幕間 ~『死ぬ間際の後悔 ★アンドレア視点』~


 医者から診断結果を聞かされてから数日が過ぎ、アンドレアは屋敷のベッドで苦悶の声を漏らしていた。


「……っ――い、痛いっ……」


 額には汗が浮かび、手足を動かすたびに激痛が奔る。


 最初は小さな違和感から始まった。体を動かすと関節が軋むが、我慢出来ないほどの痛みではなかった。


 しかし日を追うごとに痛みは増していき、ここ数日で症状が悪化。一人で満足に生活することさえ困難になってしまった。


(使用人も本当にゼロになってしまったな……)


 人望を失ったアンドレアは給金を奮発することで使用人たちの減少に歯止めをかけようとした。


 しかしウィルス性の心臓病は高額の給金では抑えきれないほどの恐怖を撒き散らした。


 感染リスクが低いとはいえゼロではない。尊敬できる雇用主ならともかく、高圧的なアンドレアに命を賭けてまで尽くす義理はないと、一目散に屋敷から逃げ出したのだ。


(このまま俺は一人ぼっちで死んでいくのか……)


 すべてを失い、孤独になった彼は、人生の終焉を感じ取っていた。話し相手も失った彼は、壁に掛けられた絵画に視線を送る。


 そこにはメアリーとの仲睦まじい姿が描かれていた。気まぐれで残しておいた一枚だが、捨てなくてよかったと今になって思う。


(昔はよく看病してもらったな)


 子供の頃のアンドレアは病弱だった。体調を崩すと、そのたびにメアリーは付きっきりで看病してくれ、おかゆを作ってくれた。


(あの味が恋しいな……)


 使用人がいなくなったため、調理も満足にできない。だが空腹はそんな事情を考慮せずに襲ってくる。


 アンドレアはベッド脇に置かれたカビの生えたパンを齧る。口の中に不快な食感が広がり、いつの間にか目尻から涙が溢れていた。


(うっ……っ……どうして俺は婚約破棄なんて馬鹿な真似を……)


 思い返せば、メアリーは本心から愛してくれていた。いつだって傍にいてくれたし、魔物討伐も彼のためにしてくれたことだ。


 それなのに彼女を裏切ってしまった。涙がポタポタとパンの上に落ちる。


(最初は俺もメアリーを幸せにするつもりだったんだ……)


 走馬灯のように過去の思い出が頭の中で流れる。


 メアリーを邪険に扱うようになったのは、魔物討伐で実績を挙げ始めた頃だ。彼女は治安貢献の立役者として評価されたが、アンドレアは周囲から生意気な子供として扱われていた。


 無能だと馬鹿にされていると感じ、そのイライラを彼女にぶつけてしまったのだ。


 だがメアリーはどんな理不尽な目にあっても彼の元から去ろうとはしなかった。魔女と畏怖されて、周囲から怯えられるようになってからも同様だ。


 それは愛されていたからだ。


 本来ならその愛に報いるべきだったが、アンドレアは不義理を働き、婚約を破棄してしまった。


(死ぬ前に少しでも贖罪したい……)


 罪は許されないかもしれない。だがこのまま後悔したまま死にたくはなかった。


 軋んで痛む手を動かしながら、アンドレアは手紙を用意する。想いを綴った遺言をメアリーへと送るのだった。

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