1-5 呪いと『始祖の血』(1/2)
春の陽気。
ほんのり漂ってくる花の香り。
けれど心は何故か曇り隙間風が吹くようだ。
急く気持ちで本を読み漁り、時間の限り情報を集める努力をした。
――神隠しから五年。
(あれから外に出たがらなかったのに、どうして葉月は急に心変わりしたのだろうな?)
彰人は窓の外で散る桜の花びらを眺めた。
あっという間の夕刻。
そろそろ葉月を迎えに行きたい。
紀田は信用できる人だが、やはりいつもと違う場所に居させるのは心配でならない。
薄暗くなり始めた空を見ながら彼は図書館を出た。
「彰人兄さん」
ある人物に声をかけられる。
書生服の青年。
月と同じ色の髪に陶器のように白い肌。
甘い紅色の瞳は、今日は咲き誇る桜にも似ているように見えた。
「また会いましたね」
違った場所で見るとまた印象が変わって見えたが、彰人はすぐに誰だか分かった。
「きみは……えっと、岩波くん?」
「誠二でいいですよ。いまさら。……彰人兄さん、少し僕と話しませんか?」
○ ○ ○
誠二の先導で歩き、ふたりは近くの公園に入った。
ふたり並んでベンチに腰掛ける。
自分から誘ったにもかかわらず誠二が神妙に黙っていたので、彰人から話を切り出した。
「いつから私の血を飲んでいたんだ?」
「うーん、四年前」
誠二は悪びれずに答えた。
「ええっ」
「鈍すぎるんですよ。バレたからもう勝手にはしませんから。そんなに警戒しないでください」
「……」
また暫く無言になる。
「それで本題ですけど」
次は誠二から話し始めた。
「息子さんとは仲良くやってるんですか?」
「……なんでいきなり息子の話?」
「同じ不死者のようだから気になったんです」
「不死者……って」
「死喰い人のことです。不死者たちは自分たちのことをそう呼びます」
「ああ、そうなんだ。君は私より詳しそうだね」
「僕自身がそうなんだから当然です」
「……」
また無言。
彼とふたりきりでいるのは、嫌では無いがなんとも焦れったい。
「……ならもし良かったら葉月に」
と彰人が言いかけて、突然の乱入者に話を打ち切られた。
「またあんたか。なんのちょっかいを出しにきた」
「葉月さん」
敵意を剥き出しにされているにも関わらず、誠二はにこっと機嫌よく笑みを浮かべる。
「自分の食材の管理はちゃんとしなよ?」
その言葉選びが癪に触ってか、葉月はキツい眼差しで誠二を睨んだ。
「してる。そしたらあんたの気配がしたからここへ来た」
「ぶっはァ!もしかしてずっと見張ってた?僕より酷い執着っぷりじゃないか」
「む、誠二?」
葉月に続いて乱入してきた中年男。
紀田は誠二を見てキョトンと目を丸くしていた。
「紀田先輩、久しぶり。……なんでここに?」
「葉月さんが急に走っていったからだよ。そしたらお前が」
「お父様から離れろ!じゃないと殴る!」
「葉月、そんな乱暴なことを……」
彰人が我が息子を制した。
「嫌われてるなあ、僕。傷つくよ」
やれやれ、と肩をすくる。
誠二は彰人に向けて指をさした。
「パチン」という弾ける音が鳴った瞬間に、彰人が目に見えないものに突き飛ばされてしまった。
「――!」
周りの空気が凍りついたみたいな静寂。
彰人が後ろの木に身体をぶつけ「かはっ」と悲鳴を上げた。
「お父様――!」
葉月がすぐに駆け寄る。
「お父様になんてことするんだ!」
誠二は悪戯が上手くいったというように無邪気に笑みを浮かべた。
「僕はいま彰人兄さんに呪いをかけた。放っておいたら死に至る呪いだ」
「……なに?」
葉月が眉を潜めた。
「期限は一年後の四月十五日。それを阻止したければ始祖の血を探してきて。それが呪いを解く鍵だ」
聞きたいことは山ほどあったが誠二があっという間に消えてしまった。
「頑張ってねー」
後には揶揄うような声だけが響いた。
「ううっ……」
彰人が胸を押さえて呻き声を上げる。
ゲホッゲホッと苦しげな咳をしていた。
「お父様、どこが痛いですか?」
「えっ……?いや別になんとも……」
と言いながらまだ咳が止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます