第9話 縁側
頭を抱え込んで覚書の扱いを考えていると、女性陣が帰ってきた。
「只今戻りましたー!」
クレールの元気な声が響く。
ぞろぞろと、湯上がりでほっこりした女性4人が上がってくる。
「おかえりなさい」
にっこり笑って、皆を迎える。
「よーいこらしょっとー!」
ごろりとシズクが転がり、マツがゆっくりマサヒデの隣に座る。
「んふふー」
反対側にクレールもにやにやしながら座る。
カオルが冷たい水を持ってきて、皆の前に並べてくれる。
月を眺めながら考える。
さて、この覚書はどうしたものか。
マツとカオルに相談してみるか・・・
シズクもクレールも「全員始末!」で終わらせそうだ。
だが、この件は、それでは終わらない。
カオルの出してくれた水をぐいっと一気に飲み、
「ふうー・・・マツさん。カオルさん。少し話があります。執務室へ。
クレールさん、すぐ戻りますからね」
「はい!」
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執務室に入ると、マツがぽっと魔術で行灯に火を灯す。
先程までにこにこしていたマサヒデの顔が険しくなり、マツとカオルも緊張した面持ちで、これは只事ではない、と背を正す。
「お二人供、まずこちらを見て下さい」
懐から、レイシクランの忍から預かった覚書を差し出す。
すぐに2人の顔も険しくなる。
「マサヒデ様、これは・・・」
「ええ。あの金貸しの家から、レイシクランの方が探してきてくれました」
「ご主人様、始末しに?」
忍は皆こうなのか?
「カオルさん、それはまずい。まだそれは書きかけ。他にもいるかもしれない。
ここに書いてある全員を始末した所で、別の関係者が1人でもいたら変わらない。むしろ危険になる。拐かすにも、時が悪い」
なんで? という顔で、マツがぱさりと覚書をめくる。
「お奉行様に渡せば良いではありませんか」
「これは危険すぎませんか。お奉行様の命も狙われますよ」
「お奉行様も、凄腕の殺し屋が出てきて、それが財務省あたりの忍を殺したって事はもう掴んでおられましょう。じゃあこういう物が出てくるだろう、とは、とっくにお分かりかと思いますが?」
「む・・・言われてみれば、確かにそうだ・・・」
マツの言う通り。
奉行所も、危険な相手だとは分かっていて、調べをしているのだ・・・
マサヒデの心配は、ただの余計なお世話だったか。
「じゃあ、明日にでも届けに行きましょうか? 皆で馬屋に行く時に『お奉行様ー』って奉行所に行くのは、さすがに目立ちますかね」
「奥方様、今すぐ参りましょう。少しでも早い方が良いかと」
「む・・・カオルさん、あの殺し屋か忍は、まだこの町にいます。こういったものを探しているはずです。忍も暗殺出来る、超一流の腕です。お気を付けて」
「は」
「あ、カオルさん」
「奥方様、なにか」
「忍でしたら、同心や与力などに化けているかもしれませんよ。
必ず、お奉行様に、直にお渡しして下さいね」
「は」
さすがにマツは頭が回る。相談して良かった。
カオルはすー、と襖を閉じ、去って行った。
「じゃあ、カオルさんには悪いですけど、皆で涼みましょうか。
お届け物でしたら、すぐ戻りましょうし」
「そうですね」
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タニガワ家、役宅。
縁側で蚊遣を焚きながら、うちわをゆっくりと扇ぐノブタメ。
「今日はな、あのトミヤス殿に会った」
「え! あの300人抜きのトミヤス殿ですか?」
「そうだ。歳はまだ16だそうだが、まあ、あれは人が出来ておるな。良い御仁とお見受けした」
「16? トミヤス殿って、そんなにお若かったんですね」
「うむ。見た目も涼やかでな。とても300人もの猛者を倒すような男には見えなかったが・・・」
「なにか?」
「いやあ、これがすごい馬に乗っておってな。馬を見せてもらおうと厩舎に入ったら、驚いてしまった。ふふふ。口を開けて、立ちっぱなしになってしまったぞ」
「そんなにすごい馬に?」
「おお、それはすごいぞ。あの艶のある立ち姿、お前も見たら一目惚れしてしまうかもしれんな。ははは」
ちら、とノブタメの目が庭の隅に向く。
「うむ、そうだな・・・今夜は、も少し呑みたいな。
お前も一緒に呑もうではないか。何か肴も頼むぞ」
「はい。承知しました」
ノブタメが1人になると、庭に1人の男が降り立った。カオルである。
ふふ、とノブタメのいたずら心が湧き上がる。
ハチには言うなと注意したが、思わずにやついてしまう。
「や、あの大きな馬には驚きましたぞ」
「!」
「黒影、美しい名ですな」
「看破されて・・・おりましたか」
「まあ、職業病のようなもので、ご勘弁下され。して、トミヤス殿から何か」
「こちらを。金貸しの家から見つかりました」
「金貸しの・・・」
金貸しの家、と聞いて、ノブタメの顔から笑いが消える。
カオルは懐から覚書を取り出し、ノブタメに渡した。
さらりと目を通し、ノブタメは厳しい顔を上げた。
「なるほど。殺されるわけだ・・・うむ、助かります。トミヤス殿には、まことご迷惑を。この通り、タニガワが頭を下げて礼を申しておったとお伝え下さい」
ぐ、とノブタメが頭を下げる。
