1-2 神隠し(1/2)

 葉月が不死者に変わるきっかけになった「神隠し」事件。

 

 あれは四年前の夏、葉月が九歳になる歳のことだった。

 

 葉月は家政婦と一緒に近くの公園を散歩していた。

 辺りを見渡せばまだ青いどんぐりや変わった形の葉が落ちており、種類に富んだセミやチョウなど気を惹かれるものがそこかしこにある。

 好奇心旺盛だった葉月はあっちこっちに走り回っていた。

 

 初老の家政婦がそんな活発な幼児についていけるはずもなく……いつの間にか葉月を見失ってしまっていた。



 

 葉月は真っ暗で物静かな部屋に閉じ込められた。

 手探りをしてもなにも見つけられない。

 この部屋に明かりはないのだろうか。

 目がチクチクと痛んで、いくら瞬きをしても視界がよくならなかった。


 少ししてから理解したが、葉月は目が見えなくなっていたのだ。

 

 しばらく部屋の中を音と手の感覚だけで探っていく。

 すると、不意に柔らかいものに手が触れた。

 

「ハッ――!」

 

 手と足があって、大きさは自分と同じくらい。

 ほんのり温かい。

 穏やかな息遣いも聞こえてきた。

 どうやら自分の他に人がいるようだ。

 

 嬉しくなってすぐに話しかけた。

 

「ねえ、あなたの名前はなんていうの?私は葉月。三ツ谷葉月みつや はづき!来年は三年生になるの!」

 こちらに身体を向けたような気配はあったが返事がない。

 葉月はさらに話し続けた。

 

「最近お誕生日だったからお父様に懐中時計を買ってもらったんだよ!あなたは学校にもう行ってるの?私よりお兄ちゃんぽいもんね。あ、お兄ちゃんでよかった?お姉ちゃんかな?」

 

 退屈なのもあったが、不安で仕方がなかった。

 自分と同じくらいの大きさのその人物に縋るように話しかけた。

 しかし、その人物からは一向に返事はなかったが。

 

 

 数時間したら食糧が部屋に差し入れられたようだ。

 匂いは分かるのだが見えないせいで食べ方がわからない。

 お腹もすっかり空いている。

 困り果てていたら「お兄ちゃん」が葉月の口に匙で食事を突っ込んでくれた。

 たぶん里芋だ。

 冷たいけどちゃんと味噌の味がして柔らかい。

 ほかにもにんじん、さやえんどう、玉ねぎ、白いご飯。

「お兄ちゃん」は丁寧に口に運びつづけてくれた。

 ふと気がついていったん食べるのをやめた。

 

「ねえ、お兄ちゃん食べた?もしかして葉月だけ食べてない?お兄ちゃんも食べなよ」

 

 自分ばかり食べるわけにはいかない。

 閉じ込められて困っているのは「お兄ちゃん」も同じはずだ。

 ためらうように間を置いてから、大袈裟な咀嚼音が聞こえ始めた。

「お兄ちゃん」が食べてくれたようだ。

 葉月は嬉しくなった。

 

「お兄ちゃんおなか空いてたんだね。葉月はお腹いっぱい。あとはお兄ちゃんにあげる」

 

 へらへら笑って「お兄ちゃん」が食事するのを待っていたら、とつぜんに葉月の口にみかんが突っ込まれてきた。

 

「むぎゅっ」

 

 どうやら「お兄ちゃん」にいたずらされたようだ。


 

 葉月は目が見えなくなったせいで自分のことが何にもできなかった。

 「お兄ちゃん」はとてもいいひとだったから葉月が「トイレしたい」とか「そろそろ身体を拭きたいたい」とかまでおねだりしたら快く世話してくれていた。


 とても優しい「お兄ちゃん」。

 一人っ子で父親以外に家族がいない葉月にはその「お兄ちゃん」の存在がとても心強く頼もしかった。

 

 姿のわからない、暖かくて暖炉の火のような匂いがする優しいひと。

 葉月は「お兄ちゃん」が大好きになった。


 ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎


 数日後。

 葉月は街からずうっと離れた山奥の火災現場で見つかった。


 父親である彰人は警察から呼び出されて葉月を迎えに行った。

 もう助からない、最悪の事態も覚悟していたのだが、数日ぶりに会う葉月は全く異変もなく健康そのものだった。

 診察した医師も驚くほどに。

 

「葉月、大丈夫だった!」

 

 と満面の笑顔を浮かべて再会を喜んでいた。


 

 警察官は拐われていた数日間のことを葉月に訊ねた。

 彰人も隣に付き添い一緒に話を聞いた。


 葉月が言うには、目が見えなかった以外は「お兄ちゃん」が優しく世話をしてくれたおかげで困らなかったそうだ。

 

「お兄ちゃんは葉月を抱き上げたり手を引いて歩き回ったりして退屈しないように遊んでくれたよ!夜は一緒のお布団で寝たの」

「お兄ちゃん……?」

「うん、葉月より少しだけ身体が大きくて暖かいお兄ちゃん」

 

 姿が分からないその人物が息子を世話してくれたことに感謝しながらも、どうしようもない不安と疑いを抱いていた。


⚪︎ ⚪︎ ⚪︎

 

「息子さんが連れて行かれた場所は何かの研究施設だったようです。火災で酷く焼けて何の研究をしていたかまではわかりません。しかし医療機器が多くあったようです。なにか関わりがあったとか、心当たりは?」

 

 警察官からの質問に彰人はしばらく考えた。

 

「私の会社と取引のある企業に医療品の開発をしている場所はあります。でも研究施設がどこに在るかまでは全部は把握していません」

「その会社を教えてください」

「あ、後ほど会社から資料を持ってきます。……それから、葉月が一緒にいたという『お兄ちゃん』は、どんな子か教えて頂けませんか?」

 

 警察官は口篭った。

 

「申し訳ありません。あまり詳しくは……」

「私の子のことですよ!隠さないでください!」

「……」

 

 ついらしくもなく興奮してしまった。

 拳を握りしめて耐える。

 

「すみません。心配なんです。せめて息子がどんな子といたのかだけは知りたくて。どこの誰かを調べたり深く関わったりしませんから」

 

 それでも警察官は躊躇う表情をしていた。

 

「私たちにもわからないんです。事件現場から息子さんと同じ年頃の子は見つかっていません。」

「え……」

「火災で焼けてしまったせいもありますが、他に子供がいた形跡がないんです。成人の遺体は多く見つかりましたが、息子さんほどの子はどこにも……。」

「なら、息子いうお兄ちゃんの話が嘘だと思ってるんですか?あんなにはっきり話してるのに!」

「それは分かります。本当のことを話してると思います。……でも、あの年頃の子が想像と現実をごちゃごちゃにして話すのはよくあることです。もしかしたら、話したくないから誤魔化しているとか。本人も無意識にそうしてしまってるかも」

 

 確かにその可能性はある。

 葉月は昔から想像力が豊かな子だった。

 

 彰人は何が本当か分からず、混乱してしまった。

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