第8話 覚書
狸汁と酒に舌鼓を打つ、ノブタメとハチ。
「ま、食いながら聞いてくれ。さっきの簡単な事よ。
仏の見つかった場所と、仏の家を思い出してみよ」
「仏の家・・・?」
「仏が見つかった場所、呑んだ後の帰り道か?」
「は!」
ころん、とハチの手から箸が落ちる。
あ、とハチは慌てて箸を拾う。
「な、簡単なことであったろう。ここから色々と分かってくるのだが・・・
さて、仏が倒れていた通りよ。先には?」
「ブリ=サンクしかない・・・」
「そうだ。仏はブリ=サンクの方へ向かって歩いていた。
だが、安酒を呑んで、酔っ払ってから行く場所か?
呑むなら、ブリ=サンクで呑むであろう。仏はそれだけの金は持っておる」
「しかし、酒の匂いはしました」
「おそらく、酔ったふりで、何かを聞き出そうとしたのだ。
何かを知り、その何かを掘り出そうとした。
酒は、服にでも染み込ませていたのであろう。
酒臭い息を出す為、酒でうがいでもしていたかもな。
赤い顔など、軽く顔をこすれば作れる」
「そうか・・・それで酒の匂いが・・・」
「もちろん、そのような話、屋台でするとは思えん。
屋台の親父に聞かれてしまうし、いつ誰が入ってくるかも分からん。
通りには人も歩いている。となると・・・」
「飲み食いする店ではない。店ではなく、町家かも・・・あの通りのどこか」
「うむ。で、あの通りのどこかで、誰かに会おうと向かっていたか、会った後か。
これは、仏が歩いていた方向で分かる」
「ブリ=サンクの方へ向かって歩いていた・・・」
「となれば、誰かと会いに・・・という事になる。会った後ではない。
つまり、あの金貸しはおびき出されたのよ。
その会おうとした誰かなど、約束した場所には来ていなかったろう」
「ううむ・・・しかし、これでは手詰まりです」
「うむ。この方向からはな。仏に家族はいたか?」
「いえ。天涯孤独で。下働きの婆さんが、掃除、洗濯、飯をってくらいです」
「で、あろうな・・・家は抑えてあるな?」
「はい。家族もおらぬ為、財産没収の為にと抑えてあります」
「帳簿、手紙、書類などは、もう調べてあるな」
「はい。特に怪しい物は」
「財務省の忍だ。必ず、どこかに報告書がある。床下から天井、庭まで、隈なく探すのだ。隠し扉、隠し棚など、そんな単純な隠し場所ではよもあるまい。戸板が重ねてあったり、畳に薄く切れ目があって、その隙間・・・そういった、まず見つからぬような場所に隠しておろう。サガミやゴロウ、元盗賊の者を総動員し、何としても探し出すのだ」
「はい」
「家中を壊して探すような派手な真似はするなよ。あくまで、財産没収や念の為に事件性の有無を調べる、といった体で探すのだ。下働きの婆さんにも、ねちこく聴き込むような真似をするなよ」
「はい」
「いいか、殺しの下手人は忍を暗殺出来る程の者、怖ろしい凄腕だ。くれぐれも、感づかれないように気を付けろ。感づかれたら、俺もお前も皆お陀仏かもしれん」
「はい」
「ふふふ。では、固い話はここまでだ。狸汁を楽しむとしようか」
「では、頂きます」
ノブタメは、真面目な顔からにこやかな笑顔になり、酒を注ぐ。
く、とほんの少しだけ酒を含み、狸汁を美味そうに口に放り込む。
「おお、忍で思い出した。トミヤス殿な、なんと忍を飼っておるぞ」
「え!?」
いたずらっぽく笑いながら、驚くハチの顔を楽しそうに覗く。
「馬を見に行った時のあの供の者よ。
ふふ、山のように大きな馬を連れておって、それも女でな。
まさか女があのような大きな馬に、と驚いたが・・・あの女、忍だ」
「では、もしかして」
「そうだ。あの得物を教えてくれたのは、トミヤス殿の忍だった、というわけだ」
「そうだったのか・・・」
「ふふふ、知らぬふりをしておけよ? 忍と看破されたとあれば、あの忍も良い気分はしまい。それで『その道の専門家』などと言うて、変装してきたのよ。
確か、奥方はマツ様であったな。トミヤス殿の、というより、マツ様の忍であろう。もしやして、あの試合の最終日に戦った忍・・・も、あるやもしれぬな」
「え!? マツ様というと、あの!?」
「そうよ。ハチよ、まさか知らんかったのか?」
「知りませんでした・・・」
「ハチよ、同心失格だぞ。片付いたら、ちゃんと手土産を持って挨拶に行って来い。
ふふふ、マツ様を怒らせるなよ? この町が吹き飛ばされんようにな」
さー・・・とハチの酔いが一気に覚め、口の中の味がなくなる。
「わーっはっは! 怖ろしい話ばかり耳にしようが、マツ様は寛大なお方よ。
たとえ怒っても、この町を吹き飛ばすような事はせん! はっはっは!」
ハチの驚く顔を見て、笑いながら狸汁を食べるノブタメ。
やはり、火付盗賊改『鬼のノブタメ』の目は伊達ではなかった。
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時は戻って、夕刻。
からからから。
「只今戻りました」
「おかえりなさいませ」
マツが手を付いてマサヒデを迎える。
足をはたいて、土間に上がる。
「皆さんは?」
「ええ、クレールさんも、もうお戻りですよ。何もありませんでした」
「こちらもです。まあ、まず手を出すようなこともないでしょうしね」
すたすたと居間に上がる。
遅れて、マツも入ってくる。
