1-5 呪いと『始祖の血』(2/2)
とりあえず距離が近い紀田の家に向かい彰人を布団に横たえた。
葉月は臭くて汚いのが不満だったが。
「紀田先生、アイツの言ってた呪いってなんですか?」
「呪いなぁ……」
紀田は無精髭を撫でながら思案した。
「死喰い人の伝承に傀儡の話がある。魂を抜かれたみたいになり、昼間は活動しないが夜になると外へ出ていく。死喰い人の代わりに獲物を探しに行くらしい。朝になったら戻ってくるとか、森に入ってそのまま帰ってこないとか」
「私は死喰い人ですがそんな能力は使えませんよ?」
「うん?本人が言うならそうなんだろう」
「……」
葉月も紀田も暫く悩んだ。
「あの、私は別に寝ていなくても平気ですよ?」
と言う彰人を葉月が無理やり押し倒して寝かせる。
「真相は分かりませんが。死に至る病だと言うなら深刻です。誠二は始祖の血が呪いを解く鍵だと言いました。ならそれを探しにいきましょう!」
「ああ、一年というなら時間もない。行動を起こすしかないよな」
また葉月が疑問を投げる。
「……そもそも始祖ってなんですか?」
「分からんが、言葉通りなら死喰い人の長老みたいなのがいるんだろうな」
「
彰人がおもむろに話を遮って言った。
「誠二くんは『死喰い人』ではなく『不死者』だと言いました。自分たちのことをそう呼ぶと」
「お、おう。そうなのか」
「若し誠二くんが知識を得た相手がいるなら、葉月と誠二くん以外にも不死者はいるということではないでしょうか。なら私は……葉月に不死者の仲間を会わせてやりたい」
彰人はとても真剣で無垢な眼差しをしていた。
葉月も紀田もそれに続ける言葉を出せないくらいだ。
「なんにせよ、呪いの話も始祖の血の情報もこれまでの俺の調査では分からなかった。まだ脚を運んでない場所へ行って、もっと聞き込みが必要だ」
と言ってから、紀田はじっと彰人を見つめていた。
「な、なに?」
「彰人さん、コッチのほうだけど」
親指と人差し指で輪っかを作ってみせる。
「費用ならもちろん出します。これまで通り必要なだけ」
「お父様も行きましょう!誠二が狙っているのに一人置いて行けません。それに、期限はたった一年です。私たちが戻るまでに手遅れになったらいけない」
「たしかに。日本中回るには移動時間がいちばんかかるからな」
「……」
彰人は暫く悩んだが、葉月の真っ直ぐな目を見て心を決めた。
「分かりました。私も同行します」
○ ○ ○
――数日後。
旅の支度を整え、葉月と彰人それから紀田はまだ完成したばかりの真新しい東京駅で列車を待っていた。
「彰人さん、仕事は本当に良かったのか?」
中折帽に洋装姿、それに丈夫な皮のブーツ、大きな荷物を背負った姿の彰人はいつもの会社へ通う姿とはずいぶん様変わりしていた。
というだけでなく、着慣れていないせいか余り似合っていないのである。
「斎藤くんに嫌味を言われましたが、許してくれました」
今にも襲ってきそうな勢いで詰め寄る秘書、斎藤。
「戻っても社長の席はありませんからね?それでもいいんですか?」
彰人は回想して脂汗をかいてしまう。
彼はいつも怖いが、あの時が過去最高に怖かった。
「今まで言わなかったが、彰人さんて本当に金持ちのボンボンなんだな。気前よく費用出してくれるし若いのにあんなでかい会社の社長やってるし。すごいよな」
「私の親から引き継いだ会社です。別に私がすごいわけじゃありませんよ」
「いやあ、親の遺産も持って生まれた本人の実力のうちだ」
彰人は複雑そうな顔をしていたが。
「ところで胸はなんともないのか?」
「胸?」
「呪いをかけられた時に胸を痛そうにしてた」
「ああ……なんともありません。あのときは驚いただけです」
彰人は自分の左胸を撫でた。
「それで、これからどこへ行くんですか?」
葉月が紀田に確かめる。
「俺が論文に書いた白焔神社だ。四年歩き回ってようやく神主の居場所がわかったぞ。まずは山梨の富士山の麓へ行こう」
と紀田がふたりを先導した。
旅の出立は大正四年の四月十八日。
桜が散り始めた春の日のことだった。
日本は海の外へと軍事力を拡大し、中では民主化運動が本格化していた。
新しいものが古いものを覆い隠し始めた混沌の時代。
失われつつある神秘を探し求めて三人は旅へ出た。
* * *
「死んで欲しくないからです」
青年はそう言いきってから、照れ隠しに「彰人兄さんの血は美味しいから」と付け加えた。
「そんなに違うのかなあ?」
彰人は首を傾げた。
「君がそういうなら君に任せるよ。君はいい人そうだから」
「……本当に警戒心が無さすぎます。真面目に答えてください。彰人兄さんが僕を信じる理由はなんですか?」
戸惑う表情の青年に、朗らかに微笑んだ。
「君が四年も私の血を吸っていたのに私にはなんともなかった。初雪の幻影を見せてくれた。それから、君はとてもまっすぐな目をしてる」
彰人は青年に対して丁寧に手を差し出した。
「よかったら私と友達になってくれないか、誠二くん」
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