつもありがとうございます。今日はまた賑やかですな」


「こんにちは。マツさんとシズクさんはご存知ですよね」


「ええ、前にこちらに来て頂きまして」


「こちら、クレールさん。私の妻です」


「こんにちは! クレールです!」


 ぺこ、とクレールが頭を下げる。


「え!? トミヤス様、マツ様は・・・」


「私は第二夫人です!」


「ええ!? トミヤス様、奥方が2人おりましたんで!?」


 馬屋がびっくりしてクレールとマツをきょろきょろと見る。

 皆がその顔を見て、くす、と笑いを漏らす。


「はい。そして、このクレールさんが、昨日お話した、馬の話が分かる人です」


「なんですって!? こちらが・・・」


「はい! 私は馬の声が分かります!」


「へえ・・・」


 馬屋はまた驚いて、クレールを見つめる。


「いや、魔族の方で馬の話が分かるってんで、てっきり馬みてえな顔した方かと思ってましたが、また別嬪さんじゃないですか。さすがトミヤス様の奥方だ」


「別嬪さんだなんて、照れちゃいますよ」


 クレールは頬を染めて、下を向いてしまった。


「ふふふ。さあ、厩舎に行ってみましょう。皆の声を聞いてみませんか」


「はい!」


「白百合はなんて言ってるんですかね」


「私も馬と喋ってみたいなあ」


 ぞろぞろと厩舎に向かうと、クレールが入り口で驚いて足を止める。


「うわあー! すごい! 馬がいっぱい!」


「へへへ、奥方、厩舎は初めてで?」


「はい。実家にもあったんですけど、遠くて行ったことがないんです」


 実家にあった。遠くて行ったことがない。

 クレールの屋敷の広さは一体・・・


「ご実家にあったんですか?」


「はい。ちょっと歩いて行くには遠くて」


「・・・さいですか・・・」


 マサヒデがそっとクレールの背に手を当て、黒影の前に立たせる。


「これが、カオルさんの黒影です」


「うわあ・・・大きいですね・・・」


 ぶるる、と低い声を出す黒影。


「はじめまして! 私はクレールです!」


「挨拶してるんですか?」


「はい。はじめましてって言ってます」


「へえ・・・」


「大きいですねえ! すごいです! かっこいいです!」


「ふふふ。そうでしょう?」


「マサヒデ様。黒影が『でっかくてかっこいいだろ』って言ってるんですよ」


「あ、そうなんですか」


 ふしゅー、と黒影が鼻を鳴らす。


「私も乗せてくれますか? ・・・え! 本当ですか!?

 ・・・え・・・ええっと、それはだめです・・・」


「なんですって?」


「乗せてやるけど、代わりに目玉を交換してくれって・・・」


「え!?」


 皆が「ええ!?」という顔で黒影を見上げる。


「赤くて綺麗だから、交換したら乗せてやるって・・・」


「・・・」


「クレール様、さすがに目玉は、無理だねえ・・・」


「ですねえ・・・」


 黒影の目がクレールの顔をじっと見つめる。


「黒影」


 す、とカオルが近寄って、首を撫でる。


「この人は私の友達だから、乗せてあげて」


「・・・ええ! 本当に!? カオルさん、ありがとうございます!

 カオルさんの顔を立てて、乗せてやるって!」


「ねえねえ! クレール様、黒影なら、私も乗れるかな!?」


 うきうきした顔で、黒影に近付くシズク。

 じっと黒影を見ていたクレールが、そっと下を向き、吹き出した。


「ぷ、ぷぷ・・・背骨が折れちゃうから、勘弁してくれって・・・あははは!」


「足じゃなくて背骨かよー!」


 厩舎に笑い声が響く。

 馬達も皆、楽しそうだ。

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