1-3 紀田教授への依頼(1/2)
仕事を早めに切り上げて、彰人は図書館へ行った。
「
古い新聞記事、民間伝承、御伽草子……好事家しか読まないような眉唾物の怪奇本まで。
死喰い人という名前が出てくる読み物を全て読んだ。
よく目に付く記事はこれだ。
「傷跡が無いのに血液を抜き取られた変死体が見つかった」という事件。
獣の仕業とも病とも説明がつかず、それが昔から全国各地で見つかっている。
それを「死喰い人の仕業だ」と面白おかしく書いているのだ。
死喰い人には決まった性質があった。
「煙のように闇に紛れ神出鬼没である」
「血を飲むことで永遠の寿命と美貌を得ている」
「いかなる手段でも傷つけることはできない」
「死喰い人に魅入られた人間は自我を失い操られる」
また、ごく一部だがこんな記述もある。
「死喰い人に魅入られた人間は幸せな死を迎える」
記事を読むうちに背中に寒いものを感じた。
(若しもこれが全部本当なら、葉月は本当に人間ではないもの、化け物扱いされてしまうんじゃないだろうか)
どんどん不安は大きくなるばかり。
他にも手当り次第に本を読み漁るうち、ある一冊の本にたどりついた。
――《とある山奥の集落に死喰い人を守り神として祀る神社があった。
年に一度現れる死喰い人は首筋から血を吸い取ることで村人のあらゆる病を癒してくれた。
神社に残っている記録ではこの祭神は平安時代から存在していたらしい。
祭神に会うためには決まり事があった。
目隠しをしなければならないこと。
直接見れば目が潰れてしまう。
そのため誰も祭神の姿を見たことはなかった。
江戸のある時期。
疫病が蔓延したときにこの祭神に助けを求め村には大勢の人が詰めかけていた。
事態は時の領主にまで伝わり、家臣の侍たちを遣わして、あろうことか祭神を社から連れ出そうとしたのだ。
そして本殿から連れ出されたのは、なんと年端のいかない童であった。
この童は村の誰も全く見覚えがない。
顔色は血脈が浮き出るほどに青白く瞳は鮮血のように真っ赤、髪は老人のように真っ白で、時代錯誤な狩衣を身につけていた。
童は祭殿から出るとすぐに煙のように消えてしまった。
まさに死喰い人の伝承のそれのとおりに。
そして、月は突然隠れ蝋燭の火も松明や篝火も全ての灯りが一瞬で吹き消え目の前が真っ暗になった。
以後、病を癒す祭神は現れなくなり、村は荒廃していったという。》
「童……?」
すぐに連想したのが以前葉月が話していた「お兄ちゃん」だ。
そして神隠しにあっていたあいだ葉月は目が見えなくなっていた。
(あれもまさか、死喰い人の仕業か?)
見つけた情報はこの本のものがいちばん新しい。
怪奇譚の類は昔はよく囃し立てられていたのだが、ある時期から人々に忘れられ興味を持つものも少なくなっていた。
きっかけはつい六年前、明治政府が発布した神社合祀令だ。
皇室の権威を高めるために帝の始祖である日本神話の神以外を祀るもの、そして格が低いと判断された神社は全て廃されることになった。
鎮守の森は破壊され跡地には近代的な工場が作られている。
人々は失われたことの寂しさを隠すように神秘の話をしなくなっていったのだ。
「神社か。たしかに怪奇の類なら神社に記録が残っていそうだ」
それなら次は日本中の神社の縁起を調べよう。
現存するものも無くなったものも、全部ありとあらゆる神社を。
そう考えて席を立ったとき、図書館職員から声をかけられた。
「旦那さん、もう閉館だよ」
「ああ、すみません。もう出ます」
職員は不機嫌に彰人が積み上げていた大量の本を指差す。
「これは片付けとくから早めに出て」
「すみません……」
また謝罪しながら手に持っていた本を示した。
「あ、この本は借りていきます」
死喰い人神社をとりあげていた本の著者は《帝国大学郷土史研究室 教授
その著者に直接話を聞こうと、大学に連絡を取ったのだが、あいにく紀田教授は地方へ調査旅行に出かけて留守だった。
