第10話 足りない助っ人
翌朝、オリネオ奉行所。
顔を突き合わせる、ノブタメとハチ。
「ハチ、朝早くからすまんな。ちと、急ぎの報せが来てな」
「は」
「まず、これを見てくれ」
ノブタメは、懐から昨晩受け取った覚書を差し出す。
目を通した瞬間、ハチは「がば!」と顔を上げる。
「タニガワ様! これは!?」
厳しい顔で、ノブタメが頷く。
「うむ。あの金貸しも殺されるわけよ。よくもこんな危ない橋を渡ったものだ。
これは金貸しの家から見つかった。昨晩、トミヤス殿が届けてくれてな」
「金貸しの? しかし、我らが固めて・・・」
「これは、トミヤス殿からのご忠告でもある。
我らが固めておっても、腕の立つ者であれば、簡単に忍び込める・・・とな。
下手人は腕利きと分かっておる。既に仏の家に忍んでおるやもしれぬぞ。
先に見つけてもらって、本当に助かったわ」
「ううむ・・・」
「それはまだ書きかけよ。そこに書いてある者以外にも、一味はおろう。
全員を一網打尽にせねば、この件、片付かぬ」
ぱらりとハチが覚書をめくる。
「場所・・・がありませんね。他にも、まだ不明な所が多くあるようです」
「それだ。その『場所』がなんの場所なのかが分からぬ。
隠し場所か、畑か、精製所か、はたまた会合の場所か・・・」
「会合・・・もし、会合の場所が分かれば、一網打尽に出来ますね」
「だが、それも確たる証拠がなければ、縄にすることが出来ん。
打ち合わせですとでも言われれば、彼奴らを捕らえる事は叶わぬ」
「む・・・確かに・・・」
「だが、これで一味の者が多く分かった。隠密を張り付かせるのだ。
これだけ分かっておれば、必ずどこかでボロが出る」
「は」
「それと、金貸しの家はまだ固めておけ。報告書も探すのだ。期待は出来ぬが、他にも何か出るかもしれん。重要な情報は既にここにあるが、まだ何も見つかっておらぬ、と彼奴らめに見せつけるのよ。時を稼ぎ、あの暗殺者をここに留めておくのだ。その間に張り付かせた隠密から、何か掴む。これしかない」
ノブタメは懐から煙管を取り出し、葉を詰める。
火を点け、ゆっくりと紫煙をくゆらせる。
ハチは覚書をもう一度見返し、ゆっくりとめくる。
「しかし、タニガワ様。これだけとなると、ちと人手が・・・」
「うむ・・・それだがな。オオタ殿に手助けを求めようと考えておる」
「冒険者ですか」
「ちと金はかかるが、出来る限り腕利きの者を回して頂こう。オオタ殿も正義感の強い方であるし、トミヤス殿ともマツ様とも厚く親交のある方。きっとご助力して頂けよう」
「なるほど。良いお考えです」
ノブタメは懐から手紙を取り出し、ハチに手渡した。
「よし、この文をオオタ殿に届けよ。お返事も頂いてこい。『呑み仲間のゴロウから』と言えば、オオタ殿には通じる。お前が行くなよ。下っ引きに届けさせろ。奉行所の者が冒険者ギルドに入ったと見れば、彼奴らに何かある、と、悟られる」
「は」
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冒険者ギルド、執務室。
重なった書類を、一枚一枚、素早く丁寧に処理をしていくオオタ。
「全く・・・こいつは一体何を考えておるのだ・・・」
書類を読んで、ぶつぶつ文句を言いながら仕事をしていると、とんとん、とドアがノックされた。
「入れ!」
静かにドアが開かれ、メイドが手紙を持ってきた。
「オオタ様、こちら『呑み仲間のゴロウ』様から」
「おお、ゴロウさんか」
「お返事を頂きたいとの事で、使いの方がお待ちしております」
「また軍鶏鍋の誘いかな。まったく、朝から・・・」
にやにやしながら封を開け、手紙を取り出す。
読み進めるうちに、オオタの顔が険しくなる。
「ふうん・・・なるほどな。使いが、返事を待っていると」
「はい」
「よし。返事を書くまで、少し時間がかかる。
使いの方には茶でも出しておいて、待っていてもらえ」
「はい」
「おっと、使いに茶を出す前に、まずマツモトにここに来いと伝えろ。行け」
「はい」
メイドは静かにドアを閉め、下がって行った。
眉を寄せて、背もたれにもたれかかり、顎に手を当てるオオタ。
危険な仕事だが、これは引き受けねば。
問題は、手伝いに行かせられる者がいるか。
「失礼します。マツモトです」
「む、入れ」
マツモトがドアを開けると、険しい顔をしたオオタが手紙を見ている。
「何か危急の報せですか」
「うむ。お前も読め。急ぎの仕事だ。それも大きな・・・」
オオタから渡された手紙を読み、マツモトも顔を険しくする。
「・・・これは大きな・・・お引き受けされますね」
「当然だ。だが、問題がひとつ」
「出向させる人員ですね」
「うむ。中途半端な者は送れん。盗賊職でA以上。空いている者は、何人いる」
「3人です」
「全然足らんな・・・10人は必要だと思うが、お前はどう思う」
「私もA以上が最低10人は必要だと思います」
「カオル殿をお借り出来ても4人・・・A以上ですぐ帰ってくる者はいるか?」
「1人、明日帰着予定の者が」
「5人・・・やっと半分か」
「クレール様から、レイシクランの忍をお借り出来ましょうか?