「やあ。只今戻りました。心配をかけてしまいましたか」
「マサヒデ様・・・」
「マサちゃん・・・」
ほっとした顔で、クレールとシズクがマサヒデを迎える。
マサヒデは部屋を通り抜け、縁側に座り、2人に向く。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「で、もう終わったのかい」
「いえ。今日は来ませんでした」
「そう・・・」
「・・・」
少しして、カオルが茶を持ってきた。
「あ、カオルも帰ったの」
「ええ。買い物の帰りにちょうど会いましてね。一緒に帰ってきました」
4人の前に、茶が差し出される。
カオルも自分の湯呑に茶を淹れる。
5人はゆっくりと茶を啜る。
「ふう、人心地つきました。ところで、クレールさん」
「はい」
「肖像画の方はもう終わりました?」
「はい。あとは出来上がりを待つだけです」
「そうですか。では、クレールさん。明日、稽古が終わって、昼餉を食べたら、馬屋に行きませんか?」
「え! 馬ですか!?」
クレールの瞳が輝き出す。
「はい。私達が捕まえてきた馬を、一緒に見に行きましょう」
「ええー! いいんですか!?」
「私との外出は、ちょっと危険かもしれませんけど・・・
皆で行けば、さすがに手を出してはこないでしょう。
というわけで、マツさんも、カオルさんも、シズクさんも。皆で行きましょう」
「いいの!?」
がば! とシズクが身体を起こす。
「本当ですか!?」
わあ、と言った感じで、マツも目を輝かせる。
この家の面々は皆、馬が大好きだ。
「マツさんも、仕事を急いで片付けて下さいね」
「もちろんです!」
「カオルさんも良いですよね?」
「はい」
「良し。では、明日は皆で馬を見に行きましょう。
マツさんの仕事が片付き次第、出発です。
クレールさん、馬の話、楽しみにしてますよ」
「はい!」
皆で行けば怖くない。
我ながら、良い言い訳が思い付いたものだ。
皆の輝くような笑顔を見ながら、マサヒデも笑みが溢れた。
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夕餉が済み、皆でギルドの湯に行った後。
女性陣はまだ帰らず、マサヒデは1人、縁側で涼んでいた。
「マサヒデ様」
「ん」
レイシクランの忍だ。
「こちらを」
すーっと床下から数枚の紙が差し出される。殴り書きされた覚書。
受け取って、軽く読んで、すぐに「は!」っとした。
厳しい顔で、眉根が寄せられる。
「これは、あの金貸しのですね」
「は」
『芥子』。阿片だ。
この辺りでそういった話は聞かない。
おそらく、この近辺に畑とか精製所などがあるのだ。
そして、首都や大きな都市、貴族へ流れ、高く売られる。
あの金貸しはこれを探っていたのだ。
人の名前がいくつも書いてある。関係者か。
場所、と書いてあり、『???』になっている。
芥子畑とか、精製するような場所か?
ぱらりとめくると、他にも『~~?』と書かれた部分がいくつもある。
確たる証拠が掴めておらず、報告が出来なかったのだ。
報告まであと少し・・・忍とバレて、始末された。
「金貸しの家でこれを?」
「は」
「これを見つけたということは、どちらにもバレてませんね?」
「は」
奉行所も下手人も、きっと、血眼になってこれを探しているはず・・・
金貸しの家は奉行所に固められているだろうが、このレイシクランの忍も潜り込んで探してきたのだ。腕利きの忍であれば、潜り込む事は出来るのだ。
直にノブタメに届けても良いが、これは危険な覚書だ。
持っていると分かれば、ノブタメの命も必ず狙われる。
当然、下手人に渡してしまうわけにもいかない。
かといって、マサヒデが持っていても意味はない。大きすぎる。
これはマサヒデ達の手で解決出来る事件ではない。
では、直に財務省に届けるか。
確たる証拠がなく報せられなかったのだ。
今のまま届けても、財務省も動けまい。
国王に届けても同じだろう。
マツに頼んで、魔王に届けてもらうか。
いや、いくら魔王とはいえ、他国の政に口を出せまい・・・
「ううむ・・・これをお奉行様に届けても、お奉行様が危険でしょうね」
「我らでその名前の者らを始末しても」
「まだ書きかけです。これで全員とは限りません。他に関係者が1人でもいれば、その者が後を引き継ぐだけで、危険は消えない。この件の関係者が始末したということは、猿でも分かる。奉行所はそんな事はしないから、自然と我々に目が向く。なりふり構わずとなれば、さすがに危険でしょう」
「では、拐かして口を割りますか」
「・・・いや、それもまずい。今、関係者の誰かが消えたとなれば、バレたとすぐ気付かれる。皆が散ってしまいます。証拠もすっかり消えてしまうでしょう。そして時間がたてば元通り。そして、同じように我々に目が向けられる」
どうしたものか。
自分達の安全だけを考えるなら、奉行所にこっそり届けるだけで良い。
だが、さすがにそれはどうか・・・
「この覚書、私が預っても良いですか」
「は」
「ありがとうございます」
マサヒデは危険な覚書を懐にしまった。
団扇で軽く扇ぎながら、その顔は険しい。
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