第5話 何を知ったか


「さて、冷めてしまう前に、昼餉を食べましょうか」


 カオルがこぼれてしまったマツの膳を片付け、新しい膳を用意する。

 「奥方様」と、カオルがマツを呼ぶ。


「さて、頂きましょう」


「いただきます」


 と、皆が箸を取るが、雰囲気は重い。


「皆様、毒は入っておりません」


「げほ!」


 シズクがむせてしまい、くす、とカオルが笑う。

 釣られて、皆も笑う。


「ふふ。しかと確認しておりますので、ご安心下さいませ」


「冗談じゃねえよー」


 ぐいっとシズクが茶を飲み込む。


「ふーう、これから食事もこんなに緊張しちゃうのか・・・」


「緊張しすぎですよ。カオルさんが作ってくれたんですから、安心です。ギルドもレイシクランの方々がいますし、安心でしょう。あちらで食べても良いですね」


「三浦酒天は・・・危ないか」


「ええ。残念ですが。まあ、少しの間だけです」


 クレールが悲しそうな顔をマサヒデに向ける。


「マサヒデ様・・・あの・・・」


 マサヒデはじっとクレールを見返す。


「あの・・・勝って下さい」


「もちろんです」


「私、昨日、すごく幸せでした! だから、また・・・」


「はい。私もです」


 こく、とマサヒデも頷く。

 マツがじっと2人を見る。

 クレールが膳に向かうと、マツはマサヒデに顔を向ける。


「マサヒデ様、何が幸せだったんですか?」


「クレールさんと、手をつなぎました」


 クレールの頬が染まる。


「それだけですか?」


「あと、ブリ=サンクの庭で、ベンチに座りました」


「ふーん・・・」


 マツがじっとりした目を向ける。

 カオルはクレールの顔を見て、笑顔を浮かべる。

 シズクはマツの顔を見て、にやにやしている。


「それだけです」


「本当に?」


「ええ」


「・・・ならいいです」


「ならいいって・・・マツさん。クレールさんだって私の妻なんです。

 私達が何をしてたっていいでしょう?」


 私の妻! 私達が何をしてたっていい! 何をしてたって!

 顔から湯気が出そうだ!

 カオルは目を回しそうなクレールを見て、くす、と笑いを漏らしてしまった。



----------



 一方その頃、オリネオ奉行所。


「で、胸は開いてみたか」


「はい。教えて頂きました通り、やはり血だらけで。心の臓にもぱっくりと穴が」


 ふー・・・と、ゆっくり煙を吐く。

 かん、と煙管が叩かれ、灰が落ちる。

 ハチと顔を合わせているのは、奉行所の火付盗賊改方。

 町人には『鬼のノブタメ』と呼ばれ、親しまれている男である。


「で、その筋の者と、しかと確認が取れた、と・・・」


「は」


「と、なると、これはちと厄介だな。ううむ・・・

 トミヤス殿に、大きな迷惑をかけることになる・・・かも、しれん」


「と、言いますと」


「それほどの腕利きを雇える者が、トミヤス殿の手助けを知れば・・・」


「まさか!」


「うむ。かと言って、我らがトミヤス殿の周りに張り付く訳にもいかん。

 トミヤス殿に助けて頂いたお陰、と触れ回るようなもの。

 下手人がトミヤス殿に目をつけていなかったらどうなる。

 余計な世話で、トミヤス殿が目をつけられる事となる」


「ううむ」


「トミヤス殿ほどの腕ならば、我らなどおらずとも、やられる事などよもあるまい。

 しかし、トミヤス殿の周りの者が皆そうではなかろう。

 家族、友人。報復に狙われる恐れは、十二分にある」


「く・・・」


「かと言って、張り付く訳にもいかん。では、害が及ぶ前に、黒幕を捕らえるしかあるまい。しかし、その筋の腕利きを雇えるような者か組織か、果たして尻尾を掴ませてくれるか・・・」