とりあえず、聞くだけでも聞いてみては」
「うむ・・・しかし、クレール様の身辺警護の者だからな・・・
借りられるとしても、そう人数は期待できん。2、3人が良い所か。
ううむ、足りんな・・・」
「とりあえず、空いている3人に今すぐ話を通し、向かわせましょう」
「依頼料ははずめよ。今回は特に危険な仕事だ。倍額で構わん。内容次第でボーナスも弾むとな。不足分はワシの財布から出す。いくらかかってもこの仕事を請けさせろ。Bも送るか。少しは助けになるかもしれん。Bランクの者は今何人いる」
「6人です」
「Bが6人か! くそ、足りん! 足りんな・・・!
うぬ・・・まず、送れる者は送るか・・・
今すぐ全員に話をつけ、目立たぬよう、気を付けて奉行所に向かわせろ。
以降はお奉行の指示を仰ぐように、と」
「はい」
マツモトは立ち上がり、部屋を出て行った。
「くそ・・・足りん! このヘッポコギルドめが・・・!」
オオタは歯を噛みしめる。
このギルドの質がもう少し高ければ!
少し頭を抱えた後、オオタはペンを取ってノブタメへの返書を書き始めた。
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訓練場。
いつも通り、竹刀を持って、皆の前に立つマサヒデ。
シズクとクレールもいる。
「では、稽古を初めます。今日は我々3人いますから、連携で戦う練習をしましょうか。5人以内でお願いします。勇者祭だと思って。誰と組んでも構いません。1人でも構いません。あぶれてしまったら、6人、7人の組でも構いませんよ」
ぞろぞろと、冒険者達がパーティーを作り出す。
冒険者の1人が手を挙げる。
「トミヤス様、弓を持ってきても構いませんか?」
「もちろんです。銃でも何でも構いません。
あ、流れ矢、流れ弾に注意して下さいね。他の方々に当たったら大変です」
数人が準備室へ向かっていく。
マサヒデはシズクとクレールに向いて、
「1対1なら簡単に勝てる相手でも、連携次第では手強くなりますよ。
私とシズクさんが前に。クレールさんは後ろから、上手く補助して下さい。
今回は、特にクレールさんの補助が大事です」
「はい!」
「シズクさんも、必ずクレールさんを守りながら戦って下さい。後ろがいるかいないで、すごい戦力差がつきます。皆さん、本来は組んで戦うのが得意なんです。クレールさんがやられたら、負ける可能性もありますよ」
「任せてよ!」
こくん、とマサヒデが頷き、前にマサヒデ、斜め後ろにシズク、離れてクレール。
「うん、この形で行きましょう。横を取られると簡単にクレールさんがやられますね。クレールさんは、弓矢は水で逸らせるでしょうが、銃は土の壁とかじゃないといけませんから、気を付けて下さいね。訓練用の弾でも、当たると痛いですよ」
「はい!」
冒険者達の準備も終わったか、パーティーごとにまとまって座っている。
「では、始めましょう。最初の組は?」
「我々が!」
剣1、槍2、弓1。
陣を敷く。
おや。槍2人が前、剣が後ろ・・・
得物の長さから、剣が前かと思ったが、どういった連携か?
礼をして、
「それでは、いきますよ」
開始の合図の瞬間、相手の回りに風がぶわっと巻いて、砂が巻き上がる。
完全に視界を奪ってしまったが、マサヒデ達からも見えない。
マサヒデとシズクは駆けて行く。
「うわ!」
と声がした時、さー、と砂が吹いて視界が開く。
後ろでさっと弓が構えられた所に、ぽん、と水球が浮く。
ぱん! ぱん! と前の槍2人が叩かれ、倒れる。
剣が前に出てくる。
後ろで、弓が座って足を狙っている。
ぱしゃん、と弓使いの頭に水が落ち、驚いた弓使いが「あっ」と狙いを外して弓を放つ。
シズクが「ははは!」と笑いながら剣士を横に吹き飛ばし、マサヒデが弓使いの頭に竹刀をとん、と置く。
「はい。ここまでです」
(やはり実戦形式は違う!)
1対1とは大きく違う。
周りから見れば簡単に倒せたようだが、マサヒデは大きな手応えを感じている。
やはり、冒険者はこうして連携して戦うのが本業なのだ。
こういう連携を高める稽古が、彼らにもマサヒデ達にも重要だ。
マサヒデ達はまだ連携の訓練をしていない。まだ個で戦う部分が強い。
これで、大きくマサヒデ達も成長するはずだ。
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