第15話 粋な男
大盛りあがりになった飲み比べは、結局、店の酒がなくなって終わってしまった。
大騒ぎになってしまった店も、酒がなくなった、ということで、人が消えていく。
マサヒデ達も食事を終え、去っていく客達に紛れて店を出た。
「ははは、トミヤス殿、今夜は楽しませてもらいました」
「ふふ、クレールさんとシズクさんのおかげですよ」
振り向くと、さすがに二人共酔ったのか、シズクがクレールを肩車し、クレールはシズクの頭の小さな角を掴んで、声を上げて笑っている。
「いや、しかしクレールさんには驚きました。あそこまで呑めるとは。
見れば、まだまだほろ酔いで気分が良くなった、という程度ではありませんか」
「ふふふ。食べるのもすごいですよ。冒険者ギルドのジャンボ肉、ご存知ですか」
「いえ。どのような」
「こんな一抱えもある肉・・・メイドさんが3人がかりでよいしょって持ち上げるような。それが5枚です。全部ぺろりと平らげて、まだまだ追加であれこれと」
「なんとまあ・・・」
「ふふ。毎日そんなに食べないといけない、ってわけじゃないんですよ。
普段は、我々と変わりません。月に一度は食べないと持たないらしいですが」
「そうだったのですか。レイシクランの一族は、すごいですな・・・」
「それだけ食べるから、食の研究もずっと昔からしてきたんですね。
食のレイシクランと呼ばれるわけです」
「なるほど、まったくです」
喋っていると、マツとカオルも近寄ってきた。
「ゴロウさん、お仕事の調子はいかがです?」
「数日で済むでしょう。力強いお味方が10人も」
「それは良かった。大捕物になるんですか?」
「そうなりましょうな。勘定方の管轄になりますので、最後は譲ろうかと」
「え? 手柄を譲ってしまうんですか?」
「ええ。別に私達の手柄でなくとも、悪人が減ることには変わりがない。
手柄よりも何よりも、悪党を減らす事が大事です。
我らも火盗ですから押し込む事は出来ますが、勘定方が良い気分はしますまい。
ふふ、勘定方には、またメシでも奢ってもらいます」
「うふふ。いつも欲がありませんね」
「ははは。人並みに欲はありますぞ。手柄というものに、欲を感じないだけです」
「やっぱり、ゴロウさんは人が練れてますね」
「ふふ。私など、トミヤス殿に比べればまだまだ」
「ゴロウさん、そんな事ありませんよ。マサヒデ様は欲の塊ですよ。
私を娶って、たった数日でクレールさんを口説いてしまわれて」
「あれは言葉の綾ですよ」
「ははははは!」
「でも、クレールさんを妻に出来て良かったと思っています。
武人の妻として、私を支えてくれる方です。
おっと、もちろん、マツさんもです。嫉妬しないで下さいよ」
「嫉妬なんて致しませんよ」
「またまた。クレールさんと初めて会った時、レストラン中の人が、マツさんの嫉妬の炎に驚いてたじゃないですか」
「む・・・あれは、まだクレールさんが妻になる前だったから・・・」
「ほう? 詳しくお聞きしたいですな?」
ノブタメはにやにや笑って、マツをちらりと見る。
「ふふふ。私とマツさん、アルマダさん・・・友人なんですが、3人でクレールさんに会いに行ったんですよ。待ち合わせのレストランの扉を開けた時、クレールさんが私に飛びついて来ましてね。それを見た時のマツさんの顔と言ったら・・・」
「ははは!」
「マサヒデ様だって、あの時はおどおどしちゃってましたよね。マナーが分からないとか、こんな建物は初めてだ、なんて」
「む」
「はーっはっは! トミヤス殿にもそんな所があったとは!」
一歩後ろに離れていたカオルが、くす、と小さく笑う。
シズクに聞いた話では、カオルとマサヒデが2人で出かけた後、家中がマツの怖ろしい気で覆われ、シズクも恐ろしくなって道場に逃げてしまったとか。
このノブタメという男といると、場が楽しくなる。
マサヒデもマツも楽しそうだ。
ちらりと後ろを見れば、クレールを肩車をして走り回るシズク。
その上で、げらげら笑うクレール。
皆が笑顔だ。
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「いやあー! 呑んだねえー」
ごろんと転がって仰向けになったシズクが、満足そうに声を上げる。
「楽しかったですねー!」
クレールも一緒に転がって、満足げににこにこしている。
2人の酒の匂いが、部屋に広がっている。
「マサヒデ様、軍鶏鍋、美味しかったですね。また行きましょう」
「ええ。良い店を教えてもらいました」
カオルが出してくれた茶を飲みながら、縁側に座る。
マツも隣に座って、一緒に月を眺める。
細い雲が月の下半分を流れて行って、良い感じだ。
今日は良い夜を過ごせた。
飲み比べが始まって、ノブタメとはそれほど多くは語れなかったが、気持ちの良い男だった。
飯も酒も美味かった。
「ゴロウさん、良い人でしたね。何ていうか、一緒にいると皆が楽しくなる」
「そうでしょう? だから、皆の人気者なんですよ」
「何ていうか、トモヤみたいに場を明るくしてくれる。
でも、トモヤのようにがさつで騒ぐような感じじゃないですね。
ただの着流しなのに、上品さがあって、すごくきれいな感じがする。
居るだけで、自然と周りが明るくなって、気分が良くなる・・・」
「あれが『粋』ってやつですよ」
「粋、ですか・・・私も歳を重ねれば、あんな男になれるでしょうか」
「ご主人様なら、すぐなれますよ」
後ろで、カオルが蚊遣に火を点ける。
「カオルさんも、ああいう人が好きなんですか?」
「え? まあ、そうですね。全然喋りませんでしたが、気持ちの良い方でしたね」
「じゃあ、私も頑張ってゴロウさんみたいになりますよ」
「マサヒデ様、ああいうのは、頑張ってなれるようなものではありませんよ。自然と身についてくるものです」
「私みたいな生活してたら、なれませんかね?」
「なれますとも。10年もしたら、ああいった素敵な方になってますよ」
「素敵・・・そうですね。素敵な方でしたね。
マツさんは、ゴロウさんとはお知り合いだったんでしょう?」
「ええ」
「どうして、ゴロウさんと夫婦になろうとしなかったんです?」
「ふられちゃったんです」
「ええ!?」
カオルも驚いてマツを見つめる。
「今の奥様だけで、十分満足していますから、これ以上は贅沢だって。
うふふ、笑われてしまいました」
笑って流したのか。
やはり鬼のノブタメ、只者ではない。
マツの本気の誘いを断れるようになるのに、とても10年でなれるとは思えない。
「奥方様のお誘いを断ったのですか?」
「ええ。でも、悪い気はしなかったんです。振られたのにですよ? 悲しいとか、怒りとか、奥方への嫉妬とか、そういう悪い気分が一切ありませんでした。ゴロウさんの笑い声を聞いたら、なぜかさっぱりしてしまって」
「そうなのですか・・・不思議な方ですね・・・」
「ふふふ。マサヒデ様も、まずは私を嫉妬させないようにして下さいね」
「ははは! 善処しますよ!」
「善処ですか?」
「だってマツさん、普通に接しているだけでも嫉妬する時があるんですから」
「マサヒデ様の普通が、普通ではないんですよ。
以前、ハワード様にも、注意されましたでしょう?
マサヒデ様にそのつもりがなくても、相手がそう取ってしまったらって」
「む・・・」
「このままでは、どんどん妻が増えていってしまいますよ。ねえ、カオルさん」
「はい。私もそう思います」
「ううむ・・・気を付けます」
後ろから、シズクとクレールの寝息が聞こえる。
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