第三章 ~『届いた謝罪の手紙と魔女』~
クロイツェンの病が完治してから数日が経過した。ゴールデリア公爵家の親子が去り、静寂が訪れた屋敷で、メアリーとカインは談話室でシロの世話をしていた。
「シロ様はシフォンケーキも好物なんですね」
「にゃ~」
どうしても恩返しをしたいと譲らないエリーシャに対し、求めたのがシフォンケーキのレシピだった。
その成果を最も喜んだのがシロである。尻尾を振りながら、美味しそうにケーキを堪能していた。
「シロが気に入るのも分かるよ。このケーキは絶品だからね」
「レシピが素晴らしいからですよ」
「メアリーの料理の腕のちからも大きいさ」
紅茶と共にカインもシフォンケーキに舌鼓を打つ。お世辞ではないと、口元に浮かんだ笑みから伝わってきた。
「クロイツェン様から頂いた紅茶も美味しいですね」
「まさか数年分の紅茶が送られてくるとは思わなかったけどね」
領地に戻ったクロイツェンが自慢の茶葉を贈ってくれたのだ。屋敷の使用人たちで楽しんでも余るほどの量で、彼の感じている恩義の大きさを実感できた。
「クロイツェン様を救えたのは使用人の皆さんが頑張ってくれたおかげでもありますからね」
「だとしても義理堅い人だ……尊敬に値するよ」
「数いる公爵の中でも一目の置かれる存在となっているのは、人格が評価されているからなのでしょうね」
金や軍事力だけでは人を尊敬させるには至らない。彼の最大の長所はその人間性にあったのだ。
「……そうだ、公爵で思い出したけど、アンドレアの手紙を確認しなくていいのかい?」
「あれですか……」
昨晩、アンドレアから手紙が届いたが、封さえ開けずの状態だった。
「くだらない内容に決まっていますから」
以前、送られてきた手紙は贈り物の返還要求だった。おそらく似た内容だろうと予想し、うんざりとさせられていた。
「見ないで破り捨てようかとさえ考えたくらいです」
「でも、大事な用件かもしれないよ」
「アンドレア様から私にそのような用件があるはずが……」
絶対にないと断言はできない。読まずに捨てるのは、あまりに不義理だと判断し、メアリーは封蝋を外す。
文面に目を通すと、そこに記された内容は謝罪と病状についてだった。
(寿命が迫っていると知ったのですね……)
彼の命は残り一ヶ月だ。死に直面した彼は、婚約破棄したことを悔い、最後に直接会って謝罪したいと乞うてきたのだ。
「君はどうするつもりだい?」
「正直、悩んでいます……」
このまま何もしなければアンドレアは命を落とす。もう二度と会うこともなくなるだろう。
だが一度は愛した男だ。その彼の最後の望みを切り捨てて良いものかと逡巡していると、カインが微笑みかける。
「君の中でもう答えは出ているよね?」
「私は……」
カインの言う通りだった。モヤモヤした気持ちを残したまま会わない選択をすれば、生涯に渡り、後悔するかもしれない。
ならメアリーの取るべき選択肢はただ一つだ。
「アンドレア様にお会いします」
「なら僕も付いていくよ。腹いせに君に危害を加えようとするかもしれないからね」
「カイン様が一緒なら安心ですね」
とうとうアンドレアとの因縁に決着をつける時が来たのだと、メアリーたちは彼の元へと向かうのだった。
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