第2話 感情

昨日は、退屈になるかと思いきや、とっても楽しい日になり得ました! あぁ、今の仕事がより一層好きになりそうです。


何故、昨日が楽しくなくなりそうだったのか、どうして反応があれば嬉しいのかを私は自分なりに最近思い悩んでいたのですが⋯


昨日の出会いでよく分かりました! 私は演じるのが大好きです。


なのでいつも細心の注意を払い相手に気付かせないよう表情、仕草、タイミング、微かな違いなど瞬きせず見逃さないようにしています。


そして相手には気付かれないようにその後に違う所を見てたように装った演技をしたりするのです。


だって見られた側は見ていた側の動きが気になるでしょう? だから必ず目で追ってしまうんです。私のその後の動きを。


こういう所も演技がやめられない一因になっているとは思うんですが⋯。勿論、これが通用しない性格の方もおられます。


私は常にそれを見極めそれぞれに相応しいと判断した動きを提供するのです。



⋯それにしても昨日の方はとても見ていて飽きない人でした。久しぶりに人の動きが本当に気になってしまったような気がします。


まぁ飽きないと良いのですけれど。


あ、そうそう姉さんとの距離も開いてしまうかと思いきや、そこは流石姉さんです! 私への態度は変わらずいつもの様子でした。


そう私は今、最高の気分で御座います!


「あ、いたいた! おーい、俺だけどー!」


と、何処ぞの詐欺のような文言が聞こえて来るではありませんか⋯。はぁ、一体何ですか。今、私は考えることに忙しいのです。


そうほんの少しの苛立ちと好奇心を感じながら、その聞こえる向かいの方を渋々見やると、昨日の方がいらっ―――え? こ、こんな所に⋯?


それにしてもどうしてこんなビルの屋上に⋯⋯ そう私が疑問に思っていますと


「はぁ、下でお前を見つけたと思ったらあっという間に上に⋯。階段キツかったんだからな! おい頼む、俺を案内してくれ!」


と、頭を抱えながら言いました後、此方を向きガサツに言うではありませんか。


何だ、そういうことだったのですね。そう言われれば向こうには階段がありました。と、少し拍子抜けしています。


でも、それって⋯⋯、はぁ。仕方ありませんね。向こうに行きましょうか。と思い一応彼に言っておきます。


「今、行きます。」


「え、それってど―――」


そうして私は後ろに下がっていきます。


「ま、まさか―――! おい、待て!」


それから思いっ切り走ります。ふふっ、反応が面白いですね。


そうして流石にこの距離はキツイので、急いで自分に特製の糸を巻きます。命綱兼あれです。


そう思いつつも飛びました。


「へ」


と、驚いた顔が見えますね。うーん、でもこのままだと普通に落ちますね⋯。よし、此処はと思い、命綱を向こうへ投げ絡ませる。


よし、綱渡りならぬ糸渡りです! そう思いながら糸の丁度良い所を走り抜けます。そうこうしている間にもう半分です。


よし、このまま。そう思っていると絡ませ方が甘かったのでしょうか? 糸が―――ッ!


急いで近くの端に飛び移ります。ふぅ、危ない所でした。少し調子に乗り過ぎましたね。


そう思いながら、近くに何か掴まり登れる場所がないか探します。うーん、困りましたね。何にもありません。


「え、し、死んだ⋯のか?」


と、失礼なことを言う声が聞こえます。人を勝手に⋯と思いつつも言葉を返します。


「生きていますよー」


と、私が言うと


「え、え?!」


うーん、それよりもこの建物の適正が気になります。そう思いながらマフラーにしていた布を建物に当てます。


うわ、凄い威嚇具合です⋯。ということは解けたのもこれが理由でしょうね⋯⋯。次からはより慎重にならざるを得ませんね。


そう思う間に布を首に巻いていきます。


さてと今の現状は一歩間違えれば落下で御座います。うーん、仕方ありませんね。少々心許ないですが⋯⋯。


よし! やりましょうか。


早く移れれば適正など関係ありません。糸にはもう少し頑張って頂かなくては。


そう思い、中間地点のちょっと上を狙い目にします。うーん、風が強くなってきました。早いとこどうにかしなくてはいけないですね。と、多少の焦りを覚えつつも慎重に狙いを定めます。


