第三章 ~『心変わりと魔女』~


「僕が先に話すよ」


 カインはメアリーにだけ聞こえるような小声で申し出る。


 扉の隙間から様子を伺っていた彼らは、アンドレアが腹いせに襲ってくることはないと感じている。


 だが万が一もある。念入りに安全を確保するため、カインはメアリーを守るように一歩前へ出た。


「二人ともよく来てくれたな」

「僕は余計だったかな?」

「護衛役が来るのは想定していたから驚きはない。なにせ俺は信用できない男だろうからな」


 自分の立場を客観視できているのか、アンドレアは皮肉げに苦笑する。


「丁度良い。決闘会のことを謝りたいと思っていたところだ」

「ハンデ戦を強いたことだね」

「俺のちっぽけなプライドを守るために利用した。許してくれ」

「許すも何も僕は気にしてないよ」

「本当か?」

「もちろんさ。なにせ僕は魔術より剣術の方が得意だからね」


 そもそも魔力を封じられてもハンデになっていなかったのだ。それを伝えると、アンドレアは驚いたように目を見開く。


「通りで俺が勝てないわけだ……その力を得るために努力したのだろうな」

「剣を振った回数は数え切れないからね」

「俺も努力していればな……」


 決闘会でも火龍の杖という魔道具に頼り切っていた。敗因は実力差も大きいが、道具に依存する心の弱さも大きな要因だった。


「お前のような男が傍にいるならメアリーは安心だな……」


 憑き物が落ちたような口調で、アンドレアはまっすぐにカインを見据える。


「人生最後の願いだ。メアリーと二人っきりにしてくれないか?」

「危害を加えないと信じていいんだね?」

「ああ」


 二人は視線を交わらせる。瞳から意思を感じ取ったのか、カインは頷く。


「……分かった。僕は部屋を出るよ」


 カインはメアリーを一瞥するとそのまま退出する。その表情にはアンドレアが危害を加えないという確信が浮かんでいた。


「やっと二人になれたな」

「ですね……」


 カインとペンドルが去り、残されたのはメアリーたちだけ。アンドレアが危害を加えないと信じてはいても、部屋の空気は張り詰めたままだった。


「どうして会いに来てくれたんだ?」


 婚約を破棄し、理不尽に捨てた。にもかかわらず、メアリーは求めに応じ、屋敷まで足を運んでくれた。


 その理由を問われ、彼女は首を横に振る。


「変な期待はしないでくださいね。ただあなたの死に顔を見に来ただけですから」

「そうか……なら満足させられる自信はあるぞ。病気で手足は痛み、満足に食事もできない。さらにゴールデリア公爵家の令嬢からも捨てられたからな」

「……婚約破棄は辛かったでしょう?」

「メアリーの気持ちが痛いほどに分かった。俺は最低なことをした大馬鹿者だな」


 両手両足を動かすと痛むからか、彼は精一杯の謝罪を込めて、申し訳無さそうに顔をクシャクシャにする。そんな彼の懺悔を受け入れたメアリーは目を細めた。


「この三ヶ月で、随分と心変わりしたものですね」

「後悔する時間はたくさんあったからな……メアリーは変わらないか?」

「私にも変化はありました。カイン様と再会したおかげで、あなた以外にも大切な人がいると知れたんです」

「俺の見立て通り、あいつはいい男だな……」

「私を捨てたあなたよりは」

「そうか……」

「でも昔のあなたは同じくらい優しかったですよ」


 婚約したばかりの頃、不安でいっぱいだったメアリーを支えてくれたのはアンドレアだ。能力がない代わりに、精一杯、優しくしてくれた。


(だから私は邪険にされても傍にいたのに……)


 だが最終的には捨てられた。その時のショックを思い出し、ドレスをギュッと握りしめる。


「俺は身に余るほどの婚約者を貰ったのにな……馬鹿だから捨ててしまった……これはすべて俺の自業自得だ……」


 後悔の言葉が静寂に広がっていく。気づくと、アンドレアの目尻からは涙が溢れていた。


「すまない……っ……泣くつもりはなかった……」


 感情を我慢できなくなったのか、涙の勢いが止まらなくなる。嗚咽が止むまで付き添い続けた結果、再び、静寂が返ってくる。


「泣き止みましたか?」

「ああ……」

「では私はこれで失礼しますね」


 用件を終えたメアリーは立ち去ろうとする。そんな彼女にアンドレアは縋るような目を向ける。


「ま、待ってくれ……メアリーに頼みがあるんだ」

「なんですか?」

「死んだ後も俺のことを忘れないでほしい……頼む……」

「厚かましい願いですね」

「自覚している。ただどうしてもメアリーに忘れられたくないんだ……」


 謝罪するアンドレアを見下ろしながら、メアリーは瞳に複雑な感情を浮かべる。


「私はあなたを許しません」

「今際の際の願いでもか?」

「残念ですが、そうはなりませんよ。きっとあなたは長生きしますから」


 メアリーはアンドレアに気づかれないように、こっそりと光魔術で治療していたのだ。視認できる寿命は遙か先、彼がすぐに命を落とすことはない。


(反省しているようですし、見殺しにするのは目覚めが悪いですからね)


 もちろん婚約破棄を許したわけではない。あくまで死ぬのは可哀想だからと助けてあげただけだ。


 アンドレアはメアリーが治療したことを知らない。だが彼女が去るまで、謝罪を続けた。それは本心からの懺悔だった。


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