1-4 葉月の自立(2/4)
小さな集落に属する一軒の荒屋。
老齢で足腰の弱った父親が縄を結ってわらじを作っていた。
親子揃って紀田を快く迎え、干し柿と玄米茶をふるまってくれる。
「うれしいなあ。このあたり、地震があったときに大分人が居なくなっちゃったから。生き残ったひとも他所へ散り散りになっていったし。もう故郷が無くなっていく気がしていたんだ。息子もあのときは小さかったから憶えちゃいないしなぁ」
「ああ、全然だな」
少年はけろりと答えた。
「忘れた方がいいこともあるかもしれないけどね」
「白焔神社のことは憶えてるか?」
「神社?ああ、もちろん。この村は地面が低いせいで昔から洪水の多い地域だったから、大雨が降ったら神社に避難することになっていた。集落全員が入れるくらい大きな神社だったよ」
「どんな縁のある神社だったんだ?俺は神社のこと特に詳しく調べているんだ」
「ふうむ、親しみはあるのに気にしたことがなかったなあ……。あそこの神様をみんな白焔様と呼んだ。年にいちどはみんな集まって祭りをするんだ。色白で赤い目をした神様の像にお供え物をしてもてなすんだよ」
「おお」
神社がなくなり10数年。
もう聞けない話だと思っていたから、紀田は懐かしくて心が弾んだ。
「あの年にいた神主様も同じように白い肌に赤い目をしていたから、白焔様の化身だと持て囃していた。……地震が起きたとき、村人は神社に逃げた。神社からも村で火事が起きているのが見えたから、家に戻る間もなく白焔様を抱えてもっと山の上に避難させたんだ。俺もいた。そのときに不思議なものを見たんだよ。神主様が宙に浮いていた。空に手を翳すとまた地鳴りがして、逃げ遅れていた村人が空に浮いてきた。ありゃあ、死んだひとの魂が天に召されているんだと思った」
「へーえ」
それは新情報だ。
紀田は身を乗り出して続きを促した。
「村は火事で殆ど焼けてしまいめちゃくちゃになったから戻る余裕もなくてな、そのまま散り散りなったから、誰が生き残ったのかも分からない。自分のことだけで手一杯だった。オレの女房も結局行方知れずだ」
「辛い話をさせたな……。話してくれてありがとう」
「本を書いてるっていったな。この話は詳しく書いてくれ。他所へ行った村人か、もしかしたら女房が見つけてくれるかもしれないからな」
「分かった。そうさせてもらうよ」
帳面に急ぎ鉛筆を走らせた。
「あ、それともうひとつ。それから、その白焔様と神主は避どこへいったんだ?」
「さあ、俺にもわからんよ。なにしろあの時は、みんな自分のことで精一杯だったからな。……あの神主様も無事でやっているならいいがなあ」
「むう、なら俺が探しにいってみるよ」
紀田は決して依頼を忘れた訳では無かった。
ただ確かな情報を得るのに時間がかかっていただけだ(本当だ)。
近辺の集落から徐々に範囲を広げ、手当り次第に「白い肌に赤い目の神主が来なかったか?」と聞いてまわった。
そもそも今も神主をやっているかもわからないが特徴がそれしかないから仕方がない。
そのついでに、もしかしたらもっといい情報が聞けるかもしれないと、死喰い人に関係ない話も聞いて回った。
村人が単に死喰い人と関係が無いと思い込んでいるだけの話も聞き漏らさないためだ。
そうして調査をしている間にいくつもの論文を仕上げられたからありがたい。
そして四年目。
ついにその方法で、白焔神社の神主に関する手がかりを見つけることが出来た。
嬉しい土産を持って紀田は東京に戻ってきた。
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