「は。主人より『余計なお世話かも知れませぬが、下手人もそれを探している。必ず、まだこの町に潜伏している。タニガワ様にもしかとお気を付けを』と」
「お心遣い、感謝致します。片付きましたら、是非お礼を」
「では」
すーっとカオルの姿が闇に消えた。
ノブタメは懐に覚書を入れた。
「さて、これほどの相手、手早く捕らえられるか・・・いや、捕らえねばな」
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「えへへ」
「うふふ」
マサヒデは両側から、マツとクレールに挟まれて、縁側で月を眺めていた。
ふん、とシズクがたまに鼻を鳴らし、ごろんと転がる。
(どうなるか・・・あの名、誰か分からんが、阿片を扱う者。大物に違いない)
くい、とクレールが擦り付けていた顔を上げる。
「マサヒデ様、大きい馬って聞きましたけど、どのくらい大きいんですか?」
「ううん、そうですね・・・クレールさんの頭を丸かじり出来るくらいです」
「ええー!?」
「うふふ。そんな事しませんよ。みんな、綺麗で優しい目をしてます。みんな優しい子ですよ」
「うう、ちょっと怖いです・・・」
「大丈夫ですよ。あ、でも黒影には驚いてしまうかも。すごく大きいですから」
「『でっけえ!』なんて言わないで下さいよ? もしかして気にしてるかもしれないんですから。ははは!」
後ろから、べたべたした3人に我慢出来なくなったのか、シズクが声を掛けてきた。
「ねえー。もしかして、私忘れられてない?」
「そんなことないですよ。ねえ? 二人共」
「当たり前じゃないですか」
「そうですよ。見せつけてるだけです」
「ははは! 見せつけてますか!」
「ふーん・・・」
「あ」
「どうされました?」
マツがカオルを忘れて、べったり張り付いていたことを思い出す。
「ふふふ、思い出しましたよ。たしか、クレールさんとレストランで食事した日」
「あの日・・・何かあったんですか?」
「マツさん、私の背中にぺったりくっついて『クレールさんが来るまでは私だけの』って。すぐ後ろにカオルさんがいたのに、すっかり忘れちゃって。ふふふ」
「うっ」
「カオルさんも、あまりマツさんがべたべたしてるもんだから『私なんか忘れられてるんじゃないか』って。ははは! あの時のマツさんの顔と言ったら」
「背中ですか?」
「ええ」
クレールはマサヒデの背中に回り、そっと両手を当て、顔を乗せる。
「マサヒデ様の背中・・・あの、マサヒデ様の背中を思い出します。あなたの名前を聞かせて下さいって・・・素敵でした。涙が出ました・・・」
真実を知っているマツが、くす、と笑う。
「レストランで、名乗れた時・・・嬉しくて・・・」
「シズクさん、聞いて下さいな。マサヒデ様ったら、クレールさんを抱きしめて『顔を見せて。やはりあなたの瞳は綺麗だ。輝いている』なんて恥ずかしい事をさらっと言うんですよ」
クレールの顔が赤くなる。
「ええー!? マサちゃん、そんな事言ったの!?」
「そうなんです。マサヒデ様、女たらしでしょう?」
「だねー! ひゅー! マサちゃん、やるねえ!」
「でも、私は嬉しかったです!」
「もう、マツさん、やめて下さいよ。私は思った事を正直に言っただけです」
「ほら、シズクさん、聞きました? 思った事を正直に、ですって。マサヒデ様ったら、いつも女をたらすことだけ考えてるんですよ」
「あ! 私にも言ったね! シズクって綺麗な名前だって!」
「ええー! マサヒデ様、シズクさんまで!? でも、シズクさんは第三婦人で我慢して下さいね!」
「ははは! じゃあ第三婦人になるよ! 救世主の婦人になれるなら、第百婦人でもいいよ! あははは!」
ごろごろと笑いながら転がるシズク。
「うふふ、マサヒデ様。第三婦人は誰ですか? カオルさん? ラディさん? シズクさん?」
真剣な顔で、腕を組むマサヒデ。
「うむ・・・それなんですがね・・・皆さん、魅力的ですからね・・・中々決まらなくて・・・マツさんはどう思いますか?」
「ええ!?」「本当なんですか!?」「まじで!?」
「ぷー! 冗談ですよ! ははは!」
皆が笑い転げる中、すーっとカオルが入ってきた。
「戻りました」
マサヒデの顔が変わる。
「む・・・カオルさん、おかえりなさい。何か、お言伝でもありますか」
「頭を下げて、お礼を申しておりました」
「そうですか・・・遅くに、ありがとうございました」
「何なの? マサちゃんもカオルも難しい顔して」
マサヒデの顔が笑顔に戻る。
「ええ。次の妻の候補に、使いを頼んだんです」
「ええ!? クレール様が来たばっかじゃないか!?」
「まだ、かも? の段階ですよ」
くす、とマツが笑う。
「マサヒデ様!? 本当なんですか!?」
クレールが「がば!」と背中から立ち上がる。
「あははは! 冗談ですよ! ちょっとお使いを頼んだだけです」
「もう! 驚かせないで下さい!」
「ははは! クレールさんも嫉妬深いですね! マツさんと良い勝負だ!」
「ふん!」
「私はそんなに嫉妬深くありませんよ」
「何を言ってるんです。クレールさんを迎える時だって・・・」
笑いに包まれて、夜が更けていく。
このまま、何事もなく事件が解決すれば・・・
皆が笑う中、ちらりとマサヒデの心に不安がよぎる。
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