どこにいるかも分からないから連絡が取れないということで、仕方なく帰りを待っていたら軽く四ヶ月も経った。
そのあいだに葉月はどんどん感情は乏しく顔つきが変わり、体格は痩せ細り、顔色は青白くなっていく。
ちょうど死喰い人神社の祭神である『童』のように。
気が気ではなかった。
そして教授に聞いたところで役に立つ情報が得られるかも分からないのだ。
もどかしい日々を過ごしていた。
やっと大学から教授との面会の約束を取り付け会うことができたのは次の年の五月だ。
***
「長く待ってもらったらしくてすまんね!今回は四国の山奥に行っていたんだ。没頭すると他のことが手につかなくて!今回の取材旅行で集めた資料もすぐ纏めて出さなきゃならんのだよ。期限に間に合わなければ研究費が降りないもんでね。ったく大した金額でもないのに規則だけは厳しいんだ。あ、しかし四国は独特な伝承が多くてなかなか興味深かったよ。期間がとてもたりなかったからまた年明けにでも行こうかと」
一人で話し続ける教授が、息継ぎをするほんの一瞬をついて話を切り出した。
「教授の書かれた『日本真話 知られざる民間伝承』を読みました」
「おっ、それか。俺の力作なんだ。取材に七年、裏付けの資料を集めるのに三年、書くのに丸一年かけて、なのに版元が見つからなくてやっと自費出版したのだが……捌けたのは図書館に寄贈したのが六十七冊。書店での売り上げは全然だった」
「その中の死喰い人の神社、この話を詳しく聞きたいんです」
「おん、ちょっと待て。死喰い人の記事は山ほど書いたから自分でもいちいち覚えてなくて、確認させて貰っていいか?」
「……」
彰人が書店を十数件ハシゴして回ってようやく手に入れたその本を、今度は書いた本人に手渡した。
教授は指に唾をつけて紙をめくっていたが、「栞を挟んでいるところです」と説明してようやく該当の頁に辿り着いてくれた。
「ああーこれか。まあ、他の伝承に比べたら怪しい話だけどな」
「具体的にこの死喰い人神社はどこにあるんですか?」
「それが言われた場所に行ったけど何にもなかったんだよ。本当になんにも」
「え?」
期待外れの回答に一瞬頭が真っ白になる。
「この話をきいた婆さんがもうボケが回ってたから年寄りの妄想話だったのかもわからない。近くの集落で確認したら、確かに村はあったが山火事で焼けてしまったと言うんだよ。だから実のところ本当かどうかも分からない」
「そんなに怪しいことを何故この本に書いたんですか?」
「そりゃあ君、金稼ぎのためだよ。面白おかしく書いたら売れるかと思ったんだが本当に大失敗でさ、でも本当のこともあるんだよ。嘘には真実を混ぜた方が信じてもらいやすくなるから……」
彰人の表情がだんだん冷えていくのを流石に教授も察してか、急に口調を変え
「この予言をするニワトリ!これは本当に本当だよ。これで俺は賭け事で大儲けできた」
と真面目な顔で話した。
「帝大の教授がこんな作り話かも分からなことをしていいものなんですか」
「それはね、俺は古い神社が不必要に破壊されていることに激しい憤りを感じているんだ。大学にもそう考えている学者は一定数いる。だが政府の方針に逆らうことをしたら出版させて貰えんし、運が悪けりゃ憲兵にしょっ引かれてしまうからできるだけ遠回しにやんわり主張しようってことでさ、それにこの真偽不明の噂話程度のがちょうどよかったんだ」
「はあ。……私は別に憲兵でもありませんから今の話を口外したりはしませんが」
「そういうこと。よろしくね?」
教授はおねだりをする犬のように首を傾げた。
「でもこの死喰い人に関する話をできればもっと詳しく教えてくれませんか。ボケ老人の話でも構いません。聞いた話をそのまま教えてください」
「ん?なんで?お兄さん怪談話が好きなの?」
「……まあ、そんなとこです」
息子が死喰い人かもしれないから、とは流石に言えなかった。
「ならこれもおすすめ。俺が最初に書いた
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