⋯⋯ッ! 此処です! そう思ったと同時に投げます。そして飛びます。


ふふっ。この糸はやはり使いやすいですね。だって上手く扱えば宙に物や人を浮かせられますから。


まぁ、誰かが引っ張らない限り浮くだけですけどね。そう思いながらも私の身体は宙に浮いていきます。


よし、このまま上に上がれば⋯すると風が更に強く吹き始めました。


う、まだ上に着いていないというのに⋯仕方ありませんね。そう思いながら、私は角に手を伸ばし、後ろに回転しながら少し飛び


「うお」


という声が聞こえると同時に着地を成功致しました。それから彼の方向を向き


「さて、行きましょうか。」


と、言いましたら随分と呆けた顔をしていらっしゃいます。⋯⋯少しはっちゃけてしまったからでしょうね。そう思っていても未だにあんぐりと口を開けています。


うーん、あ! そう思い経った私は、いつも持っている物を口に放り込んでみました。



「う、げ。ま、まずっ! い、いや苦い?」


と混乱しながら百面相をしています。面白いので暫くにこにこしながら反応を伺っていますと


「あ、おい! 笑うなよ! ていうか何だ、これ。何とも言えない味がするんだが。」


と、ようやく此方を向き聞いてきました。うーん、もう少し反応を楽しみたかったのですが⋯。そう思いながら渋々口を開きます。


「ふふっ、唯のグミですよ。目は覚めましたか?」


と、言いますとすかさず彼が


「え、これがグミ⋯⋯? う、嘘だろ?」


と、凄く変なことを言いました。唯のグミだというのに⋯。姉さんお気に入りのグミですよ? そう思いながら言います。


「グミですよ。ほら、仕事に行くのでしょう?」


「え⋯? 絶対嘘だ。」


と、余りに失礼なことを言いますし聞いていないようなので無理矢理手を引っ張ります。


「え、え」


と、何か言っていますが気にせず向かいましょう。


「ちょ、えぇ!」







「ほら、着きましたよ。」


と、言いながら後ろを向くとだこが―――? ん? どうしたのでしょう?


「あ、いえ、あ」


と、言葉を話しません。え、何ででしょう? と思い、私は気づきました。


仕事場が楽しみでしょうがないのだと。⋯⋯良いでしょう。経験も大事ですし、仕事を少しだけ一緒にやりましょうか!


そう思い、私は彼―――あ、そういえば名前を知りませんでした。


「あの、あなたのお名前を知らないのですが⋯⋯。」


と、私が彼の方向を向き言うと彼は今気付いたというような表情をしながらボソッと言います。


「あ、そういえば名前言ってなかったな。」


あ、でも仕事なら名前は⋯⋯。そう思い口を開きました。


「私の仕事上の名前はからで御座います。以後、よろしく。」


と、私が言いますと目の前の方は大層驚いたようで目を大きく見開いていらっしゃいます。


「え、あ。仕事での名前か。⋯なぁ、これって自分で付けて良いのか?」


と、考え込んだのちに、私の顔を見て随分と頓珍漢とんちんかんなことを仰られるではありませんか。


「ふふっ。御自分で決められるわけがないでしょうに。」


と、私が笑いながら言うと


「え、まじかよ。闇深。」


と、言いました。闇深い⋯⋯? と首を傾げて見ていますと


「あ、えーと俺の名前も決めるのか?」


と、焦ったように目を合わせずあちらこちら見た後少し此方を見て言います。その反応に少し興味を持ちながら私は口をわざとゆっくり開きました。


「えぇ、ですが⋯どんな名前になるのやら。私にもさっぱりでして。その⋯言いにくいのですが」


と目を逸らし何とも言えない顔で目線を彷徨わせながら今度は困ったように苦笑いしつつ言い、その後にスッと耳元でこう囁いてみます。


「大変お恥ずかしい名前になった人がいると。あくまで噂ですが聞いたことが―――」


「え! じゃあ俺の、名前も⋯?」


と、大きく目を見開いた後に此方を伺うように真剣な目で少し見て、嫌だと言うように顔を少し寄せながら言いました。


ふふっ、やはり見てて飽きないですね。と思いつつも表情は何とも言えない顔のまんまです。それに対し私は


「⋯はいとは言い切ることが出来ないので私では何とも言えませんが、そうなられてしまうやも⋯⋯」


と、視線を一定の範囲に彷徨わせながら今度は少し下を俯きチラッとそちらを見ては目が合えば何とも言えない顔で逸らしをゆっくりと。そして違和感のないように少しだけ手を遊ばせて言いました。


「⋯まじかよ。」


と、顔を顰めて凄く嫌そうな目で此方をチラッと見て言います。うーん、そろそろ言いますか。と反応をみて可哀想になり口を開きました。


「まぁ、その時上にいる人が決めるのですけどね!」


と、私が言うと眉を寄せ目をピクッとさせていました。そして考え込もうとしているのか少し俯いていき更に眉を寄せていきます。挙げ句の果てに目を瞑ってしまいました。


上、上⋯と彼は呟いています。もしかして覚えてない? まぁ人の記憶力はその人によって違いますからね。これは演技をする中でも大事なことですね。


それにしても人によって本当に違います。恨むような出来事を執念深く覚えている人もいれば直ぐに忘れている人もいるのですから。


と、私の家族から学んだことを考えていると


「あ、上ってことはお前かよ! ⋯なぁー、これって俺の要望とか通らねぇのか?」


と、私を指差しながら言いました。はぁ、人は指差すものではないと習わなかったんでしょうか。と苛立ちつつも答えます。


「通りますよ。でも御自分で決めて痛いものになっても私は知りませんが。」


と、私が言うと彼は大きく目を見開いた後、此方をムッと見て


「お前だってからとかじゃんか!」


と、言ってきました。⋯⋯何か疲れてきました。何なんでしょうか? だってこの名前は―――と苛立ちつつも口を開きます。


「これは家族に呼ばれてる名前です。文句があるならそちらに申して下さい。」


と、私が思わず感情を出し足早に苛立ちながら言うと彼は唖然としていました。ッ! やってしまいました! ど、どうしたら良い⋯と私が焦っていると


「邪魔する。」


と、ドアが開き破天荒はてんこうが入って来ました。

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