1-4 葉月の自立(4/4)
紀田を自宅に招き葉月と対面させた。
「死喰い人」という言葉はあまり印象がよくないから葉月の前では使わないようにしていた。
だから敢えて「葉月みたいなひとの研究をしている大学の先生だ」と遠回しに紹介した。
「葉月はもっと自分のことを知った方がいい。これから先も生きていくために。紀田先生について勉強してきなさい」
「ああそうなんだ。俺は全国を回って死喰い人についての情報を集めて回ってる。俺と一緒に行こう。運が良ければ君以外の死喰い人に会うことも……」
「あっ」
彰人は紀田の言葉につい苦虫を噛んでしまった。
(この人が鈍感で無神経なことを忘れていた。繊細な葉月が気に病まないといいけど……)
気難しい顔で聞いていた葉月だが、紀田が話している途中でとつぜん大声を出した。
「イヤです!このおじさん、クサいんだもん!」
見たこもない息子の乱暴なもの言いに彰人も、紀田もぽかんと呆気に取られてしまった。
「クサいだと?」
「大酒呑みで味が濃いものと肉が好き、タバコも吸う、そのうえ汗っかきな人の臭いがします!」
「……」
「あたりだ。死喰い人ってのはそんなのもわかるんだな。参考になったよ」
葉月が失礼なことを言われたにも関わらず、紀田は少しも気にせず、むしろ嬉しそうに頷いていた。
「お父様が行かないなら私も行きません」
つんと顔を背ける葉月。
ゴネることは覚悟していたが、ここまではっきり拒絶されてはどうしたものかと困り果てた。
「お父様は一緒にはいけない……。仕事を休めないんだ。でも葉月はいずれは大人になってお父様と別れなきゃならない。そのための練習だよ?」
それでも葉月は頑なに首を縦に降らなかった。
「葉月、このひとは有名な大学の先生なんだ。紀田先生より他に死喰い人に詳しいひとはいない。だから」
「イ!ヤ!」
「ははっ、ワガママ息子だな、親のいうことは聞くものだぞ」
「……」
紀田がそう言っても葉月は黙りだ。
「そう……すぐには決められないよな。じゃあ少し考えてくれないか?紀田さん、返事を待って貰えますか?」
「ああ、もちろん」
葉月は暫く口を噤んでいたが、やがて態度を緩めてくれた。
「お父様と少しでも長く一緒にいたいんです。不死者は生きる時間が違いますから」
「むぅ、そういうモンなんだなぁ」
急に葉月がそんなことをいうとは。
やはりまだ甘えたがりの年頃だったのか。
父親としては嬉しいやら複雑だ。
「なら、紀田先生の家で勉強します。それならいいですか?」
ようやく葉月が譲歩してくれた。
あまり無理強いをすると更に意固地になるだけだろう。
取り敢えずはこれくらいから始めるか。
「ああ、ありがとう葉月」
***
さっそく次の会社が休みの日には葉月を紀田の家に送り届けた。
タバコのヤニとホコリにまみれ、大量の本のほかに脱ぎ散らかした衣服、何年も敷きっぱなしの布団、何に使ったのか分からない紙屑に食べたあとの茶碗や竹皮、そのほか雑多なものがそこいら中に散らばって足の踏み場も無い。
来る度に物が増えている気もする。
彰人はもう何度もみているおかげで慣れていたが、初めて訪れた葉月は唖然として動けなくなっていた。
無理もないと思う。
「ウチは家政婦さんが片付けてくれるからで、これが普通の家なんだ。汚いなんて言ったらダメだよ」
彰人が慌てて取り繕うも紀田は豪快にガハハと笑い「座布団だけは空いているからそこに座ってくれ」と言って歓迎してくれた。
「まず俺の本に書いてる死喰い人の内容を読んで、現状と違うところを教えてくれ。こういうのは噂を真に受けるより当人に聞くのが一番だろうからな。俺も一から調べ直すつもりでいるから、一緒に勉強していこうぜ!葉月さん!」
紀田は気安く葉月の肩を撫でてくれる。
歳の差などもお構い無しだ。
葉月の方は最初は本を持つのも嫌そうにしていたが、ちゃんと目を見て話していたから相性は悪くは無さそうだ。
食事の心配もしなくてもいいだろう。
葉月はここ数日は外で摂るようになったし、紀田は彰人よりもガタイがよく血を吸われてもビクともしなさそうだ。
ふたりの様子を遠巻きに見ていたらしんみりと嬉しい気持ちになって、彰人は安堵して紀田の家を出た。
彰人もまた別件で、図書館で調べたいことがある。
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