「・・・私が声を掛けたばかりに・・・」


 ノブタメが煙管に葉を詰め、ぷか、ぷか、と吹かす。

 ふー・・・煙を吐く。

 窓から入った風に吹かれ、紫煙が消えていく。


「過ぎたことだ。それに、トミヤス殿がいなければ、この殺しはただの心の臓の病で落ち着いて、闇に葬られていた。良いか。トミヤス殿のご厚意に、我々が全力でお応えするのだ」


「はっ」


「して、仏の素性は掴んだか」


「はい。財務省に確認した所、やはり忍でした」


「が、財務省の口封じではないと。まあ、たとえ口封じだとしても、そうだ、などと言うまいが・・・これは財務省の口封じではないな」


「はい。私もそう思います」


「財務省に、誰かに殺されるような報せをしたのか」


「ここ半年の報せを教えてもらい、直近からさかのぼって調べさせております。今の所、そのような報せはひとつも。財務省でも、過去の報せをさかのぼり調査を行う、と」


「暗号のような物を使っていたか、確認したか」


「はい。いくつかあったようですが、特に殺されるような報せは」


「となると・・・報せる前にやられたか」


「財務省の口封じでないとすると、追々国のお調べも来ましょうが・・・」


「うむ。そんな悠長な事はしておっては、トミヤス殿に害が及ぶやもしれん」


「どこからいきましょう」


「そうだな・・・まずは、一時しのぎにもならんかもしれんが、殺しではなく、ただの心の臓の病だったと触れておけ」


「はい」


「酒を飲んでいたそうだな」


「はい」


「よし。屋台、酒場、揚げ屋からホテルまで、酒の置いてある所を全部洗え。目立つから同心は動かすなよ。目明し、下っ引きを使え。仏は質素倹約で評判。外で呑む事も滅多にないって男だ。まず客と呑んでいたはずだ。その客だな」


「はい」


「俺の勘では、黒幕は商工会・・・いや、商人ギルドだな。おそらく、この町の商人ギルドではない。交流のよくある商人ギルドで有力な者か、あるいは・・・商人ギルドそのものか」


「商人ギルド絡みとなると、勘定方の管轄になってしまいますね・・・」


「ま、俺の勘が当たっていれば、な。だが、もし商人ギルド絡みだと分かっても、決して勘定方に動きを悟られるなよ。勘定方が少しでも動けば、黒幕もすぐ気付いて雲隠れだ。黒幕が分かり、証も見つかったら、そっと教えて勘定方の手柄にしてやれ。悪党が減ることには変わりない」


「はい」


「さて、あの金貸し・・・何を知ったか・・・」



----------



 縁側で、庭を眺めながら、茶を啜る。


(ううむ・・・)


 シズクとクレールにああ言った手前、とりあえず、戦いに行く体は見せなければなるまい・・・『相手は闇討ち』と言ってあるから、ふらふら出歩いているだけで『相手を誘ってるんだ』ともっともな理由が出来る。


 今回の殺しの件の下手人が手を出してくることは、まずないだろう。

 万一もあるが、外に出れば危険、というのは今までと変わりない。

 元々、勇者祭は闇討ちが許されている。公然と殺しが出来る祭なのだ。


 外に出るなら、黒嵐達に会いに行こうか。もう蹄鉄も付いているはず。

 さすがに馬術の練習などしていては、シズクもクレールも何かおかしい、と気付くだろう。走り回るのは無理だが、歩かせるくらいなら、馬屋の前でも出来る。


 黒嵐。

 そういえば、クレールは動物の言葉が分かるらしい。

 会話も出来るのだろうか?

 馬を捕まえた、と言った時、大興奮していた。クレールも馬が好きなのだろう。


 クレールは、肖像画を描いてもらっている途中で飛び出して来たようで、またギルドに戻って行った。あと、どのくらいかかるのだろうか。肖像画。時間がかかりそうだ・・・


 よし。厩舎に行こう。

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